第12話 雷神殿



 雷の神殿に入るのは、これで二度目だ。


 一度目は、エリシアの力を高める為、試練に挑戦しに行った時だ。

 あの時、エリシアは強力な力を有してはいたが、まだ今ほどの力は無かった。

 強力な雷を体内で発生させられる彼女は七人の勇者の中でも力強く、誰よりも速かった。


 それでも試練を受ける前はただ雷を生み出すことしかできなかった。

 試練を乗り越えた彼女は最上級魔法を無言で放てるようになり、雷そのものになって戦場を駆け抜けた。


 その姿は正に伝承にある雷神マスティアだった。神罰の雷を敵の頭上から降り注がせ、瞬きする間に百の敵を薙ぎ払った。


 今でもその光景は鮮明に思い出せる。何しろ、その雷を受けたのは敵だけじゃなく、俺自身もだからだ。


 あれは強烈だった。事故でエリシアと氷の勇者の湯浴みを覗いてしまった時に受けたが、正直言って魔王との戦い以外で死を覚悟したのはその時だけかもしれない。


 話を戻そう。


 俺とララはエリシアと彼女の部隊の後に続いて神殿内へと入った。


 神殿の広間に入ると、すぐに地下深くへ繋がる巨大な階段がある。神殿の幅と同じ大きな階段を下りていくと、そこはまるで異空間だ。超巨大な空洞が広がっており、床の下は底が見えない暗闇となっている。此処はロニール山脈の山の中なのだが、そうとは思えない広さと深さだ。

