第45話 恵森千沙の相談事3

「そっか……二人って、一般選挙の有力な候補だった……ね」


 そう言うのは前髪で目元が隠れた親友、外里海利。

 恵森さんとはまだ知り合っていないのか、緊張しているようだ。

 一通りの説明は終えると……四人各々で悩む。そんな中、ふと声を出すのが一名。


「んー、ところで外里くんさ」

「え、僕……?」

「そう君。あのさ、なんで前髪そんな長いの?」


 ドストレートな質問に、外里は一瞬黙り、首を傾げる。


「えっと、どうして?」

「だって外里くん、整った顔してるのに、勿体ないなーって。おでこ出せばモテるかもだよ?」

「……そうなんだ。ありがとう。恵森さんは……もっとモテそうだ、ね」

「もちっ、まあ影薄いんだけどね」


 俺と憩衣が押し黙らせてしまう何とも言えない空気。

 外里は人見知りで、あまり他人と関わる機会も少ないのに、もう彼女に心を開いているようだ。

 流石未来で恋人になる二人だ。


「おほんっ! 打ち解けるのはいいけど、例のラブレターについて……外里はどう思う?」

「困っているっぽいし、放置って訳にはいかないよね。出来ること言えば、推理になるけど」


 もし、張り込みで下駄箱を見張るなどの対策を練るにしても、二回目のラブレターが来なければ意味がない。

 差出人が単純に自分の気持ちを伝えたいなら、それで何の後腐れもない……恵森さんもじきに興味を失うだろう。

 俺達に出来ることは、探偵のように仮説を立てることだけ。探偵でなくても、ここには頼もしい味方が同席している。


「……あの。気になったのですが……恵森さんは一般選挙の有力候補です。各派閥の先輩から声がかけられてもおかしくないと思うのですが」


 なるほど。同学年以外にも目を向けるべきということか。憩衣の意見には俺も賛成する。

 恵森さんへ目を向けると呼応するように「あっ」と声を漏らし、顔を上げる。


「確かに何人かいるかも。でも、全員数回しか話したことないからなー。あるとしたら、一目惚れ?」

「恵森さんなら、少し話しただけでも……好きになる人、いるかも」

「え~っ? 外里くんがそうだから?」

「か、揶揄わないで、ほしい」


 照れくさそうに顔を背ける外里。

 話がまた逸れてしまったが、外里の考えは案外馬鹿にならない。

 彼女の他人と接する距離感は、初対面であっても男を落とすのに充分かもしれないのだ。

 まあ……今みたいに本人に面と向かって言葉にしてしまうのは、大胆としかいえないけども。


「因みにラブレターに暗号が隠されているかもしれないという懸念については、無いと断言して良さそうです」

「そんな懸念いる!?」


 暗号って……相手に伝わらないと意味がないじゃないか。

 恵森さんは頭が良いし、もしかしたら伝わる可能性に賭けているってこともあるのかもしれないけど、そうだったら俺の手には負えそうもないから良かった。


「派閥争いを甘くみない方がいいです。私と累が知る限り、突飛な手段に出る生徒がいてもおかしくないですから」

「俺も憩衣に同意だ。ラブレター一つに警戒する必要があるのは、その派閥争いが原因だしな」


 避けて通れない話。

 それを疑うのも、タイミングが一般選挙の立候補期間という大事な時期だからだ。

 最終的に思想教育されるにしろ、恐らくその目利きは実績として残るのだろう。そうでなければ、誰を支持しようと関係ないからな。

 または思想教育に打ち勝つ為に前以って密接な関係を構築することが、生徒会の席を一派閥が支配する野望の架け橋になるかもしれない。


「ところで恵森さん。一般選挙には立候補するのですよね?」

「まあね。実は私、会長さんには入学以来何度か世話になったんよー。本当に髪染めちゃって問題ないですか? とかね。許可されてるのに、そういう人少ないじゃん? 気にしちゃってさぁ」


