第47話 雨の日、兄妹のように2

「ええっ!? ええぇぇぇ!?」


 家に帰ってすぐ、母さんは俺と憩衣の顔を交互に見てきた。

 オーバーリアクションする母さんに驚いたのか、憩衣の少し震えた手が俺の手に触れた。


「もしかして前に、勉強会で一緒していた友達って、この子!?」

「そうだけど……外里って可能性も充分にあっただろ」

「だって、外里くんなら名前を伏せたりしないじゃない! そゆとこ、お母さん実は気になってましたん」


 嘘だろ……母さんがそんなに察しがいいなんて。

 まあ母さんと話すようになってから、個人名を出したのは外里くらいだし、あまりにも俺の交友関係が狭すぎてわかってしまったのか。


「あの……累とお付き合いさせていただいています。鈴杵憩衣と申します」

「……え!?」


 偽物の恋人設定でいくなんて聞いていない。

 というか、「鈴杵」ってなんだ? なんで姓だけ偽名なんだよ。


「ほ、ほほほ、本当に!? 累に彼女がいたなんて……初めて知ったわ! しかも、滅茶苦茶可愛いじゃない! 高校生の頃の私より可愛いってヤバいわよ? ちょっと累、何黙ってるの!?」

「いや、憩衣が怖がってるし……」


 身振り手振りが激しい上にグイグイ来られたら、男性でなくても怖いだろう。

 ただでさえ男性不信なのに、人間不信にさせないでほしい。

 取り敢えず……言ってしまったものは仕方ない。恋人設定を続けることにする。


「あらら、ごめんなさい。わたしったらはしゃいじゃって! だって累が女の子を連れてくるなんて、久しぶりなんだもの!」

「はいはい、取り敢えず雨が止むまでだから」

「そ、そうね、そうね! お母さんはお茶だけ出してリビングに引っ込むわっ! 後はごゆっくり~」


 母さんがリビングへと戻ると、いつの間にか俺の背中に隠れてしまっていた憩衣に案内を頼まれる。

 二階にある俺の部屋へと行き、母さんから飲み物を受け取って、再び二人きりになった。


「質素な部屋ですね」

「そりゃ、庶民はこんなものだよ」

「いえ、揶揄する意図はなくて……累はオタクだと聞いていたので、もっとグッズなるものがあるのかと」


 なるほど。確かにオタクというものをイメージすると、キャラクターのポスターやフィギュアになるかもしれない。


「今はオタクじゃないし、まあ一般的な男子の部屋はこんなんじゃないか?」

「そう……なんですね」


 見渡しながら、所々の隅を除いたりする憩衣。


「探しても、何も出ないぞ?」

「……そのようですね。残念ながら」


 残念なのか。いや、たとえば薄い本とか実際に隠されていたとして、見つけてどういう反応するんだ。

 わからなくて、逆に気になる。


「お母様とは、あまり似ていないようで」

「まあ、な。顔は似ていても、性格はなぁ」


 徐に言われてみれば、母さんとは似ていない。

 それは前世も同じ……まぁきっと、我慢強いところだけは似ているのかもしれない。


「ところで累、女の子を家に上げるのは初めてじゃないのですね」

「俺だってモテていた時くらいある」

「……モテていたことなんて、聞いていないのですが……」


 前世の記憶を持つ俺にとって、中学時代以前はもう遠い過去だ。

 あまり憶えていなかったりする。


「ああいや、まあ……」

「好きでもない男の子の家に行く女の子はいないと?」

「別に、そうは言ってない。憩衣も、中に入れているじゃないか」

「私は仮にも累の彼女設定ですので」

「……それ、家でもやる必要あったか?」

「むうっ、わからないじゃないですか……何処から話題が漏れるのか」


 きっと陽創学園の一般生徒の親ならば、情報交換を行うものなのだろう。

 残念ながら、俺は特待生なので例外なのだよ。


「まぁいいか。もう一つ質問……鈴杵って何だ?」

「私とお姉ちゃんの、母方の旧姓です。堀原は流石に目立ちますので」

「そうか……旧姓なら、完全に違う訳じゃないのか」


 完全に偽名だったら、少し寂しかったかもしれない。それは謎の拘り。

 堀原という家名が背負う重さは理解しているから、もちろんそれを言葉にはしないけど。


「……あの。多分、これを言ってしまうと気分を害されるかもしれないのですが――」

「ん? 大丈夫だから、気にせずどうぞ?」

「家にお母様がいる生活が、ちょっと羨ましいと思いました」


 そうだ……忘れてはいけない。

 俺に父親がいないのと同じく、憩衣と珠姫には母親がいない。加えて、堀原姉妹の父親と言えば仕事で忙しいから、家には常に二人きりだったのだろう。


「私が寂しくならないように、お姉ちゃんは母親代わりなんてして…………すみません、私の話ばかり」

「いや、知れて良かったと思う。あんまり憩衣、自分の話……学校ではしないから」


 珠姫についての彼女の本音は、あまり日常会話で出てこない。

 それが知れる機会は、俺にとって悪くないはずだ。

 将来的な理想の為にも、憩衣の気持ちはきちんと知っておきたい。

 そうだ……本音を話してくれるなら、今こそ聞きたい。


「憩衣、一般選挙……出るつもりないよな?」

「それは……」

「恵森さん宛ラブレターの差出人を探すのに積極的に見えた……本気で出るつもりなら、そんな風に対応できないだろ」


 それは善意であっても、限度がある話。

 自分が役に立たなかったことに対して、あそこまで真剣に考えていた顔からは、純粋に助けてあげたいという意思を汲み取った。


「……お姉ちゃんの期待に応えたいのです。動機はそれだけで充分じゃ、ないですか?」

「俺は、憩衣が本当に選びたい方を期待しているけど、応えてくれないのか?」

「…………」


 ちょっとズルい言い方になってしまったか。


「すまん。困らせちゃったよな」

「いえ……私の意思が弱い所為ですから」


 揺らいでいる。

 だけど、それがわかっていても、ここで追及は止めておく。

 いずれ、憩衣自身が変わってくれることを、俺も待っているのかもしれない。

 時間が解決することは、確かにあるのだから。


「気まずい話はやめにしましょう。折角なら、累のこと、色々と教えてください」

「そうだな」


 少なからずオタク系以外の小説なども部屋にはある。

 男女二人が男の部屋という中で、ちょっとした緊張感はあったが、その後は何事もなく、雨が止むことを談話しながら待った。

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