 空洞の中は巨大な柱が山を支えているように立ち並んでおり、この柱が無くなれば山脈は崩れ落ちてしまうのではないかと、恐ろしい考えが頭を過る。


 柱と底が見えない崖下以外は、ほぼ何も無い空洞だ。エリシアが試練を受けた場所は真っ直ぐ伸びるこの広い通路を進んだ奥にある。一番奥にもう一つ神殿があり、その中だ。


「……センセ」

「ん?」

「随分と明るいが……何か魔法でも使ってるのか?」


 空洞の中は外と変わらず、視界が良好だ。太陽の光が差さないのに、確かに不思議なことだ。


「神殿内は何処もこんなんさ。俺にも探知できない魔法が掛けられてる」

「……正に神業、か」

「……止まって」


 先頭を歩いていたエリシアが右拳を上げて立ち止まると、部隊はピタリと立ち止まる。

 そして少しの沈黙があり、エリシアの右拳がぐるりと回される。


 途端、部隊は円陣形態を組み、盾を構えて周囲を警戒する。


 俺はララに杖を握らせ、背中のナハトを抜いていつでもララを守れるようにする。

 エリシアはカタナを一振りだけ抜き、八相の構えを取ってゆっくりと前に進む。


 緊張が場を支配する中、エリシアが何に反応したのかを探る。


 エリシアは体内で発生させる電磁波によって人の何倍もの広さを探知することができる。その能力で俺達には感じ取れない何かを察知したのだろう。


「……あのゴリラ女は何を警戒してるんだ?」

「そうだな……昔、この神殿には怪物がわんさかと棲み着いていた。神殿の力に引き寄せられ、凶悪な怪物が俺達に襲い掛かり、仲間を何人も殺した」

「……その怪物って、四足歩行で歩いたり天井を這ったりする奴か?」

「そうだが……何で分かった?」


 ララが上を指した。釣られて俺達はララの指先を見上げる。


 見上げた先にいたのは、鋭い牙と爪を生やし、長い尾を持った怪物が群れを成して天井を這い回っている光景だった。


「全員上だァ!」

「っ、シールド展開!」


 エリシアの指示で兵士達の盾が輝き、金属の盾から魔法の障壁が広がり、大きな一つの盾となって上から落ちてくる怪物を弾いていく。


 俺はララを片腕で抱き寄せ、落ちてくる怪物を剣で叩き斬りながら下りてきた階段の方へと下がる。


「エリシア! リザードだ! それもライトニングリザードだ!」

「言われなくても分かってるわよ!」


 この怪物は以前にもこの神殿に棲み着いていた大蜥蜴のリザード種。それもこの神殿の力に影響され、雷の背鰭を生やしている変異型だ。


 リザードは蜥蜴をそのまま巨大化させたような怪物であり、特性も蜥蜴と変わりない。巨大化した分、その特性も蜥蜴より何倍もの性能を誇る。

 更にこいつは雷の特性も兼ね備え、雷撃を吐いたり攻撃に麻痺性を付与してくる。


 エリシアはカタナでリザードを斬り倒していき、兵士達は覆い被さってくるリザードを盾で防ぎ、その盾の隙間から剣を突き出して攻撃していく。


「ララ! そこから魔法を放て!」


 ララをある程度下がらせ、リザードが降ってこない所から魔法による遠距離攻撃を任せる。


「我、数多の敵を撥ね除ける者なり――ラージド・プロテクション!」


 ララの周囲に外側から攻撃と侵入を防ぎ、内側からは攻撃を放てる防御魔法を敷いた。これで俺が側にいなくてもララを守ることができる。


「さて、怪物退治と行こうぜ」


 ナハトを握り締め、リザードの群れへと突撃していく。リザード達も俺に突撃を仕掛ける。


 漆黒の剣がリザードの首を斬り落とし、前足を斬り落とし、腹を斬り裂き、頭から尾まで真っ直ぐ両断する。

 リザードは鋭い爪を振るって俺の首を引き裂こうとするが、ガントレットで先に顔を殴り付けて剣で殺す。

 数体同時にリザードが足下と頭上から襲い掛かるが、俺の間合いに入るや否や、俺の後から飛んで来た風の刃によって斬り裂かれる。


 後ろを見れば、ララがしたり顔で杖を向けていた。


「良い腕だ」


 ララの魔法の援護を受けながら、リザードの群れを突破していく。


 通路を埋め尽くさんばかりの数に、兵士達は徐々に疲弊していく。あの盾の魔法がいつまで保つか不明だが、そう長くは掛からないだろう。それまでにリザードを殲滅するか、突破して逃げるかだ。


 カタナを振るい、手から雷撃を放っているエリシアの後ろに並び、背中合わせで剣を振るう。


「おい! このままじゃ部隊がやられるぞ!」

「分かってるわよ! ってか何なのよこいつら!? 私が入った時はいなかったのに!」

「一瞬の隙を作るからデカい一撃を撃って正面の道を開け! その後部隊を連れて奥に走れ!」

「本気!? こんな所で撃ったら道が崩壊するかもしれないわよ!?」

「そんな柔な造りじゃないだろ此処は!」


 リザードの首を斬り落とし、ナハトを高速回転させながら投げ付ける。ブーメランのように回転して俺達の周囲を何度も何度も旋回し、その都度リザード達を両断していく。


 リザード達と俺達の間にスペースが生まれ、エリシアが技を放てるタイミングを作った。


「もう! 知らないから!」


 エリシアはカタナに雷を充填していき、紫電が激しく迸っていく。


「撃ち払う――アラストール!」


 エリシアが突き出したカタナから集束された雷が放たれ、雷鳴を轟かせながら正面に群がっているリザード達を焼き払った。リザード達の肉が焼き焦げる臭いと、死骸がバチバチと放電する音が残り、進路が生まれた。


