第53話 覆らない結末を覆せ1
生徒会室の扉を叩き、再び副会長との討論に臨んだのは、俺と憩衣、そして外里の三人だ。
お茶を出され、対面する俺達――緊迫した空気が張り詰めている。
「話の続き――ということでいいかな。今度は、恵森ちゃんはいなくて大丈夫?」
「はい。個人的な話なので」
「……そうかい。どの道、僕は怪しげな手紙を恵森ちゃんに送り続けた怪しい男って認識だろうからね。警戒するのも無理はないさ」
そんなことは一言も言っていないのだが、ラブレターの一件を暴かれてネガティブな思考に陥っているのかもしれない。
本当にそう思っているのかもしれないけど、油断ならない相手だ。
「それで、何が聞きたい? 批難されるべきは僕に違いないけど、お願いごとを叶えてあげるにしろ無理難題は勘弁なんだが――」
「初めに……話すのは僕ではなく緋雨くんでいいですか?」
「……いいけど、外里くんが気になったから中断したんじゃなかったかい?」
「はい。でも、僕はまだ小心者なんです。親友を頼りたい……それだけなので」
外里がそう言うと、木崎先輩も俺に目を向けてくる。
対して何も聞いていなかった俺は、外里と憩衣にもう一度目を向けると、静観すると目配せしてくる二人。
一緒に暴くという話だったはずだが、俺が指摘する形でいいのだろうか。
いや、俺がやるべきことか。憩衣の為にも、ここは自信を持って俺が話すと言うべき場面だった。
「堅苦しく話せるとは思えないので、ため口でいいですか?」
「ああ。元より、僕もその方が助かる」
なら、問答を始めよう。
「木崎先輩、現役員推薦について――誰が誰を支持していたのか教えてほしい。憩衣が推薦を取り消される前後、どちらもだ」
「……構わないよ」
言葉にしても忘れるだろうから、と相変わらずメモを取り出し書いてくれる。
会長 : 堀原憩衣 → なし
副会長 : 恵森千沙 → 恵森千沙
広報 : 安栖環那 → 安栖環那
書記 : 堀原憩衣 → 安栖環那
―――――――――――――――――
結果 : 堀原憩衣 → 安栖環那
<事実と矛盾しない>
相変わらず綺麗な字を書くものだと感心しながら、その内容に対しては眉間にしわを寄せる。
苦しい言い訳にしか思えない。この紙に書かれているのは、完全に出鱈目だ。
「おかしいな。こんなことには、ならない」
「そう言われても、これが正しい情報だよ」
親交派筆頭の生徒会長が失踪した。だから憩衣の推薦が過半数にならなかった。
その理屈の是非は一先ず置いておこう。
まず違和感を覚えたのは、書記があまりにも考えを容易く変え過ぎている部分。
俺にとって――それはあり得ないことだ。
もしこれが罷り通るならば、前世で憩衣は生徒会役員になれていないことになる。
会長が失踪していようとしていなかろうと、安栖環那が推薦で選ばれるのだから。
加えて、書記は中立派の生徒……排斥派のように特待生の排除は特に望んでいない。強いて言えば俺という男が気に喰わない程度だろう。
「会長は、恵森さんを支持していたはずだ。これは間違っている」
実際に恵森さんは、生徒会長には何度か世話になったと確かに言っていたのだから、会長も彼女に目をかけているはずだ。
会長の推薦枠は恵森さんだったに違いない。
あくまで憩衣はオマケで声をかけてくれただけに過ぎない……憩衣は特に親交派と表明したことがなく、有望な特待生がいる年に親交派が決まって目を付けるのは、有名な話だ。
一般推薦で支持するだけじゃなく、現役員推薦でも一票を投じるのがアピールになっている。
「――ふむ。理屈は通っているけど、それはおかしい話だね。僕は恵森ちゃんを役員推薦で選んでいたから、すると推薦は恵森ちゃんと堀原さんと半々で拮抗する。そこから堀原さんの推薦が取り消されたら、役員推薦で選ばれたのは恵森ちゃんだろう?」
悪いが、結果がどうあれ、この前提は間違いない。
