第54話 覆らない結末を覆せ2

 冗談止してほしい。きっと痩せ我慢だ。


 この状況で、何故笑えるのだろうか。

 これ以上、隠されている真実はないはずだ。

 俺は、俺達は、すべて暴いたはずなのだ。

 まさしくこの人は怪物に違いない。

 それでも限界はあるはずなのに――やがて、木崎先輩は再び口を開く。


「で、君達はどうしたいのかな?」

「えっ……?」


 何を問われているのか、一瞬理解が及ばなかった。

 反論ではなく、それは純粋な問いのようだった。


「いや何を驚いているんだい? ここからが、君達にとって重要な部分だろう」

「いや、重要って――何を」

「僕の計画を暴いたのはわかった。それで、 と聞いているんだけど」

「…………ぁ」

「色々と手遅れなのに、どうしたいのかな? ……現役員推薦は終わった後だっていうのに」


 ――そうだった。

 とても円満な形で新生徒会が生まれることはほぼ確定している。

 現役員推薦が終わってしまった時点で……木崎先輩の目論見通りに。

 憩衣が現状で勝つ見込みが五分な上に、今の木崎先輩ならば、計画を排斥派全体に伝え、総動員で恵森さんを一般選挙で勝たせることなど造作もない。


 ――――詰んでいた。


 最早、新生徒会を作るという成功のビジョンこそが、排斥派を黙らせるプレゼンに過ぎない。

 実際、三年広報を寝返らせるには充分過ぎた策略。

 彼にとっては、すべてが終わった後なのだ。

 残された仕事も、今の彼にとってはイージーゲームだ。

 結論は覆らない――運命はもう、彼の計画通りにしか進まない。


「知ってるかい? 現役員推薦及び一般選挙の立候補は、成績上位20名から選出しなければならないという学園のルールがあるんだ」


 突然何の話だろうか。

 どうしようもなく冷えた頭で、木崎先輩の話に耳を傾ける。


「会長は自分以上の傑物である珠姫さんを後継に選びたかったらしいんだけど、残念ながら前回の試験順位だって、23位だった」


 あれ……?

 そういえば珠姫から教えてもらってなかったけど、てっきりまた21位だと思っていた。

 というかこの人、他人の順位を口滑らせたな。

 ……突っ込まないけども。それどころじゃないし。


「何が……言いたいんだ?」

「だから、あの人は後継の生徒会に興味を失ってしまったらしい。会長とは一年の頃からの仲でね。上手く隠していたけど、僕にはわかったよ。だからそこを、突いてみたのさ」


 会長が旅行になんて乗った理由。

 その理由は、全く関係のない――珠姫が原因だったと?

 だから――何が……言いたいんだよ。


「珠姫なら……この展開を覆せたって、いいたいのか? 俺達じゃ、役不足だって?」

「いいや、君達のことは心の底から称賛している。でも遅すぎたのも事実だよ。――珠姫さんが相手だったら、負けていたかもしれないね。意地悪かもしれないけど、僕はこれでいてホッとしているんだ」


 ありありと安堵の表情を見せる木崎先輩。

 そこに俺達を揶揄する意図は感じられない。

 しかし彼の勝利は揺るがず、言葉は皮肉にしか聞こえなくなる。


「はは……ははは……」


 無意識に、半笑い声が自分の口から発せられていた。

 なんだそりゃ。

 俺達が暴いた全ては、無駄だっていうのか?

 意味がなかったって?


