第48話 差出人の正体1

 ――学園某所。

 俺と憩衣を呼び出したのは、外里だった。

 十中八九ラブレターの件について話したいのだろうけど、恵森さんを呼ばないのには理由があるのだろうか。


「結論から言うと、恵森さんにラブレターの二枚目が届いて、ね」

「……マジか」


 外里が預かっていたというラブレターを拝見すると、やはり差出人の記載はない。

 書き忘れということも、最早ないだろう。

 目的がわからない……想いを伝えたいにしても、自己満足だとは思えない頻度。


「正直、ストーカーかも……だから、千沙さんを出来るだけ怖がらせたくなくて――」

「早急に差出人を見つけたいってことか」

「うん」


 きっと恵森さんも理解しているだろうけど、その事実を態々突き付ける必要もないだろう。

 それにしても、名前呼びからわかる通り、二人の仲は進展しているようだ。


「筆跡のことは……どうだった?」

「同学年の3クラスほどまでは勘定を終えていますが、見つかっていません」

「あと3クラス……きっと見つかるはずだ」


 外里には、筆跡で探せるかもしれないということを教えていた。

 先輩や教師にまで範囲が広がると、流石にこの方法も難しくなってくるので、同学年にいると期待している。

 現時点で悪いことばかりじゃない。

 少なくとも、恵森さんの自作自演という線が消えたことは大きな収穫だ。

 一先ず、憩衣は今日の放課後にも急いで勘定するつもりらしい。


「外里は見つけて、どうすんだ? 差出人をどうしたい?」

「それは……僕というより千沙さんがどうしたいかって訊かないと……」

「それなら、ここに恵森さんを連れてきたんじゃないのか?」


 外里は出来るだけ早く恵森さんからこの件を忘れさせたいんじゃないのか?

