第13話 雷の試練、死の魔力
剣の女神にナハトを振り下ろし、一撃目で仕留めようとするも、容易く受け止められてしまう。攻撃の直後を狙って槍の女神が心臓を狙って突いてくるが、左腕で軌道を逸らしてかわす。そのまま左拳で槍の女神の顔面を殴り、大きく後ろに仰け反ったところへララの風魔法が直撃し、槍の女神を吹き飛ばす。
ララには船の上で人族の魔法を粗方教えた。中級までの魔法だが、ララには天性の才能があり人族の魔法なら無言で発動できる。今のは単に突風を吹かせる魔法だが、使い方によっては御覧の通り相手を吹き飛ばすことができる。
槍の女神が吹き飛んだその隙に、剣の女神へと猛攻を仕掛ける。一歩も後ろに退かず、ナハトを振り続ける。向こうから攻撃を仕掛けてきたとしても、その剣を斬るつもりでナハトを振るう。
俺の剣術は盾を必要としない、前進あるのみの超攻撃型剣術。防御は全て攻撃の動きで行い、相手の攻撃を防ぐのではなく攻撃で上塗りして攻め立てる。言うは易し行うは難しのデタラメな技だが、俺はこの剣術を十数年の月日で完成させた。
そしてアルフの都に入ってから、その剣術は更に高みへと至ることができた。
エルフの剣術、魔力で相手の心を読み解き、次の攻撃手順を先読みして剣を振るう技を学び、それを俺の剣術に取り入れることで技が昇華した。今までは相手の動きから行動を予測して剣を振っていたが、これならば先読みの精度を跳ね上げることができる。
相手が石像だろうが、魔力を使い魔力を纏っているのならば例え魂が無くとも読み取れる。
剣の女神の動きが手に取るように判り、先んじて剣を振るって攻めを許さない。
「チッ……!」
だがそれでも決め手になる一撃を放てないのは、女神の攻撃が鋭くて俺の剣を押し返してくるからだ。更に言えば、女神も俺の動きに目が慣れ始めているのか対処されやすくなってきている。
「地の精霊よ来たれ――ノム・グラビトル!」
ララが剣の女神に魔法を掛けると、剣の女神はまるで重い何かを背負わされたようにガクリと動きが遅くなる。
その絶好のチャンスを逃すはずもなく、ナハトで剣の女神の左腕を肩から斬り落とした。
斬って分かったが、こいつらは石像なんかじゃない。外側は石だが、内側にはちゃんと血肉が通っている。赤い血が傷口から噴き出し、剣の女神像は絶叫しながら雷を全身から迸らせる。
ナハトで雷を斬り払うと、今度は戻ってきた槍の女神が剣の女神と入れ替わって襲い掛かってくる。槍を操る速度は凄まじく、ナハトで受け流したと思ったら既に次の一手が繰り出されている。
「センセ!」
ララが杖を下から上に振るうと、その度に槍の女神の足下から床が隆起して石の槍が突き上がる。その槍に気を取られた隙を狙い、ナハトを横から薙ぎ払って女神を後退させる。
しっかりとナハトを槍で受け止めた女神は今度は近接攻撃ではなく、魔法による攻撃を仕掛けてきた。槍を振るうと地を這うようにして雷撃が迫り、俺の後にいるララにも攻撃を仕掛ける。
「ナハト! 喰らえ!」
俺はナハトに己の魔力を喰わせ、ナハトの力を引き出す。その状態でナハトを振り払うと、魔力が斬撃となって放たれて雷撃をぶつかり合う。衝撃波を撒き散らしながら相殺し、俺はその中へ突っ込んで槍の女神へと詰め寄る。
だがそれは剣の女神も同じで、俺は剣の女神とぶつかる。左腕を失っても力が衰えることはなく、俺は足を止められてしまう。
槍の女神は俺ではなくララを狙い、上に跳んで雷の槍を突き出す。槍から雷撃が放たれ、ララへと迫る。
俺は剣の女神の攻撃をナハトで逸らし、そのままナハトを上に放り投げて雷撃の射線上に出す。雷撃はナハトに当たり、空中で弾けて消える。
ララは杖をパッパッパッと振るって上空にいる槍の女神へ風の衝撃波を叩き込み、床へと叩き落とす。そして杖を力強く振るって強烈な一撃を与えると、槍の女神の身体に罅が入って少しだけ砕けた。
その間にも俺は剣の女神の攻撃をかわし、ナハトを手元に呼び戻して今度は袈裟切りにして女神の身体に切り傷を負わせた。最後に蹴りを放ち、槍の女神が伏している所へとぶっ飛ばした。
此処までは上手く事を運べている。片方は左腕を失い、片方は小さくないダメージを負っている。対して此方はまだダメージというダメージを負っていない。
だがまだ向こうも本気ではないはずだ。まだ力を隠している。一見すると有利に見えるだろうが、俺は魔力を常に限界を超える力で燃やし続けている。女神との近接戦闘で渡り合えているのはその御陰だ。この状態がいつまでも続くと筈もなく、いずれは魔力も尽きてしまう。
