第6話

 それから私たちはお酒でも飲んだかのように急にはしゃいで走った。走った後は、さすがにこの年には勝てなくて、息を切らしながらゆっくり歩いた。

ふらふらと揺れる背、なんだか後藤の本当の姿はこれのような気がした。夜に現れる陽炎のような、朝の霧のような、つかみどころのない感じ。私はこの感覚をどこかで知っている気がした。そして、すぐ忘れ、のどで冬の冷たい空気を思い切り感じた。

「じゃあ、また」

 後藤は私の家の近くまで送り届けてくれた。何の変哲もないアパートの階段下、玄関まではやめておくと後藤はくせのようにひらひらと手を振りながら私を見送った。

 私は知らなかったのだ。何もかも。後藤がどんな思いを抱いてここまで来たかなんて、わからなかったから知らなかったからで済まされるものではない。悪いものは悪いのだ。


 それを思い出したのは、その翌週、ライブハウスでの照明役が足りなくて手伝ってくれるかと頼まれたからだ。確かに私は自分で何でもやるし、機械系も強いほうだ。後藤のベースだかのリハーサルも見れると聞いて、なにも考えずに承諾してしまった。


 寒い日だった。雨が降っていて、後藤は私からは大きく見えるベースと機材をもって、ライブハウスとやらの前に立っていた。傘がクリアなせいもあって、後藤の表情がどこか遠いところを見ているように見えた。後藤は私が来ると、態度が打って変わって明るくなりまるでご主人様が帰ってきて喜ぶ大型犬のようだった。

「まいさん、寒くない? 大丈夫? 来てくれてありがとう」

「うんいいよ。基本は担当の人が教えてくれるんでしょ」

「うん。本当に突然でごめん」

 私はまったくもう後藤は意外と気を遣う男だなと少し笑った。その様子を見てか、後藤もくすりと笑った。行こう、と誘われるがままに小さいサイケデリックな部屋の中に案内された。中は機材で真っ黒で、照明を操るのだろうスイッチもあった。私は、後藤の知り合いであるらしい中田さんという人に丁寧に教えてもらって、しばし練習をさせてもらい、OKをもらった。

 後藤がサポートをしているというバンドはなにやら小さな機械の箱がたくさんいるバンドらしい。それをボードの上にずらりと並べて、後藤はこれ面白いんだよと言った。私はわからなかったのでそうなんだと相槌を打って、照明の構成は任せると告げられたことと戦っていた。さすがに曲を聴かなければわからない。練習をしているところをガラス越しに見て、印象を書き連ねた。豪胆で繊細、アルペジオがとてもうまくはまっていて、寄せてはひいて、なんだか波のようだ。そうだ、青基調の演出にしようと中田さんに言うと、いろいろと教えてくれた。そのおかげで、一応それっぽいライブになりそうだった。

 中田さんにいろいろよくわからないバンドのことを聞かされていると後藤がひょこっと出てきて「まいさん、まいさんの練習もかねてリハするからやってみて。ついでに聞いてって」と微笑んだ。

 私は、震えそうな指先を隠しながら必死にイメージトレーニングをした。

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