 だったら、その相手をどうするのかは外里が決めるべきだ。

 お節介かもしれないけど、外里が恵森さんに惹かれているのは、もう前世の記憶がなくてもわかる。


「……取り敢えず、話を聞きたいんだ。差出人を書かないで、何をしたいのか……僕なんかが他人に説教できる立場じゃないのはわかってるけど、僕が気になってるから」

「そうだな。好きな子の悩みを解決したいなら、それしかないよな」

「えっ」


 格好いい台詞を言うから、つい言ってしまった。


「気付かれていたんだ。流石、緋雨くんはすごいなぁ」


 どの口が言うんだ。

 外里の方がよっぽどすごい……俺はやり直せているから、首の皮一枚自分を保てているだけだ。

 前世だったら、そもそも他人に相談することすらできていない。


「このことは――」

「秘密だろ? わかってる」


 意中の相手を指摘され、顔を朱くしている外里。

 青春している友達の姿が、微笑ましく見えてくる。

 俺には――きっと理解できない感情だ。




 ***




「で、あたしに内緒で探偵ごっこ?」


 集中して日誌から筆跡鑑定していれば、流石に珠姫にまでバレてしまう。

 隠していた訳ではなかったが、ちゃちゃっと解決できるなら、それに越したことはないと考えていた。

 それも見つかってしまった以上、内情をすべて話したのだ。


「ヤダにゃ~、恵森さんにそんな弱みがあるなら、利用した方がいいのにぃ」

「だから珠姫には言わなかったんだよ。選挙のことは抜きに解決してあげたいんだ」


 憩衣は何も言わない。

 だけど、これまで珠姫に相談しなかったことを考えるに、彼女の意思もわかっているはずだ。


「……中立派は、憩衣ちゃんを支持しているよ」

「どういうことだ?」

「説得した」


 それが意味することは、中立派の支持を覆したということ。

 平然と言ってのけるが、その裏にどんな手段を使ったのかを話すつもりはないようだ。

 思っていたよりも、珠姫は本気でサポートするつもりなのだろう。最近忙しそうに見えたが、色々と裏で動いていたことは理解できた。


「立候補……どうするの?」

「私は――」

「まだ三日ある。急がなくていい」


 珠姫が憩衣の為を考えているのは伝わってくるけど、もう少し待ってほしい。

 真剣な顔を向けると、珠姫は溜息と吐く。


「そうだね。憩衣ちゃんがこんなに悩むことも珍しいし、急かしちゃってごめんだよ」

「優柔不断なのはわかっています。でも、ラブレター件で恵森さんのことを知って、彼女が相応しいならそれでいいと思っているんです」


 ここまで悩んでいる理由。

 そこに恵森さんの存在そのものが絡んでくるとは思っていなかった。

 憩衣に立候補する目的があるとすれば、恐らく特待生の待遇を改善させること。

 それは恵森さんでも出来るのはないか、そう考えているのだろう。


「……多分、ラブレターの差出人は、恵森ちゃんとそれなりに仲の良い先輩だよ」

「えっ?」

「手紙の内容から考えて、何も思わなかった? 具体的な言葉はないけど親しみがある上に、とても同級生が差出人とは思えない」


 話の内容……そこまで気が回らなかった。

 強いていえば、同じクラスなら態々下駄箱ではなく机の中や鞄に忍ばせたはずだから違う……くらいだろうか。


「同学年で勘定を終えていないのは、あと一クラスのみですが――」

「多分、無駄骨じゃないかな~。それより、恵森ちゃんと仲の良い先輩に宛はある?」

「…………」


 まず頭に浮かんだのは、阿武隈生徒会長。

 彼女が女性という点を除いても、今は学園に来ていない。

 なら、その次に仲の良さそうな先輩と言えば?

 ――一人だけ考え得る人物がいた。


「あたしの憶測では、排斥派が恵森ちゃんを支持しているっていう部分に、違和感があるんだけど……そこなんじゃない?」


 いやいや、そんな訳……ないじゃないか。

 あの人は、本気で学園を良くしようと考えているって、言っていたんだ。

 だから、恵森さんを支持していたって何もおかしくないだろ。


「累、確か手書きのメモ……受け取っていましたよね?」

「ああ……」


 憩衣に言われた通り、鞄から丁寧に楷書で書かれたメモを取り出し渡す。

 筆跡を見る為だろう。

 ラブレターだけあって、手紙の字もまた、とても綺麗だったことを思い出す。


 ――恵森千沙さんを支持している理由を、訊いてもいいですか?

 ――知らない。


 わかっている。

 何か裏があることくらい、気付いている。

 たった一回話しただけの相手。

 それでも――信じてみたかった。


「――筆跡、一致しました」


 そんな憩衣の声が耳に入った時、どうしようもなく耐え難い……悲しさを覚えた。


「決まりだね。差出人は――木崎先輩だ」


 あっさりと、判明してしまった。

 ここまで時間をかけて、見つけられなかった犯人は、珠姫が少し推理しただけで判明してしまった。

 いや、推理ですらないか……論理的に導かれることじゃなかった。誰でもわかる……内容から紐解いた推察。俺がきちんとあの先輩を疑っていれば、もっと早くにわかったかもしれない事実。

 今に感じる悔しさを上乗せして、やはりその事実を受け入れ難かった。


「っ、どうして……ですか。木崎先輩」

「累くん、騙されちゃったかにゃ?」

「…………」

「あの先輩、かなり手強いよ……だってあのすずみんを抑えつけて排斥派のトップだよ? 先輩だからとか関係なしに、相応しいからトップなんだよ」


 身震いがする。

 俺が何より恐怖しているのは、あの男がこうやって恵森さん宛のラブレターを確認する可能性を見越していて手書きのメモを俺に渡したのではないか……ということ。

 最初から、憩衣にはメモなんて必要のないことを知っているから。加えて、憩衣が関われば筆跡でバレてしまうことまで想定している。


 やけにあの木崎先輩は察しが良かった。

 それも珠姫とは違い、その場の流れや表情……他人のことをよく見て相手の思考を推測している。

 あれだけ頭の良い先輩だからこそ、その低い可能性が現実味を帯びている。

 裏切られたような気分だった。

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