 ――ふざけるなよ。


 別に、俺は……憩衣を生徒会に入れたい訳じゃない。

 恵森さんは木崎先輩の本性を知って、向き合うか迷っている。

 俺達の、勝ちのはずなんだ……暴くのが遅かった程度で、木崎先輩の目論見通りにさせたくない。

 それは最早――俺のエゴだ。


「累……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。憩衣」


 いつの間にか、俺の手を握ってくれていた憩衣。

 静観していた彼女も、外里も、考えてはいるものの、現状を打開する策は見つかっていない模様。

 木崎先輩は如実に涼しい顔へと戻っていく。

 まだ……憩衣も外里も諦めてはいない。

 排斥派が学園を支配するなんて、認めてはいけない。

 振り返るのだ……解決策は、何処かにあるかもしれない。


 ――異常に徹底された木崎耕助の計画。

 元々そういう排斥派の狙いがあったとは、到底思えない。

 恐らく木崎先輩は、恵森さんと近づく為の手段として生徒会選挙を利用しただけに過ぎなくて、排斥派の連中を納得させる為に、計画を練った。

 この学園における排斥派の理念は特待生の排除。

 そんな派閥のトップが、排除対象である恵森さんを囲うことはおかしい。それでは大前提の破綻だ。

 しかし排斥派筆頭である副会長であっても、年頃の男子だ。

 恋情が、彼の理屈を覆したのだろう。


 順当にいけば、次の会長は木崎先輩で、副会長が書記の中立派。

 現状、中立派の立場は自由な選択を派閥の生徒に認めているし、そんな派閥の先輩が後援者ならば、来年には強引に排斥派だけの生徒会が出来上がるだろう。

 ビジョンまでは……鮮明じゃない。

 そう……木崎先輩の計画は決して完璧という訳じゃない。

 完璧なのは、最後から一歩手前まで。

 当然だろう――木崎先輩の目的は本来、恵森さんと近い関係を得ることにあるのだから。


 ただ安栖環那が思想教育に打ち勝ったら、その事実を『前例』にして信じさせることで、来年も立場を保つ。

 その程度の考えのはずだ。


 ――完璧じゃない。

 本当にこの先輩の目論見が排斥派で席を埋める為ならば、もっと完璧にできたはずなのだ。

 そこに、俺はとある可能性を感じている。希望を見出す。


 木崎耕助という男の本質――それはこの中途半端な計画から紐解ける。

 そもそも、特待生を毛嫌いしていたら、恵森さんに恋なんてしていない。

 そして何故、彼は思想教育に打ち勝てるなんて前代未聞の考えを抱いたのだろうか。

 答えは一つ――木崎先輩は、排斥派に疑念を抱いている。

 思想教育失敗の前例は、彼自身だったのではないだろうか。

 それなら――やりようはある。


「なあ外里……ここはもう、俺に任せてもらってもいいか?」

「う、うん。何か思い浮かんだの?」

「ああ。だけど、外里はイヤかもしれない」

「嫌かどうかは、言われてみないとわからないな」


 そうだな。

 俺としたことが、早とちりしてしまった。


「……考えは、まとまったのかな? どうやら、このまま退席するって顔じゃないね」

「ああ。現状はまだ、詰みじゃないからな」

「……へえ」


 面白そうな、不快そうな、今まで見た事のない木崎先輩の一面が垣間見える。

 それは期待――なのだろうか。

 この展開を、彼は想定しているのだろうか。

 いや、関係ないか――俺はこの手段に賭ける。


「木崎先輩――排斥派から、親交派に寝返ってくれませんか? でなければ、今の問答を記録した音声データを恵森さんに聞かせます」


 俺の言葉と共に、後ろにいた憩衣がボイスレコーダーを取り出して見せる。

 脅迫……もといお願いをする立場なので、ため口は敬語に戻した。


「……それって君達、僕の計画を元々恵森ちゃんには話すつもりがなかったってことかい?」

「都合の良いように話を変えないでください。取引に応じてくれるなら、対価として俺達は口を噤むということです」


 木崎先輩に付け入る隙があるとすれば、もうこれしかない。

 彼の計画は、排斥派の為というよりも、恵森さんと近づくという目的が優先されるが故なのだから、この取引はそう悪い提案じゃないはずだ。


「――危険じゃないのかな。僕は恵森ちゃんのことが好きなのに、腹黒い本性を知らせず、近くにいることを許すって? 本気かい?」


 木崎先輩が尋ねたのは、俺ではなく外里の方だった。


「木崎先輩、そう言うからには、僕が千沙さんを好きだって気付いているんですよね?」

「何となくね……名前で呼んでるし」

「はっきり言います。負ける気はありません。貴方の卑怯な方法がずっと気付かれないなんてことはない。僕の方が――彼女に相応しい」


 席を立ち、胸に手を当て、外里海利は宣言した。

 あまりにも眩しく、雄々しい顔をして、木崎先輩を見下ろしている。


「…………っ、完敗だなぁ。そうかよ……そこまで言われちゃ、無理だな。――的が外れたなぁ。珠姫さん相手でなくても、一瞬でも――君達に勝てないと思わされた」


 揺らぐ心。そこに派閥を寝返ることへの悲観は一切見られない。

 確定だろう。彼はどちらでも、構わないのだ。

 でも……どちらでも良いなら涼しい顔で選べるはずの木崎先輩が「してやられた」という顔をしているのは、俺達の方が一枚上手だったと考えていいのかもしれない。


「僕だって自信家なんだぜ。そんな小物を見るような目で見られちゃ、断れない」

「じゃあ……」

「いいよ。親交派に鞍替えしても。元々、僕は庶民が嫌いな訳でもないからね」


 だろうな。本当に嫌悪感があれば、ここまで隠しきれる訳がない。

 この先輩は、俺を騙すくらいには、共感性が高いのだから。


「その上で、音声データについては別に、恵森ちゃんに聞かせてもいい。僕も正々堂々、向き合うよ」


 ――何だって?

 その言葉には、流石の俺も驚きを隠せない。


「なっ、いいんですか!?」

「凡人も捨てたものじゃない。阿武隈会長と、最後まで反りが合わなかった部分さ。折角の青春を後悔なく歩みたい気持ちは、僕にだってあるんだ」


 脅したからではなく、外里を恋のライバルと認めたから、なのだろうか。

 何だか脅迫とかいう手段を使った俺が情けなくなってくる。

 珠姫にやめさせた手段で、結局この様なのだから。

 でもまあ……悪い気分じゃない。




 ***




 その後の流れ……恵森さんについて真実を話す役目は、すべて外里に任せた。

 正直、木崎先輩が手強すぎて、生徒会室から出て数分は足腰が震えていた。

 とてもじゃないが、恵森さんが泣き出したり暴れ出しても、俺に出来ることは何もない。

 まあ外里が快く引き受けてくれたから、何も問題はないのだけど。


 生徒会一般選挙の立候補期間〆切り二日前。

 すべてが解決したと考え、俺は憩衣と二人きりで下校する。

 結局、〆きりギリギリの明日に立候補するか否か、彼女は表明するらしい。


「それで憩衣……どうする? 一般選挙、立候補するか……?」

「決めました。私は――――」

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