第二葉 10月27日/43歳/男性

 母親の一回忌を終えた後、もういいかと思った。


 本当は身体にガタが来て死ねばラクだと望んでいた。けれど、致命傷になる様な病気は来ない。在るのは、いつまで経っても治らない敏感性腸症候群と、雨の日になると起こる片頭痛と、春毎の花粉症だけ。


 正直なところ、自分が自殺するとは思っていなかった。九年前に父親が末期ガンを宣告され、余命半年を自宅で過ごしていた時に、父親は「死にたくねぇ」と涙を浮かべて言っていた。居間のソファでテレビを見ながら、何の前触れもなく泣いていた。その時、私は何も声を掛ける事が出来なかった。


 父親は投薬を続けて居たが寛解する事もなく、医者の宣言通りの時期に死んだ。春の終わり頃に死期を告げられた父親は、夏が終わり、秋から冬に移る頃の朝に、眠りから醒めることなく死んでいた。


 産まれた時から住んでいた場所で家族が死んで、改めて人間は死ぬものだと知った。戸建てには私と母親だけになる。妹は前から結婚を機に出て行き、子供も出来ている。私が出ていってしまえば母親は一人きりになってしまう。だから、実家から出ると言う選択肢は無くなっていた。


 家族との関係は良好な方だ。母親と妹の買い物に付き合うことも多い。生前の父親とは週末に河川敷をランニングしていた。年に二回くらいは家族と旅行にも行っていた。社会人としてやっていく中も、自宅に帰れば、家族との交流があった。


 父親が亡くなっても、私の生活はさほど変わらなかった。葬儀が終わり、面倒な書類手続に片が着いた後は、仕事に行って帰って来ての繰り返しになっていった。それでも変化と言えば、買ったばかりのランニングシューズを捨てた事くらいだ。


 だが、母親は長時間のパートタイム勤務を入れる様になった。頼まれたからだと言い、二十四時間営業スーパーの深夜勤で働く。家に借金は無かったし、生活費も多少でしかない。浪費をする様な性格でも無かった。それでも偶に合う休日には母親と些細な買い物に出掛けていた。私から何かを言う理由も無かった。


 母親の死は、突然だった。深夜勤務の帰り道の歩道で母親は倒れた。近くを通った人が救急車を呼び、病院に運ばれ、私は明け方近くに電話で寝ていた所を起こされた。急いで病院に着くと、既に母親は死んでいた。死因は心不全だった。後は、父親の時と同じだ。


 家に帰るのは私だけになった。家は遺産として相続したが、書類作業に役所へ届け出にとが面倒なだけだった。引っ越しをする理由も無く、親戚の御託を聞き流し、墓には父親と母親の二人が納まった。


 この後くらいから、妹が家によく来るようになった。休日に双子の甥っ子達を連れて、何をするでもなく半日を過ごして帰っていく。偶に泊まりで土日を過ごしていくが、そういう時も特別な何かが有るわけじゃない。妹から旦那の愚痴を聞いたり、甥っ子達の成長を眺めながら一緒に遊んだり、オムツを替えたりするだけだ。


 仕事をするのは、育ててくれた両親の為に金を入れるからだ。父親が死んでからは、母親を一人には出来ないから。その母親も死んで、強いて生きると言う事が無い。


 確かに、仕事で金が入れば、趣味に使うことが出来るが。本当の事を言えば、摩擦が嫌だったからだ。会社員をしているのが一番、誰にも文句を言われない。電車で妊婦さんに席を譲るのは、親切心じゃあ無い。もしも、目の前でその妊婦さんが倒れたり、他の乗客が嫌そうな顔をしたり、迷惑な老人が文句を言い始めたりするのが、嫌だからだ。


 若い頃はゲームに熱中していた。新作のゲームソフト、新作のゲームハード、常に新しいものに手を出していた。けれど、次第にどのゲームをやっても、数時間で見限る様になっていった。目新しさが無い、先は最初の繰り返しが見えている、何処かでやった事がある。新作ゲームからは、昔の様な輝きが無くなっていた。だから、子供時代には買えなかった、知らなかった、旧作ゲームにも手を出していった。中古屋を巡り、個人間取引を伝っては集めて、プレイしていった。


 それも今では面倒でしかない。母親が亡くなる二年前くらいからゲームはしなくなっていた。手慰みにスマホのソーシャルゲームを触っていたが、それも時間潰しだ。他の趣味を見付けようかとも思った時もあったが、漫画にせよアニメにせよ、競馬やサッカーにも興味を示してみたが、どれも面倒が最後だった。


 仕事の評価は不当だ。何もしていないと思っていても、周囲は高く評価する。仕事はすべき事をしているだけであり、目の前から必要な要素を見付けるだけで良い。確かに、他の同僚は言われたことしかせず、自分勝手な言い訳で仕事をしている。何も見えていないが、直接指摘する程の責任は無い。自分の仕事を定時に終わらせれば帰れる。残業をするにしても、必要だからだ。人事面談で管理職への昇進を断り続けるのも、面倒だった。


 今日も腹の調子が悪い。家で出して、途中の駅で二度目のトイレに入って、何も出ない。移動時間に加えて一時間半の猶予で今日も予定通りだったが、これを書いている内にそろそろ勤務時間になる。


 早くしないと確認連絡で面倒になる。その前に書き終える。死ぬ理由は無い。それが理由だ。あとは知らん。勝手に考えろ。ホームから飛び降りれば終わる。

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