第3話
私がこの部屋に来たとき、男は寝ていた。
男性のはずなのに長いまつ毛、柔らかそうな頬と髪。私は、その男のクマを見つけてついなぞりそうになった。
あまりにも濃いクマだ。何日不養生をしたのだろう。男は起きることなく、身じろぎをして、私の服の裾を下敷きにした。
……これでは動けない。白い上下の上質そうなパジャマがたゆんで体の線が見える。中肉中背だが、曲線ではないので明らかに男性だ。
こんなの目に毒だ。今私は何を思ったのだ。いけないと警鐘を鳴らす。この男は、中堅の作家で、ファンも多い。何かあれば、何かしてしまったらいけない。
そう思ううちに、裾が巻き込まれていく。やめてくれ。私は男が寝ているソファの近くに座り、裾をすこしずつ引っ張り出そうとした。
ううん、と男は眉根を寄せる。何か異変に気が付いたらしい。ぱたっと手がソファから落ちた。私はどうするべきか迷った。だが、今日は寒いせめて薄いブランケットの中に入れてやろうと手をこわごわと持ち、ブランケットの中に入れた。
なぜか手が離れてくれない。この前もこんなことがあった気がする。意識があるわけではないようで、またすとんと手がソファから落ちた。
今日は、香水の匂いが強い。挙げ句お酒の匂いも強い。いやなことがあったのだろうか。
私は、もっとこの男のことを考えたい衝動に駆られて、ふわふわとした髪を撫でた。男の呼吸音が深くなる。少しは安心したのかもしれない。それならよいのだけれど。
何度も何度も撫でているうちに眉間のしわが取れてきて安らかな寝顔になった。そういうときだってある。私は男のことを表面上しか知らない。だから、人間としてもっと知りたいと、触れたいと思った。
今日は疲れているだろうから長いするのは止そうと、私は少しだけ長めに最後のひと撫でをして、自分の部屋に戻る意識を集中させた。
何だろうこの感覚は泣きたくなるようなにじむようなあたたかさは、私にはわからないと思った。
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