第20話 魔術が私の武器

 無慈悲な一撃がアルカに直撃したことを確認したクロ=アーデ5世は、異様な違和感を感じた。


「……………………変だ」


 たしかに、直撃した。手ごたえはあった。でも、なんだろう、この気持ち悪い感触。


「なんで、この程度で済んでいるの?」


 その違和感の正体、それは、思った以上にこの場所が無傷であることだった。


「まさか……………」


 煙で視界が遮られる中、堂々立っている影の姿が見える。


「アルカ、いったい何をしたの……………………」


「……………………やった、成功しちゃった」


 無傷ではなかった。腕から血を流し、戦える状態でないことは見てわかる。


「……………………単純だよ。私は魔法を書き換えただけ」


「魔法を書き換えた?何を言って………………」


「魔法は神が与えた奇跡。それに上下はなく、だれが使っても平等。だから、私はその根本の魔法を一度バラバラにして、新しい形として再構築したの」


 この子は何を言っているの?とクロ=アーデ5世は理解できなかった。


「わからない?なら、簡潔に言うなら、私は魔法を創造することで、無慈悲な一撃をこの程度済ませた。コツはつかんだ、次は最もうまくいくよ」


「……………………あなたも相当な化け物ね」


 魔法の創造?その行いはもはや、神に対する冒涜に近い。でも、それを成しえた彼女は…………。


 魔法をバラバラにして、再構築する。まったく、どういう思考をしているのかな。


「完敗だよ、アルカ。もしかしたら、私と君なら、勝てるかもしれない」


 正直、私だけでは虐殺王バルシャには勝てない。そう確信していた。


 そんな中で、アルカの参戦は微妙だった。虐殺王バルシャは間違いなく、只者ではない。中途半端な実力者では、勝てない。


 でも、これほどいかれた魔法使いとなら、勝てるかもしれない。


 私はきっと、アルカに可能性を感じている。


「でも、もう限界でしょ?ゆっくり、お休み、アルカちゃん」


「…………あはは、負けるってこんなに悔しいんですね」


 そのままアルカはその場で倒れ伏した。


「さてと、これでいいのかな?エイジ」


 振り返りながら、しゃべりかけると、物陰から姿を見せる。


「ばれてたか」


「当たり前でしょ…………そんなにアルカちゃんが心配だったの?」


「…………どうだろうな。いや、まぁそうだな、心配だったよ」


「過保護ね」


「うるせぇ。それより、どうだった?勝てそうだろ?」


「…………そうね、期待以上ね」


 エイジが何考えているかなんて、どうでもいい。私はただこの都市が存続できればそれでいいんだ。だから、こうして利用し、利用されている。


 でも、エイジが向けるアルカちゃんの思いはあまりにも、悲劇すぎる。


「それじゃあ、一旦、アルカちゃんをベットに送りますかね」


 アルカちゃんが起きたあと、本当の訓練の始まり。


「さぁ、残り時間でどこまで仕上げられるか、腕の見せ所ね」



 夢を見る。毎日のように同じ夢を見る。家族が殺され、『クリスタリア』が滅んでいく光景を。


 胸の中がかき乱され、憎悪があふれ出そうになる。その衝動に身を任せれば、きっと楽になれる。


 でも、それじゃダメなんだ。それじゃあ、私は何もなすことができない。私は弱いから。


 努力しないと、何もできない魔法使いだから。だから我慢する、舌を嚙んででも我慢する。この感情は、あいつらが現れた時に解き放つ。


 今、まだその時じゃない


 私は弱いから、心も体も…………。


 何も変わっていない。あの頃の私と何も。


 誰か、教えてほしい。私は復讐のためにすべてをささげると決めた。この恋だって、あふれ出そうになるこの憎悪を抑え込むブレーキとして、利用しているだけ。


 でも、たまに思うんだ。本当に復讐に身を投じていいのか、もっとも違うやり方があるんじゃないのか。


 そもそも、お母さん、お父さんたちは復讐を望んでいないんじゃないのか。


 余計な感情だけが私の決意を乱す元凶。ああ、どうして、こうなっちゃったんだろう。


 いつから私は、壊れてしまったの……………………。


 起きる明日の私は、今日も復讐に身を焦がす。



「はぁぁ!?」


 また夢を見た。


 頭を手で押さながら、周りを見渡すと、私が泊まっていた部屋のベットで横になっていた。


「なんで、私……………………あっ、そうだ」


 たしか、教皇様と戦ってそれで…………。


「負けたんだ………私」


 負けるとは思っていたけど、いざ負けると悔しさが残る。


 どうせ、戦うなら勝ちたい。そんな淡い期待を抱いていた自分に恥ずかしさを隠せない。


「って、誰もいないのかな?」


 人の気配は一切ない。窓を覗くと真っ暗な空で染まっていて、夜であることがうかがえる。


「寝よっかな」


 睡眠は人において最も重要な機能であると師匠から教わった。十分な睡眠がとれないと、上達する技術も上達しないと言い切るほどにだ。


 でも寝るのはあまり好きじゃない。


「うーーーーーーーーーんっ!…………やっぱり、寝れないな」


 背伸びをしながら、布団にもぐるも、眠れる感じがしないアルカ。


 布団からゆっくりと立ち上がり、外を眺める。


「それにしても、まさか、魔術に成功するなんて…………」


 魔術、それは私がつけた名前、呼び方だ。クロ=アーデ5世が放った一撃を防ぐには魔法ではなく、一から作り出した魔法でなくてはダメだと私は直感した。


 だから、私は生み出した。あの瞬間、基盤である魔法をバラバラに分解し、再構築することで全く新しい魔法を生み出した。そんな魔法を私はと呼んだ。


「魔術…………それが私にしかない武器。この魔術がしっかりと使えれば、どんなことだってできる。それこそ、神器と同等の威力を持つ魔術だって……………………」


 でも、まだ実践的ではない。魔術の構築には時間がかかるから隙ができやすい。


 慣れてからでないと、まず負ける敗因になる。


「でも、一回成功すればこっちのもの。がんばるぞっ!!」


 夜空へと拳を突き立て、意気込みを口にするアルカ。その背中はしっかりと、前を向いていた。


「何やってんだよ」


「へぇ?……………………ってエイジさん!?」


 振り向くとそこには呆れた顔をしたエイジさんが立っていた。


「ど、どうして…………」


「どうしてって、アルカを見に来たんだけど……………見た感じは大丈夫そうだな」


「そ、それはもう!かなりしごかれましたけど、次戦うときはもう少し戦いにはなりと思います!」


「はははっ!それはいいことだ。でも、ちゃんと寝とけよ、明日からさらにしごかれるだろうからさ」


「あ、はい」


「じゃあ、俺はこれで、頑張れよ」


 そのまま、エイジさんは部屋から出ていった。


「エイジさんがあんなに笑うの初めて見た……………………それに、なんだか、機嫌がよかったような」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る