第四十二話 トウカとヴァン

「委細承知したリックル王」


「では私はこれにて」


「助力感謝するリックル王」


 ふ~まさかエニグマ帝国とイフ崩国から最高戦力が来るとは。

 考えてはいたことだがこうもあっさりしかも向こうから、聖刻の間に呼ばれたときは何事かと思ったがまさかこんなにも早く協力を申し出てくれるとはありがたいな。

 バングは背中を椅子に預けながらリックル王の話を振り返っていた。


「崩炎のトウカと猟兵獣ヴァンの二人か。あの二人なら問題ないだろう」


◆◆◆◆◆◆


 イフ崩国内にて二人の女性が向かい合いながら一杯の紅茶を飲んでいた。


「うっこれニガイよお母様」


「この紅茶をニガイなんて言うのは貴方くらいですよトウカ。相変わらず有り得ないくらいの甘党なんですから」


 トウカに仕方ないですねと言いつつ自身は用意された紅茶を優雅に楽しんでいたケイア。

 向かい合いのはイフ崩国の女王ケイアとその娘であるトウカであった。

 ケイアに比べて随分と小柄な体格をしていた。

 幼い顔立ちに腰まで伸びている白髪の影響かまるで人形のように見える。

 二人は親子ながら随分と似ていない親子であった。


「サルマニアではちゃんとサリシアさんかヴァン殿の言う事をきちんと聞くのですよトウカ」


「さっきから何回も聞いた」


 このティータイムは二人にとって必要な語らいの場であった。

 ケイアは一国の女王ではなく母としてトウカは王女ではなく娘としてただの家族の団欒を楽しむ場所。


「あと」


「それも聞いた」


「まだ言っていないわ」


 いつも同じような言葉を並べる母にトウカは食い気味に答える。

 このティータイムはトウカが崩国の武力として出陣する時には必ず時間をとって行われていた。

 トウカの身になにかあった時に後悔したくない為に。

 

「どうせ無事に帰ってきなさいでしょう」


 いつも耳に残る母の声。

 無事に帰ってきなさいと。

 本当に心配症、分かってるよそれくらい。


「ちゃんとただいまを言いに来るのよ」


「ちゃんと言いに行く」


「なら良し、いってらっしゃいトウカ」


「うん、行ってきます」


 トウカは最後の一杯の紅茶を飲み干しニガそうな顔をしながら答える。

 席を立ちさっそくサルマニアに向かう為に動き出したトウカ。

 その背中を見ながらケイアは


「今度は甘い紅茶を用意してあげたほうがいいかしら?」


 次に用意する紅茶のことを考えていた。


◆◆◆◆◆◆


 エニグマ帝国ではゲント王がある大柄な男となんの変哲も無い普通のバーで飲んでいた。

 オンボロというほどではないが随分と年季の入った所であった。


「すまんなヴァン、いつもお前に任せることになる」


 ゲントが話していた大柄な男の名前はヴァン。

 この男は主に帝国を拠点として活動している世界で一番と言っていい有名な猟兵団オル・イーターの団長であり猟兵獣の異名がつけられていた。

 堀の深い顔にヴァンの体にはいろいろな戦場でおった傷が至る所にあった。

 それは歴戦の証ともいうべきか、一つ一つの傷に意味があった。

 

「いいさ、今回ばかりは少しくらいは無理も言わないとな、リアラの怪物なんだろう相手は」


 ヴァンは一杯のグラスに入ったお酒を豪快に飲みながらゲントと話す。


「あぁそれに今回はお前達のような世界の強者達による少数精鋭での討伐しかできんだろうしな、人海戦術は使えん」


「怪物相手はそんなもんだよ。いつもそばにいる俺の部下達でも足手まといどころかいてもいなくても変わらんレベルの相手だ怪物っていうのは」


 数がいないといけない時もあるが大抵の場合は意味をなさない。

 ヴァンはそれを一番に理解していた。


「世界最強の猟兵部隊の者達ですらいてもいなくても変わらんか」


 猟兵の中でも群を抜いて強いとされているオル・イーター。

 そこに所属する者達は一般的な兵士達よりも強いと評価されることが多い。

 王であるゲントも自国であるエニグマ帝国の兵士よりも強いと思ってた。


「昔まだ俺が弱くて親父と一緒に怪物を相手にした時に痛感したさ。俺は足手まといどころかいてもいなくても変わらんのだろうと」


「そういうなあの時は仕方ないさ。最後には皆がお前の父、この帝国の元帥閣下に託すしかなかった。皆が見ているだけ、それしかできんかった」


 俺も含めてなとゲントは昔の一幕を思い出していた。

 この国の王となった時に感じたどうしようもない無力感を。


「ヴァン、自分の命をかけるような無茶だけはするなよ。お前ならしかねんからな」


「大丈夫大丈夫、親父見たいな無茶はせんさ。そこまでしなくてもしかっり倒せるはずだぜ。今回は崩炎の嬢ちゃんに剣帝聖女までいるんだ、無茶せずとも何とかなると思うぞ」


 お酒をグビグビと飲みながら答えるヴァン。

 今回は親父の時にはいなかった強者がいる。

 それにあの時よりも強い自分も。

 今だ親父ほど強くなった気はしないが親友の頼みを聞けるくらいには戦える。

 例え怪物が相手であろうとも。


「それじゃゲント俺はそろそろ行ってくるわ」


「あぁ頼んだヴァン」


「ゲント帰って来たらまたここで飲むぞ。その時は勝利の美酒だ」


「最高の物を用意しておこう」


 じゃあなと軽く手を振りながら店を出ていくヴァン。

 そのあとゲントは


「店主いつものもう一杯くれるか?俺とヴァンがよく飲んでいたやつを」


 もう一杯だけお酒を飲み干した。

 


 

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