俺は自分のペンを取りだし、メモ用紙に加筆する。
会長 : [恵森千沙] → [なし]
副会長 : 恵森千沙 → 恵森千沙
広報 : 安栖環那 → 安栖環那
書記 : 堀原憩衣 → 安栖環那
―――――――――――――――――
結果 ; 恵森千沙 → 安栖環那
<事実と矛盾する> ※[]は確定枠。
確かにおかしい。矛盾は御尤もだ。
だが、可能性は木崎先輩が告げる一つではない。
「だから、嘘なんだろ? 木崎先輩が推薦した人物が。あなたは安栖を現役員推薦で選んだ」
「そう断言する根拠は?」
木崎先輩が恵森さんを好きだということはわかっている。
だけど、その事実を絶対の前提として扱ってはいけない。
相手は緻密な謀略家であり、そもそもの話として、排斥派が推薦すべきは安栖か憩衣の二択なのだから。
「あんたの計画は――生徒会を排斥派で埋めることが目的だ。恵森千沙と安栖環那の二人が生徒会選挙で入らないと意味がない」
俺の言葉に、木崎先輩は動揺を見せない。
だが、俺はわかっている。
彼の計画は徹底的に整えられ過ぎていて、言い訳ができないのだから。
「僕の目論見がそうだとして、安栖くんの方を一般選挙で勝たせればいいだろう?」
理屈は通っている。そうすればどの道、目的の為に必要な二人が生徒会に揃う。
しかし――。
「無理だな。安栖環那では一般選挙で勝てない。理由は――言うまでもないでしょう?」
「……肯定しよう」
性格的な問題。安栖環那には排斥派の支持者がいると同時に、多くのアンチがいる。
あれだけ目立っているのだ、親交派はもちろん中立派の生徒で彼女を支持する生徒はいない。
それ故に木崎先輩が安栖環那を支持するしかなかったことを前提とすると――。
会長 : [恵森千沙] → [なし]
副会長 : [安栖環那] → [安栖環那]
広報 : 安栖環那 → 安栖環那
書記 : 堀原憩衣 → 安栖環那
―――――――――――――――――
結果 ; 安栖環那 → 安栖環那
<事実と矛盾する> ※[]は確定枠。
まだ矛盾はしてしまうが、会長と副会長の推薦はこれで確定しているはずだ。
「――では、僕が安栖くんを推薦していたとして、だ。堀原さんが推薦を取り消されただけで、安栖くんが推薦に選ばれる理由は?」
――そうだ。木崎先輩だけの一票じゃ、足りない。
「推薦する生徒を変えた書記と広報のどちらかが安栖くんを選ぶなんて、僕にはわからないよ」
だけど、そう難しい問題じゃない。
「あんたが広報の先輩を唆した。彼はあんたに副会長の地位まで渡したんだ。生徒会を排斥派で埋める計画があるとでも言えば、乗るに決まっている」
木崎先輩が広報の先輩を唆したと軽く言ってみたが、恐らくその説得には、かなり難航したはずだ。
大体、俺が憩衣の推薦取り消しの原因を会長の失踪にあると考えた主な根拠は、前世で憩衣が生徒会役員になっていたことに起因する。
広報の先輩は、憩衣を硬く支持していて、だから前世では木崎先輩の説得に応じなかったのだろう。
――しかし彼も排斥派だ。
特待生の彼氏、俺という存在が認められなかったのかもしれない。
そう……根本的な鞍替えの理由は、結局俺の所為なのだろう。
同じネタで書記を説得し、過半数を満たしたのかもしれないが、木崎先輩の反応を見るに、少なくとも広報の先輩は考えを変えることに成功したのだろう。
感情の機微を見るのは難しくても、反論してこないのが何より証拠だ。
故に、正しい現役員推薦の内訳は結果が矛盾しないよう整理すると、こうなるはずだ。
会長 : [恵森千沙] → [なし]
副会長 : [安栖環那] → [安栖環那]
広報 : [堀原憩衣] → 安栖環那
書記 : [堀原憩衣] → 堀原憩衣
―――――――――――――――――
結果 : 堀原憩衣 → 安栖環那
<事実と矛盾しない> ※[]は確定枠。
広報か書記の先輩のどちらかは、安栖環那に鞍替えしている。