「前進!」


 エリシアが先頭を走り、その後ろから二列に隊を組み、それぞれ盾を列の外側に向けた部隊が走って前進する。


 俺はナハトを呼び戻し、一気に跳躍でララの下まで戻る。防御の魔法を消してララを抱き上げ、エリシアの後を追い掛ける。


 リザード達は大きな一撃で数を減らしてはいるが、それでも視界を埋め尽くすほど数は多い。


「ララ、俺にしっかり掴まってろ!」

「ああ!」


 だが、この数の壁程度なら力技で突破できる。


 ナハトを正面に突き出し、魔力を先端へと集める。ナハトの剣と同じ黒色の魔力が渦巻くように噴き出し、近付くリザード達を捻じ切るように弾き飛ばしていく。


「おぉぉぉぉらぁぁア!」


 そのままリザードの群れを押し通るよにして突破し、リザード達を置いて全速力で最奥の神殿に入る。


 俺とララが神殿に入ると、先に到達していた兵士達が入り口を盾の魔法で塞ぎ、追ってきたリザード達を防ぐ。

 一箇所に集まったリザード達は盾を破ろうとして更に密集する。兵士達は雄叫びをあげながら踏ん張り、リザード達を押し返す。


「エリシア!」

「分かってるってば!」


 エリシアはカタナを盾の隙間から突き出し、一気に魔力を練り上げた。


「アラストール!」


 先程と同じ放電技を放ち、密集していたリザード達は跡形も無く焼き払われた。


 まだ生き残っているリザードがちらほらといたが、エリシアの力を見て恐れをなしたのか底が見えない暗闇の崖下へと逃げていった。


 全てのリザード達の姿が見えなくなり、漸く俺達は臨戦態勢を解いた。


 エリシアはカタナを収めながら「ふぅ……」と安堵の息を吐く。

 ララにも怪我が無いことを確かめ、エリシアの背中をパシンと叩いた。


「やるじゃん。同じ属性の怪物相手をよく圧倒したな」

「そりゃ『雷』の勇者だからねぇ~、ただの電気に負ける訳ないじゃない」

「それもそうか」

「アンタも腕は落ちてないみたいじゃん。グリムロックの異名は錆びてないようで安心したわ」


 エリシアはニタニタした口からその名を出した。


 俺が何かを言う前に、ララが先に口を挟む。


「センセ、そのグリムロックって何だ?」


 俺はエリシアを睨んだ。

 折角、ララからその話題を離せていたと言うのに。


 自分で自分の異名を話すのはどうにも恥ずかしい。それも勝手に名付けられて勝手に呼ばれている物だとしたら尚更である。


 俺は一度たりとも 自分でグリムロックだと名乗った覚えは無い。


 俺が口籠もっていると、エリシアは兵士の一人を指パッチンで指名した。


「ねぇちょっと、この子にグリムロックについて説明してあげて」

「はっ! グリムロックとは、ルドガー・ライオットの異名であり恐れられる名であります! 彼の通った道には屍しか残らず、漆黒の大剣を担ぎ戦場を闊歩する様は正に死神の如く! 魔族だけではなく、人族にも恐れられた英雄であります! グリムロックの名は歴史に刻み込まれるでしょう!」


 その若い兵士は頭に右手を添える敬礼をしながら、そうハキハキと答えた。


「……態々説明どうも」

「恐縮です!」


 俺が皮肉を込めて礼を言ったら、若い兵士は何故か嬉しそうにした。

 どうしてそんな反応をするのかと訝しんでいたら、エリシアが笑いを漏らす。


「ご、ごめん……! 彼、アンタのファンなのよ」

「……ファン?」


 俺にファンがいるだなんて信じられないが。


 何しろ俺は人族のお偉いさん方から嫌われ、国の記録から抹消されるような奴だぞ。

 現に、リィンウェルで本名を名乗っても強く疑われたものだしな。


 俺が更に困惑していると、エリシアが笑いから落ち着きを取り戻して説明をしてくれる。


「あのね、確かにアンタは王のおっさん達から酷い扱いをされたけど、それが国民の総意な訳ないじゃない。アンタの戦ってる姿は戦場にいた全員が知ってるんだし、アンタが私達に並ぶ勇者だって思ってる人は少なからず居るのよ。まぁ、本名よりも異名のほうが広まっちゃってるけど」

「自分の父は嘗てルドガー様に命を救われております! その大恩人とこうして任に就けていること、大変嬉しく思います!」


 戦場にいれば、そんなことは少なくはない。助けようと思って助けたのではなく、戦いの中でそれが助けに繋がったことって言うのが殆どだ。


 あの頃の俺は確かに死神と恐れられるぐらいには戦場で暴れ回っていた。敵に一切の容赦を与えず、只管に剣を振るって敵の返り血を全身に浴びて陣営に帰っていた。お陰で血の臭いが身体に染み込み、今でも時折血の臭いが鼻について嫌になる。