ララだってそうだ。ララの魔力にも限度はあるし、きっとララは目の前の戦闘で頭がいっぱいだ。一手二手先のことを予測する余裕は持ち合わせていない。
早く勝負を決めなければ負けは濃厚。エリシアの助けは望めないし、途中退場も許されない。
ナハトを持ち上げる腕が重い、鎧が重たい、二体の女神像の動きが徐々に読みづらくなっている。
背にいるララを守るため、俺は更に魔力を燃やす。
二体の女神像は立ち上がり、咆哮をあげる。女性の悲鳴のような声が響き、二体の魔力が上がった。
来る、奴らの本気が。
「ララ、何があっても俺を信じろ。必ず勝つぞ」
「ああ」
それは果たして本当にララに向けて言った言葉なのか。本当は自分にそう言い聞かせただけなのかもしれない。だがララは二つ返事で頷いた。その気持ちに、嘘は吐けない。
二体の女神は重なり合い、周囲から雷を取り込んで一つになっていく。斬り落とした左腕も吸い込まれ、身体の大きさも膨れ上がり、二つの顔に四つの腕を持つ巨大な女神へと変貌した。更に頭上に雷の輪が形成され、おまけに背中から白い翼が生えた。魔力も先程よりも上だ。試練もいよいよ本番に入った訳だ。
「ルドガー!」
試練の間の外にいるエリシアから声を投げ掛けられた。
「そいつ! マスティアの力を持ってるわ! さっきまではただの魔力だったのに、此処へ来て変質したのよ!」
「そうかい! できれば手ェ貸してほしいんだが!?」
「それはできそうにないわ! こっちもこっちでお客さんが来たみたいだから!」
チラリとエリシアの方を見た。
どうやら彼女の方にも怪物がわんさかとやって来たらしい。あっちは問題は無いだろうが、こっちは大変だ。マスティアの力を持っているのであれば、今までのように善戦はできないだろう。
あれは雷神マスティア、それ自身だと思ってかかったほうが良い。
『アアアアアアアッ!』
女性の悲鳴のような歌のような咆哮をあげ、雷神は一瞬にして俺の目の前に移動した。
咄嗟にララを魔法で遠くに飛ばし、俺は振り払われた剣をナハトで受け止め、そのまま壁まで吹き飛ばされた。
「センセ!?」
「敵に集中しろ!」
「っ!?」
雷神は既にララの前に移動していた。槍を振り上げ、ララは目の前の死に身体が固まってしまう。
雷神が槍を振り下ろすよりも早く、俺は床に手を当てて無言魔法で土属性の魔法を発動する。ララと雷神の間に巨大な岩を突き出させ、雷神をララから離す。そして光属性の鎖を作り出して雷神を縛り付ける。
「こっちに来い!」
強引に雷神を引っ張り、ララから更に距離を離す。そのまま雷神を振り回し、壁に投げてぶつける。
雷神はまるで効かないと咆哮をあげ、俺の頭上から雷を落とす。雷が落ちる前に足下が光ってくれたお陰で避けることができた。落雷を避けながら雷神へと近付くが、雷神は自身の前に雷の柱を何本も形成し、それをそのまま扇状に広げてきた。
最初の雷柱をかわすが、連発で放たれた雷柱をかわしきれず、ナハトで受け止める。だが斬り払うことも勢いを殺すこともできず、そのまま雷柱に巻き込まれてしまう。
全身に激痛が走り、一瞬だけ気を失いそうになるものの、何とか耐えきってみせる。
ナハトに全体重を乗せて身体を支え、雷神を睨み付ける。
今の一撃を耐える為に魔力の大半を消費してしまった。これ以上、雷神の一撃を受ける訳にはいかない。攻撃に回す魔力が無くなってしまう。
ほんの二、三手で形勢を覆されてしまった。それにまだ雷神は全てを出し切っていないはず。何とかして現状を打破する方法を見つけ出さなければならない。
「ララ! 自分に防御魔法を掛け――ララ!」
ララは恐怖に染まった顔で雷神を見て固まっていた。さっきので雷神の恐怖を刻み込まれてしまったのか。
雷神はよりによって俺ではなく、動けないでいるララを標的にした。
雷神が動き出した瞬間、俺はララの下へと駆け付けようと動く。
だが雷神のもう一つの顔が俺を見ており、剣を振り下ろして雷の壁を俺とララの間に敷いた。
俺が壁をナハトで強引に斬り開いた時、雷神は既にララの目の前におり、槍を振り上げていた。
ララが殺される光景が頭に過る。守ると誓ったララが、槍で貫かれて血に染まる最悪な未来が見えた。
「止ァめェろォォッ!」
全ての魔力を脚に回し、ララが貫かれるよりも早く槍の前に移動した。
ナハトで槍を逸らそうとしたが、それよりも早く槍は真っ直ぐ伸び、俺の胸の中心を穿った。
幸いにも、貫いた槍はララに命中することなく、俺の血を顔に浴びただけで済んだ。
