第50話 阿武隈永遠 / Side Towa
ズズッと音を立て、麺を吸い込む。
つるっとしたのど越しは何度食べても美味しくて、私は讃岐うどんにすっかりハマってしまった。
きっと誰かに見られては幻滅されてしまう顔をしていることだろう。
しかし阿武隈家という伝統を重んじる家系に生まれてからか、ご当地グルメには滅法弱いのである。
歴史は長い程良いという訳ではないが、ある程度年月を重ねたものに対して、私は掛け値なしに評価を加える。
家にある三十年物のワインも早く嗜んでみたいものだと思う。
「失礼、隣に座っても?」
「ああ、構わな……おい、何故貴方がここにいる?」
話しかけてきた四十代くらいの男性は、なんと私の知り合いだった。
「偶然さ。そう警戒しないでほしい。むしろ、俺の方が不思議なんだよ? 君、陽創学園の生徒会長じゃなかったっけ?」
「そんな肩書きに意味はない……長谷見さんも、知っているだろう」
「確かに」
半笑いする男。
彼も在学していた時は、副会長という座にいたらしい。
しかも、当時の生徒会長は堀原家の次期当主である
この男から吸収した能力というものは多い……何しろ、学園に入る前から私に親交派の思想教育を一人で熟した男だ。
「生徒会……そんなつまらなかったかなぁ。俺の時は、楽しかったよ? 俺の方が優秀だったのに、ちょっと家柄が良いからって会長になった閉示くんと何度も張り合ったものさ」
年甲斐もなくおちゃらけて見せるが、この男が優秀なことは身をもって知っている。
実際、この国の政治はこの男にかき回されてしまった。
そもそも陽創学園を疑似的な社会の縮図なんてものに仕立て上げた怪物だ。
あの学園の三大派閥すら、この男が残した負の遺産。
良くも悪くも政界のフィクサー。
そして――裏の顔はパブリックエネミーだ。
「長谷見さん、私と会う度にその話をするのは、そろそろ卒業してはいかがなものか。程度が知れる」
「言うじゃないか。様になったね、君も」
「……名家、長谷見家を没落させた張本人でなければ、私も素直に賛辞を受け取ったのだがね」
「そう言うなって。俺はつまらなそうに生きていた君に学園を教えてあげた良い人なのに」
その節は感謝している。
散々、私の才能を見込んでの援助もしてもらっている以上、悪人だからと突き放すつもりもない。
「で、君のお眼鏡に叶った子の教育は放棄かい? あの……木崎くんだったかな」
「ご心配なく。滞りない」
学園の生徒達は誰も知らない真実。
木崎耕助――彼は派閥なんて関係なく、私の弟子だ。
彼の才能を見込んで、私が延ばす……そして彼の望みを叶える代わりに、最後には派閥を寝返ってもらう。
そういう契約を、結んでもらっている。
それに私自身――彼は良い男だと見込んでいる。
「……まさか。堀原の令嬢でもなく中小企業の御曹司程度相手に心配なんてしてないさ」
「そういう長谷見さんは、堀原閉示を教育して見せたと? ああ、でも悪巧みの知恵を他人に授けているのは、今も変わらずと見える」
ちょっとだけイラっとした。
私の弟子は、長谷見さんが思っているよりも優秀なのだ。異論は許さない。
故に盛大に煽ってみせた。いつもなら、冷笑しながら自慢話に突入するところ。
けれど、長谷見さんは予想に反して苦笑いを浮かべた。
「ノンノン。俺だって悪巧みばかりしている訳じゃない。君には隠していたが……俺も父親なのだよ。子供が二人もいる」
少し気になるワードが出てきた。
この男がプライベートな話をするなんて、私にとっても初めての出来事だったからだ。
「胡散臭いな……因みに、子供は姉妹かな?」
「いや、兄妹だね」
「それは気難しくなりそうだ」
「おやぁ? そういえば、君も兄がいるんだったね」
惚けたようにして出された言葉に、私は押し黙る。
兄に対して特別な感情を抱いたことはない。
だが――。
「妹というのは、思春期にはつくづく兄を嫌うものの、嫌いになれないところがあってだね。だからこそ時には……依存したくなってしまうものらしい」
「……微笑ましいね」
とはいえ、私の兄には才覚がなかった。故に今の私とは距離を置かれてしまっている。
兄というのは決まって見栄っ張りで……自分の弱さを妹に見られたくないらしい。
「そういえば来年、俺の娘の方が陽創学園に入る。是非とも平和な学園作りをしてもらいたい」
「正直、私はもう学園作りにはもう無頓着なのだが……?」
「んんっ? 生徒会運営に、という意味で? ……君が?」
わかっている癖に、なんとも浅ましい演技だ。
私はもう生徒会からも抜ける……というか、選挙時に不在なんて前代未聞の出来事。最初から、私が何かしらの罰を学園から受けるのは既に決まっている。
後援人としての活動も、何処までやらせてくれるかわからない。
つまり、後は弟子に丸投げしているのだ。
「フフ、ならば木崎くんに期待してあげよう」
上から目線な奴め。
「悪いようにはならない。どうせ娘さん……『長谷見』の名前は使わないのだろう?」
「その通りだが……それが?」
「なのにあの学園に入れるということは、配偶者も上流階級……どこの家名だ?」
「言えないな。ただ間違いなく君も知っている名家だよ」
「そうか……特待生でなければ良い学園生活は保障しよう」
私はあの学園で親交派のトップ……当然、庶民を受け入れる為の特待生に良い環境を作る義務があった。
しかし残念ながら、私には向いていなかったらしい。
今のは不甲斐ない部分だが、この男の娘に罪はないので、正直に答えた形になる。
「むっ? それは今の陽創学園は排斥派が優勢と言っているようなものだね」
「ふふっ、私が育てた男は……思っていたよりも大物に化けたのさ」
当然、「はい、そうです」だなんて言えない。
私が失敗しているのは、歴然としているのだから、堂々とさせていただく。
「はぁまったく……久しぶりに会ってみたが、君は見ていて飽きない」
「そうかな? だが、私のこんなところを良いと言ってくれた男もいたのさ」
「物好きだねぇ。理詰めな君は、どう落とす?」
「――彼に失恋を味合わせてから、だろうな」
「そりゃ……エグイね」
私は木崎耕助が好きだ。
しかし、悲しい事に彼が想う相手は私ではなかった。
気付いた時には、私らしくもなくショックだったものだ。
彼女――恵森千沙を見る彼の顔を見ていられなかった。トラウマになりそうだった。
それが……実はこんな旅行に耽っている理由の一つだったりする。
「しかしこのうどん、絶品だね。出汁がホント絶妙だ」
流石、人を見る目だけはある男だと、私は呆れた。
私にとっては木崎耕助こそが絶品。真に傑物となった彼を私が飲み干そう。
そうして彼が、憩衣くんを完膚なきまでに打ち破った時、珠姫くんも私という存在をきっと無視できなくなるだろう。
そこからが、本番。
今は分水嶺なのだ。この機を逃してしまえば、彼女の残りの学園生活は本当にただの青春を送るだけにしてしまう。
一つ懸念があるとすれば……緋雨累という男。
派閥の身空で特待生は全員調べ上げているが……彼を最初知った時、末期患者だと思った。
二次元にしか興味がない……そんな執着は病気のそれでしかなかった。
絶対に治らない――たとえ彼が未来から回帰したとしても。そう……推察していた。だから興味を失っていた。
それが今の彼は、化けの皮を被っている異常者としか、思えないのだ。
故に――ゾクゾクとしてくる。
異常者は時に、天才を超克しうるジョーカーとなるのだから。
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