 その戦いっぷりから魔族は当然のこと、味方ですら怖がっていた。勇者達がいなければ、半魔である俺はとっくの昔に危険因子だとして処刑されていたかもしれない。


 憧れに近い眼差しで俺を見てくる若い兵士から視線を逸らすと、ララが俺のマントをぎゅっと握り締めた。


 嫌な記憶を思い出し、それが顔にでも出ていただろうか。

 ララに軽く笑みを見せ、神殿ついて考えることにする。


「エリシア、神殿の様子はどうだ?」

「……前回と同じよ。もの凄い力を感じるけど、私に対して何も言ってこないわ」

「ララは? 何か感じるか?」

「……何か、引っ張られてる気がする」

「引っ張られる?」


 俺とエリシアは目を見合わせた。


 俺達の意見は合致した。この神殿に力が戻った理由は勇者が関係している訳じゃなのかもしれないと。

 エリシアに感じられず、ララに感じられるとすれば、聖女に関係しているのかもしれない。


 まだそう決まったわけじゃない。ララの魔法力の高さがそうさせているだけかもしれない。


 しかし今此処で異変感じ取っているのはララだけだ。


「ララ、何処に引っ張られてる?」

「……この奥だ」


 ララが指したのは最奥の神殿、そこにある試練の間だ。


 巨大な石扉があり、両脇に外の神殿と同じ二体の女神像。

 試練の間は一見すれば何てことのない、ただの円形の広場だ。


 だがそこで待ち受けていたのは雷神マスティア。当人ではなく、あくまでも力の集合体だが。


 試練の間は選ばれた勇者しか入ることはできない。扉を潜ろうとしても、見えない結界で選ばれし勇者以外は弾かれる。


「前回の時は、お前が入った瞬間、俺達は怪物に囲まれたっけか?」

「さぁ? 試練を終えて出て来たら、アンタ達草臥れてたもの」

「お前が最初だったからな。それ以降は楽なもんだった。俺達が来る前は入ったのか?」

「入ったけれど、何も起きなかったわ」

「……念の為、全員武器を握ってろ」


 俺が左側、エリシアが右側の扉に手を置き、タイミングを合わせて押し開く。


 ゴゴゴッ、と重い石が床を擦る音が響き、試練の間の扉が開かれる。


 ある程度開くと扉は独りでに開いていき、試練の間が露わになる。


 だだっ広い円形の広間の中心に、二体の女神像が佇んでいた。

 右側の女神像には剣が、左側の女神像には槍が握られている。


 あんな石像、昔はあったか?