「せ――せんせ――?」
「――くそ――たれ――」
雷神に向かって何とか振り絞って出せた声で言えたのはそれだけだった。
雷神は俺を貫いたままの槍を持ち上げ、俺を上に放り投げた。
そして俺は剣と槍の怒涛の突きを全身に浴びた。
★
ララはルドガーの血の雨を浴びながら、信じたくない光景を目の当たりにしていた。
自分を守ると言ってくれた人が、自分を守って串刺しにされた。
アレでは生きていられない。
そう思った瞬間、ララは底知れぬ恐怖と絶望を抱いた。
これと似た感情を、ララは以前にも一度抱いた。
それは母が死んだ時だ。魔族の重鎮達に城へと移されてから、母の寿命はどんどん磨り減っていった。やがて寿命が尽き、目の前で息を引き取った時にそれは起きた。
感情のままに力を解放し、周囲にいたメイドや執事、兵士達を全て巻き込んで死に至らしめてしまった。
気が付いた時には全てが終わっており、自分が魔王の力を受け継いでいることを自覚した。
もう二度と使いたくない――。
そう決めていた力が、再び心を支配し始めた。
「いやあああああああああッ!!」
ララの魔力が暴走を始める。七属性のどれでもない魔力が吹き荒れ、雷神の動きを捉えて拘束した。
雷神は手足を動かそうと藻掻くが、目を赤く光らせたララがそれを許さない。
雷神は四肢を引っ張られ、メキメキと音を立てて亀裂が入り始める。
「うああああああ!」
ララは頭を抱えながら絶叫し、それに呼応するように魔力が暴れ始める。
やがて雷神の四肢は潰れていき、そしてとうとう全ての四肢が四散してしまう。
身体を支える物を失った雷神は赤い血を噴き出しながら床を転げ回り、悲鳴をあげる。
それでもララの魔力は暴走を止めない。黒い魔力が渦巻き始め、雷神の力を打ち消し始める。
ララは己の命が吸い取られていく感覚を味わう。魔力に命を食われているのだと理解し、死の恐怖から身体を丸めて怯える。
暴走を抑え込もうにも心が乱れ、恐怖で頭の中が真っ白になる。
雷神は残っている力を使い、ララを殺そうと雷の槍を生み出す。
そして放たれた雷槍は真っ直ぐにララの頭を目掛けて伸び、ララは目を閉じた。
だが――いつまで経っても襲い掛かる痛みや衝撃は来なかった。
ララは恐る恐る目を開くと、目の前には漆黒のマントをはためかせた男が立っていた。
「せ――センセ――!?」
ララの前に立っていたのはルドガーだった。血だらけのルドガーが雷槍を手で受け止め、ララを守っていた。
そこでララは自分の魔力がルドガーの中へ流れ込んでいるのに気が付く。そしてルドガーの魔力も、自分の中に流れ込んでくるのが分かった。
その魔力を通じて、見たことも無い光景が頭の中に浮かんでくる。
それはルドガーが誰かの心臓に剣を突き刺している光景だった。
剣に突き刺されている男の人を、ララは知っているような気がする。
自分と同じ長い銀髪で赤い瞳のその男は、自分によく似ている。
――お父さん……?
無意識の内にそう口にして、ララは意識を失った。
★
「デェリャアアアアッ!」
渾身の力で雷槍を雷神へと投げ返し、雷槍は雷神の胸を穿つ。
そしてナハトを呼び寄せ、雷神へと飛び掛かる。ナハトで雷神の頭を貫き、そのまま力を込めて斬り下ろす。赤い血を撒き散らし、雷神は断末魔をあげながら身体がボロボロに朽ちていった。
ナハトで雷神を両断した時、マスティアの雷がナハトに吸収され、剣身から紫電が迸る。
どうやらこれで試練は終わったようだ。
ナハトを背中に戻し、気を失っているララの下へと駆け付ける。魔力の暴走の影響で意識を失っただけのようで、外傷は何処にもない。だが体内がどうなっているかまではすぐには分からない。調べようにも、俺もそろそろ限界に近い。
雷神に穴だらけにされた筈だが、その傷は何処にも無い。鎧は穴だらけで血塗れなことから、幻術や錯覚なんかではない。元々、剣で刺されても死なない身体だけど、あんな重傷を負ってすぐに再生したのは初めてだ。
ララを抱えて試練の間から出ると、ちょうど怪物との戦闘が終わったエリシアが駆け寄ってきて目をギョッとさせた。
「ちょっ!? 血だらけじゃない! ガキんちょは!? 生きてるの!?」
「エリシア……後は頼む――」
「へっ!?」
意識を保てたのはそこまでだった。
俺はララを抱き締めながら膝から崩れ落ちて、意識を失ってしまった。
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