すべてが確定した訳ではないが、この時点で精査は終えていい。必要な情報は揃った。
しかし、ここまで真実に辿り着いても、木崎先輩の顔色はまだ余裕そうだ。
「へえ……それで? その仮説が正しいとして、僕が役員推薦の枠を堀原さんから安栖くんに変えたとしよう」
……認めた。頑なに否定しても俺が確信していると気付いたのだろう。
故に反論のアプローチを変えてくる。
「――であれば、会長の失踪は役員推薦について関係なかったはずだ。君がそう気にすることでもないだろう?」
「いいや、違うな」
――木崎先輩の言う事は正しい。
会長の失踪はほぼ現役員推薦に関わっていない。
そう……役員推薦には、関係ない話だ。
生徒会長を排除したことは最初から憩衣の推薦を取り消す為でも、安栖環那を勝たせる為でもない。
そこには別の思惑が存在する。
「生徒会長失踪は、役員推薦に利用された為じゃない。むしろ一般選挙――そして事後処理に利用する予定なんだろ?」
「…………」
否定はなしか。そこまで見抜かれているとは予想できていなかったのだろうか。
「あんたが恵森を生徒会へ入れる為の策略は、簡単だ。本当にシンプルに、ただ扇動しただけ。木崎先輩――あんたほどのカリスマと、緻密な計画があったから、排斥派を焚きつけられた」
俺もこの先輩には、すっかり信じてしまいそうになった。
友好的に話せて、共感性もあって、それでいて野心を隠すのが上手い。
見えない腹の内は真っ黒だったが、これがカリスマでなくて何だというのだ。
安栖なんかより、よっぽど恐ろしいと感じたよ。
「ふむ。しかし中立派も、同じく支持が恵森ちゃんに傾いていたみたいだよ? 僕も知らない恵森ちゃんを支持するに足りる何かがあるのかもしれないよ?」
「傾いていた……だろ? それは過去の話であって今は違う。そんな簡単に傾く中立派の支持は、上澄みのプロパガンダって捉えるのが自然だ」
中立派に限っては、あれは従来――リーダーシップを持つ生徒が票を半々に分けさせることもあれば、自由に投票させる場合もある。
だが――今回は後者だ。
特待生の彼氏を持つ立候補者という肩書きは連中を焚きつけるのに不十分だが、それが学園でも一番か二番に美人な女子と考えれば、扇動できる余地は幾らでもある。
特に――俺が誰であろうと女子の嫉妬を買わせれば、簡単に票を動かせる。
「決定的なあんたの狙いを指摘してやる! 後援者は会長と副会長――どちらの先輩がどちらの後輩の後援者に就くかは決まっていない」
後援者決めという名の事後処理に、彼の狙いがあった。
そう……彼の緻密な計画の根本は後援者という立場を利用することで完成する。
思想教育なんて言うくらいだ――恵森さんを排斥派に染めることが、計画の根幹なのだろう。
「――会長が失踪したことになれば、あんたは恵森さんの後援者になれる。会長が失踪しているんだから、選ぶ優先権は……あんたに回るんだろ?」
そして安栖環那……彼女が思想教育に打ち勝つことを期待している。
そうでなくても、失踪なんてした会長が後援者になれるとは限らない。もし担当から外されたとなれば、安栖先輩の後援者は三年生の先輩――すなわち、排斥派の広報が担当になるはずだ。
ラブレターは布石……恵森さんに他人を疑わせるようにするための。
少しずつ彼女を孤立させて、恵森さんにとって頼れる先輩であることをアピールする為だ。
木崎先輩は本当に言葉巧みで優しい先輩に見える。それが出来るだけの自信があっても、不思議じゃない。
「その通り……会長がいなければ、誰の後援者になるか選ぶ優先権は僕にある」
「なら――」
「落ち着きたまえよ」
認めたということでいいのか――そう言いかけて、木崎先輩に止められる。
「――君の推理は確かに筋が通っているけれど、大きな穴があるじゃないか」
「穴……?」