「エリシア、あんな像あったか?」

「……おかしいわ。あんな像、昨日来た時には無かったわよ」


 それは変な話だ。それではまるで、エリシアが去った後に何者かが此処へ運んで来たみたいじゃないか。

 だけどそれはありえない。この試練の間には選ばれた者しか入ることができない。


 仮に第三者が置いたとして、この神殿の守りを通り抜けることができる力を持っていることになる。それは随分と穏やかじゃない話だ。


「……エリシア、調べてきてくれ。俺達じゃ入れない」

「……分かったわよ」

「気を付けろ。異変を感じ取ったらすぐに引き返せ」


 エリシアは頷き、足を広間へと踏み入れた。


「――いぎゃっ!?」

「はあっ!?」


 エリシアは結界に弾かれ、大きく後ろに突き飛ばされた。

 顔面に衝撃を喰らったのか、顔を両手で押さえて床をジタバタと転がり回る。


「何やってんだよお前!?」

「私の所為じゃないわよ! 昨日だって入れたわ!」

「いや、でも、えぇ……?」


 勇者が試練の間を弾かれた。


 それは俺達を驚愕の色に染めるのには充分すぎるほどだった。


 勇者に力を与える為の場所が、勇者を拒むことなどありえて良いものか。

 それならばどうして力が戻ったりしている。


 まさか本当に聖女に関係しているのか、それとも別の勇者が現れたとでも言うのか。


 エリシアは見えない結界を、今度は雷を纏わせた拳で殴り付けた。だが結界は変わらずエリシアを拒み続ける。


「どうしてよ……!? もしかして私、勇者じゃなくなっちゃったの!?」

「だったらその力も無くなってるだろうよ。ララ、本当に此処に引っ張られてるんだな?」

「ああ。開けてみてより強く感じる」

「……危険だ。一旦戻ろう」


 俺がそう提案すると、エリシアは「はぁ?」と眉を顰めた。


「何言ってんのよ? やっと原因を突き止められるかもしれないのよ?」

「考えてみてくれ。お前は試練の間に入れない。だけどララが此処に呼ばれてる。なら、ララは試練の間に入れるかもしれない」

「じゃあ試してみましょう」

「駄目だ、危険過ぎる!」


 俺はララを自分から離さないように肩を引っ張って寄せる。


 エリシアはムッとした顔をして、どういうことかを説明しろと言ってくる。


「もし、もしだ。ララが試練を受ける者だったら、ララは一人で試練を受けなければならない」

「そうね」

「お前でも試練に打ち勝つには苦労したんだろ? そんな試練にララ一人を送り出すのは危険だ、危険過ぎる。まだララに戦闘訓練は教えていない」


 色々な魔法を知っていても、それを戦闘で上手く披露して立ち回れるかどうかは別の話だ。

 ララに試練を受けさせるとしても、それはまだ早い。せめて一ヶ月、いや半月は訓練に専念させないと命がいくらあっても足りやしない。


 そう説明しても、エリシアは溜息を吐いて首を横に振る。


「アンタの気持ちは分からなくはないわ。でも、それじゃどうするって言うのよ? アンタ達の事情に関しても、時間は無いんでしょう? 私はこの件に解決の道が見つかるまではリィンウェルから離れないわよ」

「……ララ、戻るぞ」

「え? でもセンセ……」


 ララは驚いた声を出す。


 だが仕方が無い。俺は何があってもララをこのまま試練に挑ませるつもりはない。


 この扉を潜れば最後、試練が終わるまでララは出て来られなくなる。だから試すつもりは毛頭無い。

 ララを信じていない訳じゃない。だが楽観視も絶対にできないことだ。万が一の可能性が高い現状で、試すのはただの自殺行為に等しい。


 俺は動こうとしないララの手を掴み、来た道を引き返そうとする。


「――またそうやって逃げるの?」


 エリシアの声に、足を止めてしまった。


「……何の話だ?」

「アンタって昔からそうよね。勝ち目の無い戦いからはいつも逃げて、都合の良い言い訳ばかり並べてさ。その先に可能性があったとしても、その可能性を掴もうともしない」

「……俺の命ならいくらでも懸けてやる。だがララの命を懸けろと言うんなら断る。この子は絶対に守る」

「でもこの先、私の助けが無いとその子を助けられないんでしょ?」

「……断言できないだけだ」

「それって、できないって言ってるようなもんじゃない」

「何が言いたい?」


 ララの手を離し、エリシアに詰め寄る。周りの兵士達が武器を構えるが、そんなことは気にならない。

 先程からエリシアは俺を煽るような言葉ばかり並べる。何を言われようともララの命をベットするつもりは無い。俺の性格を知るエリシアなら、そんなことは分かっているはずだ。


 だがエリシアは挑戦的な態度を崩さない。その真意が気になる。


「あの日、アンタが私達の前からいなくなった日、私……どれだけ悔しかったか分かる?」

「……」

「アンタがどれだけ命懸けで戦って、どれだけ人族を救って、どんな思いで魔王を殺したのか私達は知ってる。それをアンタが半魔って理由だけで、全部無かったことにされた」

「それについてはもう終わったことだ。今更どうこうできる訳でもないし、何とも思ってない」

「終わってない! まだ終わってないのよ! 私達は今もずっと、アンタを取り戻そうとしてるのよ! なのにアンタは! アンタは最初から諦めて逃げて……アーサーがどんな顔をしてたかも知らないで!」


 アーサー……アイツが、何だ? 寧ろアイツは俺が居なくなったことで清々してるんじゃないのか?


