第56話 オチタテンシ2

 生徒会選挙――私は結局、立候補しなかった。


 ――理由?

 ……理由を訊かれると、とても困る。

 幸い誰にも聞かれなかったけど、答えるなら「興味がなかったからです」と言葉にする他ないから。因みに――それが本心だけど。


 真面目な話、そうなのだ――まるで興味がなくて、どちらでも良かった。

 生徒会への魅力とかは、何を言われても感じなかった。

 累は何度も自分の意思に従うべきだ……みたいなことを言ってきたけど、私は本当にどうでもよかった。

 だから選ぶとすれば、それはどちらがお姉ちゃんと累の二人が喜んでくれるのか。

 本当にそれくらいしか考えていなかった。

 まあそれ故に、最後の最後まで考えは纏まらなかったというオチ。

 珠姫は私に生徒会へ入ってほしいみたいで、累は多分入ってほしくないと思っている。

 訂正――――累の方は、正直よくわからない。

 私が決心を渋っているから、本当は嫌なのだと思わせてしまって、それで入ってほしくないような言い方をしたのかもしれない。

 実際、恵森さんを手伝ったことについて、そういう解釈をされてしまったから。


 恵森さんの助けになりたかったのは、ただ累が彼女を手伝おうとしていたから、それに便乗しただけ。

 正直なところ、恵森さんみたいな人には、ちょっとした憧れと、関わることへの抵抗がある。憧れの部分は多分、珠姫もまたキラキラしているから、そういう点でだと思う。

 関わりたくないのは、単純に男遊びしていそうだから。

 実際は違うのかもしれないけど、男が寄ってきそうな格好と愛嬌を持っている時点で、ちょいアウト判定なのである。

 話すくらいなら訳ないけど、一定距離以内に入った瞬間、しんどくなってしまう。

 お姉ちゃんしか許さないアレルギーは、今でも健在。

 まあ……累については、例外として見ているけど……あれは特例中の特例なのだ。


 何はともあれ、やっぱり選挙については、本当にどちらでも良かったという話。

 そういう訳で、立候補しないという選択は――立候補の〆切りが近づいたことが一番の理由で、生徒会の仕事するのが面倒くさいっていうのが二番の理由。

 私にしては不真面目というか、投げやりかもしれないけど、それくらい興味がなかったという話。

 私の頭は99%がお姉ちゃんのことを考えて、残り1%で累のことを考えてしまうみたいだから、他のことを考える余地は残っていない。

 そういうシンプルな理屈だった。


 割と真面目に今は大きな悩み事が二つあった。


 一つは、お姉ちゃんに扮してやろうとした試みが、ほんの数日で止めるしかなくなったこと。

 これについては、裏でお姉ちゃんと共に先生方から咎められてしまった。

 幾ら成績が良くて、血筋が良くても、この学園は割と公平に厳しい。

 お姉ちゃんは未練たらたらで、暫くぷんすかしていたのが可愛かったけど、ちょっと変装は楽しかったから残念。

 まあ私も未練があるからか、髪を染め直す気にはなれなくて、ウィッグでどうにか誤魔化している。

 家で幾ら珠姫の恰好をしたところで、累に見てもらわなきゃ意味がない。

 ――これが承認欲求というやつなのかもしれない。


 二つ目は、ちょっと複雑。

 というか――私の考え過ぎかもしれない。

 以前にお姉ちゃんが話してくれた、さり気ない言葉の数々が今更響いている。

 それは――お姉ちゃんが累を信頼するに当たった出来事の話。

 聞いてから、胸が苦しくなって……私が累にとても迷惑をかけるきっかけになってしまった話。

 そもそもお姉ちゃんが累を気にするようになったきっかけは、階段から落ちそうになった自分のことを助けてもらったこと。

 これは、いい。

 全然関係ない。

 関係あるのは、その他二つの出来事。

 それは間違いなく、他人が落としたキーホルダーを彼が熱心に探しているところを目撃したこと、そして傘が壊れた時に貸してくれたこと。

 つい最近、聞いたことのある出来事。

 彼はそう何度も――偶然同じような出来事に立ち会っているのだろうか。

 ちょっと不思議な話だと思う。

 本当に、ただそれだけのこと。

 気にするほどのことでもないのに、一度考えたら頭から離れない疑念だった。


 ――なんて考えていたら、今日も授業は全部終わっていた。

 先生の話が頭に入らなくても、プロジェクターに映された資料は全て記憶しているから、何も困らない。

 一先ず、退屈な授業が終わったのだから、累のところへ行こう。

 学園では彼氏役を引き受けてもらっているのだから、私もアピールの為に、彼の元へ行かなければならない。

 どう思っていると、スマホにお姉ちゃんから連絡が届いた。

 累を連れて、第二図書室まで来てほしいとのこと。


 いつものことだと、何の疑いもなく、承った。

 スキップしそうな足取りで早速、累の教室にまで向かい、私は累の彼女役なのだから当然だという堂々とした態度で、教室へと入った。

 累は友達の外里くんとお喋りしていたみたいだけど、丁度良かったので、気付かれないように近づいてみた。

 結果、彼が私の存在に気付いて、目を丸くする。

 大成功だけど、ここで喜ぶのは私のキャラじゃないから、素っ気ない態度を取りながら、珠姫に呼び出されたことを伝え、彼を先導した。


 やっぱり、生徒会選挙なんて面倒くさい話題に振り回されていた時よりも、心に余裕がある感じの累といると、私まで心が軽やかになった気がした。

 だからなのか、階段を上る足も、自然と軽やかになった気がして――。

 ふと、累の顔が見たくなって、踊り場に足を踏み込んだ瞬間――。

 後ろを振り返ろうとして――、足が地に着いた感覚が無くなっていた。


 すぐに、誰かに突き落とされたのだと気付いた。

 ちょっと肩が当たったとか、そういう偶然の事故ではない。

 明らかに私の身体は、誰かの手で押されて落とされたのだ。

 自分の身の危険を感じながら、私を突き落とした相手が視界に入る。


 絶句した。


 一瞬の中で、私の頭は思考を放棄していた。

 何故なのか考えることすら、拒絶反応が出たからだ。


 階段から落ちる。

 それは――つい最近、聞いたことのある出来事。

 だけど違う点が一つだけある。


 ――私を突き落としたのは珠姫だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る