「会長が失踪したことに、僕は関与していない。君の仮説は、僕が会長の失踪を利用したように語っているが、そもそも関与していないんだから、君の言う僕の計画は前提から破綻するだろう?」
「でも、木崎先輩は会長のインスタの裏垢を知っていた」
それだけで何か関わりがあると考えるのは、当然だろう。
「僕の予想では、安栖くんが会長に何らかの脅迫をして、推薦枠を得たかった。故にだ、僕が最初に書いた現役員推薦の内訳とその遷移が正しいよ」
……そうくるだろうな、とは思っていた。
何故なら、ここが最も引っかかる場所だ。
安栖と木崎先輩のどちらかが、会長を失踪させたという考えが、大きな罠なのだ。
恐らく安栖視点でも、そのつもりだったのだろう。
「いいえ。違いますよね。安栖さんが会長に何かしたのは確かでしょう。しかし、その裏にはあんたがいたはずだ」
木を隠すなら森の中。
安栖を中心とする、憩衣の反発勢力の存在が、首謀者が木崎先輩であることを隠しきっていた。
普通にやっても木崎先輩が現役員推薦を操作しているのは明白となってしまう。
会長失踪の事実は生徒会役員しか知らないとはいえ、書記の先輩が噂を広める可能性は十分にあったし、そうでなくても親交派はトップの不在に憶測を立てるだろう。
すると、彼自身を危険と見なして警戒し、親交派や中立派の生徒達が纏まるかもしれない。
そこで真実を悟られてしまうと、都合が悪い。
だから、彼の計画を隠すように安栖という明確な策略家が表に立っていた。
皆、木崎先輩の手のひらの上で転がされていた。
「証拠はあるのかい?」
ようやくそこで、木崎先輩の顔が強張った。
――気付いたか。まさかそこまで発見されているとは思わなかったか。
「もちろん。あんたが教えてくれた阿武隈先輩のインスタ……バッチリ映っていたよ」
そう言ってスマホのスクリーンを見せつける。
会長の裏垢に写っている四国旅行ツアーの旅行券――そこには思いっきり木崎先輩の実家が運営する『KSKトラベル』の会社名が記載されていた。
言い訳できる範疇を、流石に超えている。
幾ら安栖が生徒会長に益を齎そうとしても、それだけなら徒労に終わった筈だ。
恵森さんから教えてもらった。あの先輩は優秀過ぎるあまり、些細な利益で動かない。自分から手に入れるタイプらしい。
しかし、生徒会長らしく情に厚い人でもある。それは恵森さんに世話を焼いていることからも察せられることだ。
例え派閥が違っても、副会長ではなく友人としての薦めとあれば乗っただろう。
つまり――木崎先輩が阿武隈先輩を説得したのだろう。
その上で、安栖環那を焚きつけた。
――阿武隈先輩が旅行に興味を持っているらしい。出資して選挙期間に彼女がいなければ、現役員推薦は君が通るだろう。
真相はわからないが、言葉巧みに失踪が彼女の手柄になるよう誘導したのだろう。
ただでさえ嫌われているし、やってもおかしくない。
目立ちたがり屋の安栖環那は、彼にとっても都合の良いスケープゴートだった訳だ。
「恵森さんを囲うあんたの動機は、彼女に懸想しているからだけで十分だ。加えて排斥派にとっては、他の派閥が支持しているから、彼女なら計画の一助として最も扱いやすいとでも刷り込んだんだろ。……反論はあるか?」
「いいや、お見事だよ」
即答だった。
同時に、くたびれたようにソファーに深く腰掛けると、頭を上に向けて、目を瞑った。
「会長も困っちゃうなぁ。僕の計画知ってる癖に、こんなものSNSにあげるし……挙句、僕に失踪を訊いてくる生徒がいたら裏垢を教えるように言うんだから」
なるほど。情けとして、会長の手助けは知らぬ間にあった訳か。
まさかドンピシャで真相を暴いてくる生徒がいるとは、木崎先輩にも予想が付かなかったのだろう。
だが――何故だろうか。
平然とした顔を保って……微笑んでいた。
まだ終わっていない――――そう告げるように。
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