第49話 差出人の正体2
「なら、もう抵抗はないよね。丁度いい弱点が見つかったんだし、木崎先輩を脅っ……お願いすれば排斥派も寝返らせるんじゃないかな」
軽い口調で珠姫は言うが、内容は少し物騒だ。
珠姫ならばそれも上手くやるのだろうけど、俺は気乗りしない。
それは恵森さんの為や憩衣の為という訳でもなく、その程度で揺るがせる程の相手なのかということ。
正直、まだ肌寒さが拭えない。
恵森千沙を支持する本当の理由は何だ?
支持が派閥全体の評価に繋がるならば、憩衣相手でも十分に勝機はあるはずなのに。
徹底的に隠された何らかの計画について……俺達は何一つ見抜けていない。
「私は反対です。名前も書かずに出しているからといって、その動機が隠蔽とは限りませんよね?」
「憩衣の言う通りだ。そもそも木崎先輩が懸想してるからって、他の排斥派が協力的なのは妙だろ」
何か裏があるかもしれない。
そう珠姫に訴えてみたけど、彼女の顔色は変わらない。
「……実はね、もう排斥派の半分は掌握してるんだ。木崎先輩に対する疑念を向けてね」
排斥派の全員が、すべての計画を知っている訳ではない。
その点を利用して、言葉巧みに考えを誘導したのだろう。
それでも珠姫が掌握しきれていない理由は、想像に難くない。
珠姫が疑念を向けたのは排斥派の下っ端。すなわち、上層は木崎先輩が仕切っているという事実を孕んでいる。
「手段が他にない。それはわかっているけど、珠姫の言葉を信じるなら、現状は五分五分なんだろ? 無理に藪をつつく必要はないはずだ」
「そうかもね。うん、そうだった……ね。あたしが出したスパイも、そういう見解だった」
「スパイ……?」
「言ったことなかったけど、マキさん……駒月優奈さんは、あたしの協力者だよ」
珠姫の言葉に、何故か憩衣が目を見開く。
駒月さんといえば、安栖の取り巻きの一人。クラス内ではマスコット的キャラクターとしてよく女子達に弄られているイメージがある。
「あたしだって、排斥派の動きには警戒しているんだよ? 累くんを退学なんかにさせたくはないからね」
「そう……だったのか。流石だな、珠姫は」
俺にはそんなこと出来ない。
財閥の令嬢と特待生っていう前提条件の違いはあれど、その差が無くなったとして、交渉力が違う。
珠姫に任せておけば全て上手くいく……そう思わせられるだけの能力が、彼女にはある。
だけど――。
「きっちり準備して憩衣を勝たせたい気持ちは、よくわかった」
「でも、納得できない?」
「いいや、納得はできる。だけど、せめてここからは俺と憩衣に任せてくれないか? 珠姫に任せっきりで生徒会役員になったところで、自信が付かないだろ?」
憩衣の能力を疑っている訳ではない。
だが、それ以上に狡猾な生徒が多いという事実は身をもって知ったばかりだ。
なんでもかんでも珠姫に頼るというのは、憩衣の依存を加速させる一方だ。
そのことは、珠姫も理解しているのだろう。故に、俺の言葉には「まあねぇ」と言って頷くだけだった。
「いいよな? 憩衣も」
「は、はい。累がそんなこと言うとは思わなかったので、ちょっと驚きではありますけど」
意外そうな顔で俺を見てくる。
少しくらいは戸惑いがあると予想していたが、そうでもないらしい。
愛しの姉に頼れる機会を睨まれないだけ、良かったとは思うが。
「策も要らない?」
「ああ。一先ず、木崎先輩を現行犯で捕まえたいと思っている」
俺だって、先輩には弄ばれたも同然だ。
問いただしたい事の一つや二つある。
俺は早速、外里に連絡を送る。
俺と憩衣でやるとは宣言してみせたが、もう一人――欠かせない人物がいるだろう。
予想通り、彼も興味のあるというような反応をすぐに返してくれた。
外里なら、ラブレターが下駄箱に入った時間の目途くらいもうわかっている筈だ。
何より、糾弾するのは彼の役目であるべきだと思う。
***
当然、差出人の正体が判明した以上、恵森さんには伝えなければならない。
だからといって、木崎先輩の動きを無視する訳にもいかないので、そこは分担することになった。
恵森さんに真実を伝える役目は憩衣に任せ、下駄箱を観察するのは俺と外里、加えて――。
「珠姫……なんで付いてきたんだよ」
「いーじゃん。あたし、最近除け者だよ!? 幾ら憩衣ちゃんの恋を終わらせたいあたしでも、寂しいんだよ!」
憩衣が生徒会役員になんてなったら、もっと寂しい想いをする羽目になると思うのだが――そこは将来を見越して、なのだろうか。
「それに憩衣ちゃんに聞いたら、累くんの家にまで行ったんだってねー?」
「つえうな」
頬をつねられ、上手く発音できない。
真面目に下駄箱の方を注視している外里は振り返らないが、絶対邪魔になっているだろう。
「っ、来た! どうする?」
今にも木崎先輩の元へ行こうとして、俺に判断を求める外里。
まだ彼は昇降口に現れただけに過ぎない。俺達に気付く様子はないが、キョロキョロと周囲に注意を払っている様子は遠くから見ても明らか。どう見たって怪しい。
その瞬間の出来事だった。
「……おい。珠姫、何をしてるんだよ」
「何って、証拠の為に動画撮影してるんだよ」
「必要ないだろ。筆跡の一致で証拠は充分だ」
最悪認めないなら、専門家に回して正式に筆跡鑑定をしてもらえば済む話。
しかし珠姫は眉を潜める。納得がいかないという顔だ。しかし一刻も急ぐためか、それを言葉にはしない。
でも俺は、言葉にしてもらわないとわからない。
「そこまでして生徒会の権力を憩衣に与えなくたっていいだろ」
「権力……? そんなちっぽけなものの為にあたしは憩衣ちゃんを応援してない!」
益々理解できない。
じゃあ……何のために憩衣を生徒会へ入れたいんだよ。
悪いけど、証拠なんて珠姫には持たせない。
憩衣が生徒会に興味がない以上、珠姫に木崎先輩をどうこうする為の武器を与える訳にはいかないのだ。
「ごめん、僕は出るから」
静かに熱くなった俺と珠姫の会話の中、外里が俺達を冷たい視線で見る。
外里だけは冷静だ。
俺達がどういう気持ちを抱えて、憩衣の為にどうしたいのか――それは外里の知るところではない。
されど――知ってどうこうする話でもない。
彼にとっては恵森さんを助けたいが為の行動であり、俺達の都合なんて関係ない。
でも、それで良かった。そうであるべきだ。
外里海利――きっと彼のような男が、物語の主人公になる器ってものを持っているのだろう。
以後、振り返りはしなかった。
躊躇いもなく、緊張もなく、怯えもなく、彼は勇敢に木崎先輩がラブレターを下駄箱へ入れる瞬間に立ち会う。
俺が珠姫に目を向けると、彼女は溜息を吐いて、スマホをスカートのポケットに仕舞った。
「木崎先輩、初めまして――僕は一年の外里海利です。そのラブレターについて、お話する機会を頂いてもいいですか?」
外里のことは、俺から見て背中しか見えていない。
しかしあそこまで饒舌に話す外里の姿は、前に見た時と同じ。
俺は憶えている――覚悟を決めた時の外里は、猛禽類のような目で、鋭く相手を貫くのだ。
誰であろうと、決して逃がさないように。
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