 エリシアが俺の首元のマントを掴んで締め上げる。

 エリシアの目から涙が一粒流れ落ちた。


「一度ぐらいは男らしく戦って見せなさいよ! こんな所で逃げ回ってちゃ、いつまでも負け犬のままよ! アンタは!」

「っ――だからってララの命を危険に晒す真似ができるか!」

「もう既に危険に晒されてるんでしょうが! この子だっていつまでも守られ続ける訳にはいかないでしょ!」

「俺が守るって言ってんだろ!」

「どの口が言えるのよ! アンタは――」

「もういい!!」


 エリシアがそれを口にしようとして、俺が力尽くで黙らせようとしたその時、ララの声が木霊する。

 ララは俺とエリシアの間に割り込み、俺をエリシアから引き離す。


「こんな所で喧嘩してる場合じゃないだろ! 私がその試練とやらを受けて戻ってきたら良いんだろ!?」

「なっ――ば、違う! それにまだお前が受けると決まった訳じゃない!」

「うるさい! そうかそうじゃないかは試せば分かる!」


 そう言い終わる前にララが試練の間へと駆け出した。


 慌てて止めようと伸ばした手は届かず、ララは扉を潜って試練の間へと足を踏み入れてしまった。

 直後、広間の壁から雷が噴き出し、まるで松明の様に広間を眩い光で照らす。中央に佇んでいた女神像の目に光が灯り、命が吹き込まれたように動き始める。


 二体の女神像が握る武器に雷が纏わり、怪物のように咆哮をあげた。


 最悪の答えだ。神殿に力が戻った理由は、勇者に試練を与える為ではなく、聖女に試練を与える為だった。


 だが何の為に? 魔族を救う為には七神の力が必要なのか? それなら試練無しで力を与えるべきだろう。試練で聖女が死んでしまえば、聖女に選んだ意味が無くなる。

 いや……これは聖女を殺す為の試練かもしれない。エリシアを弾き、ララを受け入れたのはそれを狙ってのことかもしれない。


 そうだとすればララが危険だ。早く助けなければいけない。


 俺は無意識だった。結界に阻まれると分かっていたのに、ララを助け出したい一心で試練の間へと走り出してしまった。


 そしてララの手を引っ張り、二体の女神像から守るようにして背中に回した。


 ――――ん?


「……?」


 あれ、何でララの手を掴めたんだろう。ララは試練の間に入って入り口から離れていたはずなのに。

 あれ、何で俺は二体の女神像と睨み合っているんだろう。此処は選ばれた者しか入れない試練の間なのに。

 あれ、何で俺……入れてるんだ?


「はぁぁぁぁ!?」

「えぇぇぇぇ!?」


 俺と結界の外にいるエリシアの驚愕の悲鳴が重なった。


「センセ! センセも入れたってことは、センセも勇者なのか!?」

「いや! 俺は! そんな!? ええ!?」

「ルドガー! 危ない!」


 エリシアの悲鳴に近い声で今の状況を思い出し、ララを抱えてこの場から後ろへと跳び退く。


 直後、雷の剣がマントを掠め、標的を失った剣はそのまま床を破壊する。


 そうだ、今は驚いている場合じゃない。どうしてこうなったかは分からないが、分かることは俺とララは試練を受けることになってしまったということだ。

 試練を受ける以上、生きて乗り越えるしか選択肢は存在しない。どうやら試練内容はあの二体の女神像との戦いらしいが、それならやることは一つ。


「ララ! 兎も角、アイツらを蹴散らすぞ!」

「ああ!」


 ナハトを構え、ララは杖を構える。

 二体の女神像はゆらりゆらりと恐怖を煽ってくような動きでゆっくりと距離を縮めてくる。


「エリシア! 俺とララでコイツらを片付ける! お前は外を警戒してろ!」

「――ええい! もう訳わかんないけど分かったわ! 絶対に勝ちなさいよね!」


 エリシアは兵士達に指示を出して、怪物が再び襲ってきても大丈夫なように準備させる。


「勝つしかねぇんだよ……」


 剣を握る手に力が入る。


 今、俺の隣にはララがいる。まだ子供で、本格的な戦闘を経験していない、ただ魔法力と知識力が高い少女だ。

 俺が守るべき大切な子、大切な生徒。


 アイツの――忘れ形見。


「スー……ハー……っ!」


 魔力を限界まで練り上げる。


 何が何でもララは無傷で生還させる。試練と言うからには生半可な力ではクリアできない。

 受ける前から強大な力を持ったエリシアでさえ手子摺った試練だ。

 ならその力が無い俺は、命を燃やさなければ乗り越えられないだろう。


「ナハト、俺に力を……。ララ、お前は後方で魔法をぶつけ続けろ。教えた魔法、全部披露するつもりでな」

「ああ。センセは?」

「女神とダンスだ」


 俺は床を蹴り、一気に距離を詰めた。


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