第51話 謀略家1
「そうかい……君も、彼の味方か。流石に堀原さんだけは、意外だけどもね」
ここでの堀原さんとは、憩衣以外にいない。
珠姫の方はというと、俺が撮影を禁止した後、興味を失った顔で去ってしまった。
代わりに合流したのは、恵森さんと憩衣だった。
――ラブレターについて、訊きたいことがある。
そうはいっても、外里だけに任せておくには権力とやらでどうにかされてしまいそうだし、当事者である恵森さんに至っては、一対一の対面は怖かろう。
そんな理由を付けて、数の力で牽制しようということである。
この時期の生徒会室に会長と副会長以外が来ることはないらしいので、話が出来る場として使わせてもらっている。
「本当……だったんですか? 木崎先輩」
恐る恐る、恵森さんが問いかけた。
憩衣から聞いただけでは、まだ半信半疑なのかもしれない。
それもそうか……というか、恵森さんのようなギャルが普通に敬語で話していることにギャップを感じる。
「そうだね……僕は恵森さんのことが好きだ。手紙で伝えた以上には、ね」
目を合わせることまではしないが、淡々と木崎先輩は答える。
好きな人の前で、よく淡々と言えるものだ。
しかし……ラブレターの内容は付き合ってほしい、などというような答えを求める内容ではない。
今、ここで木崎先輩が宣言しているように、気持ちを伝えているだけに留まっている。
「確かに先輩とは懇意にさせていただいて、感謝していましたけど、そんな素振りは――」
「ごめんね。素振りがないのは、僕が不器用なせいだ。いつも理詰めだし、恋愛は……初恋でね」
少し照れ臭そうに言う木崎先輩。
彼は彼で、よくここまで素直な気持ちを言葉にできるものだと思う。
そこにある感情は、どうみても諦めではなく、まるで友達に話すようだった。
「私のどこを……好きになってくれたんですか?」
「自分らしい自由な外見を突き詰めた君のような女の子が元々好みでね。その為に、校則を変えたほどさ」
そうだ……木崎先輩が元々あった服装に関する校則を緩和させたのだと、聞いている。
今の木崎先輩のように、紙にパーマをかけてサングラスをしたいから……それが彼のアイデンティティだから、それ故に校則を変えたのだと思っていた。
まさか、自分の好みのタイプだから……なんて理由だったとは、露にも思わなかった。
「僕は派閥なんて最初からどうでもよくて、彼女のような相手に出会う為、生徒会に入ったんだよ」
「……意外ですね」
「幻滅したかい? いやもう既に幻滅はされているか。そういうことさ……好きに笑ってくれ!」
キャラ変したのかと思えるくらい、木崎先輩は盛大に笑い出す。
吹っ切れて、頭がおかしくなっているのだろうか。
流石の恵森さんも今の彼に話しかけようとはせず、代わりに俺が気になることを尋ねる。
「手紙に差出人の名前がなかったのは、一体どんな意図が?」
「最初は書くつもりだったんだよ。だけど……やっぱり怖いじゃないか。手が止まったんだ」
「それは――」
「情けないだろう? 勇気はでない癖、好きだって気持ちばかり溢れて、想いを綴ることはやめられなかった」
それが、二度目以降もラブレターを出した理由なのだろうか。
初恋……と言っていたしな。
何となく、理解できる気がした。
でもそうか……ラブレターに嫌がらせの意図はなくて、少し早とちりしてしまったらしい。
しかし珠姫に任せなくて良かった。
脅したって、こんな堂々と気持ちを伝えられる人には無駄だろうしな。
「……あの。木崎先輩、僕も質問していいですか?」
「もちろんだよ、外里くん。君のお陰で、こうして面と向かって伝えることができた訳だしね」
悪意のない返答。
やはりこの先輩は……本質的に良い人なのだろう。この件については、ちょっとしたすれ違いがあっただけだ。
ただ、気になるところは残っている。
「排斥派の生徒達が千沙さんを支持している件についてです。先輩の好意が関係あるのかだけ、教えてください」
「……驚いた。君は交渉上手なんだね。詳しくなんて言えないし、訊かれていたら流石に拒否していたよ。質問に答えると、恵森ちゃんを支持する理由は大きく三つある」
どうやら外里のことがお眼鏡に叶ったらしい。
木崎先輩は反省していた数分前を忘れたのかと思えるくらい、ご機嫌な顔を浮かべる。
「一つは――もし僕が彼女と付き合ったとしても、みんな……僕と仲良くしている友達が納得できるようにしようとしたかった。生徒会役員って肩書きは打ってつけなのさ」
たとえ親交派であっても、生徒会役員という箔にはそれだけの価値がある。
その証拠に、前世で会長と副会長が付き合ったというインパクトのあった話からも、対立派閥なのに認められていた。
「二つ目は、単純に恵森ちゃんなら勝てると思った。支持を傾けることは、OBやOGが結構気にしていてね。今の社会に必要な人材は、人の資質を見抜ける人らしい」
卒業後の評価に関わるということか。
元々、特待生って部分を抜きにすれば、本当に期待できる候補だったという話。
まあ特待生という部分が、大分大きい要素らしいけど。
「三つ目。正直に言うとね、羨ましかったんだよ……そこにいる堀原さんがね」
そう言いながら、憩衣の方へ顔を向ける木崎先輩。
言われてなんだが、彼の立場を考えると気持ちはわかる気がした。
「特待生の彼氏がいても許されるのは、君に派閥の立場などがないからだ」
「でしたら排斥派なんて、やめてしまえばいいじゃないですか」
「……ははっ、面白いことを言うなぁ。そんなこと言われたのは初めてだ。でも多くの生徒が派閥に入るのは二年になってからだし、君にはわからない」
是非もないことだ……と、若干の皮肉交じりに言う。
木崎先輩がそこまで言うとなると、余程思想教育とやらが厳しいのだろうか。
と思ったら――。
「派閥を抜けるのは、大したことじゃないんだ。問題は、後で元仲間から白い目で見られるのはいいけど、対立派閥はそういう生徒をどう見ると思う?」
「歓迎は……したくないと思いますし、村八分みたいな?」
「微妙に合っているけど、そんな野蛮なことする生徒がこの学園にいる訳ないだろう」
いや、いるとは思う。
安栖とか、安栖とか……安栖環那って女とか。
「徹底的に無視だ。理由はスパイを疑われるからだね。ああ、派閥って友達とかとは違うから、元々他の派閥の友達なんかは残るかもしれない。けど、新しく交友関係は作れないだろうね」
自嘲気味に言う木崎先輩。
無視されるくらいなら……とは思うけど、話し方的に、考えたくもないと言った表情。
過去にそういった前例があったのかもしれない。
そう思っていると――。
「堀原さん、何の反応もないってことは知らないか。君の母親が、今説明したタブーの当事者だよ」
「えっ……」
予想外の方向から、知らない事実が飛び込んできた。
憩衣の母親も、この学園の出身だったのか。
前世でも、憩衣の母親のことは、何一つ知らなかった。
「堀原夫婦のロマンチックなノンフィクションストーリーは一部で有名なんだ。派閥を寝返った堀原さんの母君は、非難され、孤立し……なのに一人だけ信じてくれる人がいたってね」
「それが、私の父だったと……」
「そ、それが無視するというタブーにどう繋がるんですか? 関連性がないでしょう」
つい口を挟んでしまった。
「タブーが生まれたのは、その後の話。堀原さんの父君は、彼女を非難した仲間達に大層お怒りで、派閥が崩壊してしまった。スパイを疑うっていうより、絆されて、内乱の火種になるからなのさ」
この学園において、派閥は重要そうに思えるが、そもそも派閥の話が出てくることなんて、選挙の時くらいだ。
たったそれだけの為に、学園生活に支障をきたすのは、誰だって嫌に決まっている。
しかし思想教育もあるのに、寝返るなんてあり得たのか……。
「話が逸れたね。元々、僕が恵森ちゃんを困らせたことで謝罪するついでの疑問に答えたかっただけなのに」
「いえ……私にとっては、良かったです」
憩衣は母親と面識が無かったんだったか。
恐らく、父親の方も内容が内容だけに、自分の失敗みたいなものだし、娘には話さないか……。
「恵森ちゃん、この件に関しては、本当にごめん。告白は――いずれ」
「そうですか? 今しても良かったんですけど?」
「自信ないから、しないよ」
したり顔で笑う恵森さんと、真面目な表情を崩さない木崎先輩。
「ふうん。そっ……ですか。まぁ私はもう木崎先輩のこと許したので、大丈夫ですよぉ」
ノリが軽い。しかし、木崎先輩は重く捉えているのか、安堵の息を吐く。
そんな雰囲気の中で、外里が咳き込む。
「千沙さんの気持ちの問題なので、これで一件落着でいいです。ですが木崎先輩、一言言わせてください」
「何かな? 外里くん」
「家や他人の視線を気にして恋愛できないなら、その程度の気持ちですよ」
おいおい。
その宣言は、自分も恵森さんに惹かれていますよ、というものだろう。
いつの間にか……いや、元々予兆はあったけど、好きになるの早くない? そんなチョロい男だったのか、外里。
「参ったね。僕も――負ける気はないから。男は年上の方が、頼りがいってものがあるらしいからね」
木崎先輩は、張り合うように言い返す。
思っていたより何事もなく、無事に話し合いは済んだようだ。
選挙についても関係なかったようだし、俺や憩衣としてはあまり収穫もなかったのだが。
俺達は生徒会を去ろうとして――最後の外里の足が止まる。
次には振り返って、木崎先輩の方へ顔を向けていた。
「あの、不躾かもしれないんですけど、やっぱりもう一つ」
外里が食い気味に、言った。
「近日中……早ければ今日にでも、個人的な話をさせてもらっても構いませんか?」
「いつでもいいよ」
突然、外里の様子が変になった。
よくよく目を細めると、彼は冷汗をかいていた。
――どうしたのだろうか。
まあ関係ないか、と思っていたら――生徒会室を出た後すぐに、俺にだけ聞こえるように耳打ちされる。
「緋雨くんと……必要なら堀原さんと一緒に話したいことがある。千沙さんには知られないように」
何のことがわからない。
ただ――さきほど弁を立てながら恋のライバルみたいな宣言をしていた彼の面影が、ない。
チラッと見えた外里は、眉間にしわを寄せて考え込んでいる様子だった。
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