 会長と既に知り合いだったとは……意外な繋がりだ。

 彼女が親交派のトップなのは周知の事実だが、一年の特待生の世話を焼くような人には見えなかった。というか、俺は話しかけられたことないしな。


「だから、生徒会へ入って恩返ししたいと?」

「そんなとこ。会長なら間違いなく私の後援者になってくれるしねー」

「……後援者の話も知っているのですね」

「ああ……さっきは話が逸れちゃったけど、近い時期で先輩とはちょくちょく接触しているんだ。それで教えてもらった」


 恵森さんはそうして数人の先輩の名前を挙げてくれるが、全員聞き覚えがない。

 予想はしていたが、先輩ともなると極端に差出人の推理が難しくなる。


「……一つ気になるのですが、木崎副会長は含まれないのですか?」

「あっ、確かに木崎先輩も話すね。でも、木崎先輩とはずっと前からの付き合いだしなぁ。今更ラブレターって……考えにくいかも」


 憩衣は訝しげな表情を崩さないが、俺も木崎先輩はあり得ないと思う。

 前世において、有名な話があった。

 俺の一年の終了式……同時に三年生の卒業式であるその日、親交派の会長と、排斥派の副会長が付き合ったという話。

 三次元に興味を持っていなかった俺は噂半分に聞いていたから、その会長と副会長の名前さえ当時は知らなかったが、話題になっていただけあって抽象的に憶えている。

 木崎先輩の想い人は会長なのだ。

 そうでなくても、あの優しい木崎先輩のことだ……差出人を書かないなんて真似して相手を困らせるなんてことはしないだろう。


「そだっ、会長さんにも話を聞いてもらわない? 会長さんなら、今出した先輩達のことも知っているかも――」

「待った。知らないのか? 会長は今、失踪していた学園内にいない」


 正確には、居場所が四国地方とまで割れているが、どの道しばらく学園に戻って来る気配はない。


「し、失踪!? ……だって、この前会ったよ?」

「……はあ?」


 驚くあまり声を上げてしまった。

 次いで、隣の憩衣が席を立ちテーブルに両手をつける。


「っ!! その会った日って、先週の金曜日ですか?」

「うん」

「俺からも質問させてくれ。恵森さんは会長と連絡手段を持っているのか?」

「それはごめん。持ってない。えっ、失踪には驚いたけど、なんかあるん……?」


 俺と憩衣は目を合わせる。

 まさか――そういうことか。

 会長が、阿武隈先輩が学園に残っていた理由……それも、授業には出ずにこっそり学園敷地に潜んでいたのは、多分恵森さんと会う為だ。

 連絡手段が無いなら、尚更。

 教室から中々出ない……すなわち直接話しかけるのが難しい彼女にあう為には、隠れて待ち伏せるしかない。


「恵森さん、多分会長に、一般選挙に出るよう言われたんじゃないか?」

「そうだけど……なんでわかるの?」

「私もその日、誘われたからです」


 憩衣を応援しているならば、失踪するべきではない。

 つまり、会長は憩衣だけを贔屓していたのではなく、二人……或いは他にもいるかもしれないが、有力候補に一般選挙に出るよう言ったのだろう。

 その裏に、彼女にどんな目的があったのかはわからない。だけど、あの日隠れて学園にいたことの理由はついたし、憩衣の為に残らなかった疑念は晴れた。


「ぶー、阿武隈先輩、私だけじゃなかったのかー。今度会ったら、オハナシ訊かないとじゃんね」

「私とは偶然会っただけのようでしたので、本命は恵森さんの方だと思いますよ」

「そ、そっか」


 真実は本人に訊かなければわからないが、少なくとも初対面の憩衣よりも恵森さんの方が気にかけられているのは間違いないだろう。


「まあだから、会長さんには相談できない訳だな。ここは木崎先輩に相談するのも手だが」

「あっ、それもアリだね」

「待って」


 口を挟んだのは、何の話かわからず静観していた外里だった。


「一応、木崎先輩も差出人候補には挙がるんだよね」

「私も外里くんの意見に同意です。警戒はする必要があるかと」


 憩衣と外里は、あくまでフラットに考えて容疑者には入ってしまう木崎先輩も警戒しようと考えているらしい。


「いや、差出人が悪い奴ってことは――」


 自分で言って気付いた。

 そっか……悪い奴って可能性もあるのか。

 差出人不明の手紙……恵森さんに警戒だけさせて、その状況を利用して抱き込もうとしている派閥があるかもしれない。


「それに同学年の可能性がなくなった訳じゃない」

「うーん」

「あのさ、僕に任せてくれないかな?」


 悩む恵森さんを前に外里が突然、右手を上げた。


「外里、任せるっていうのは……?」

「またラブレターとかがあれば、僕が本格的に張り込んだりするし、わからないことは僕に相談してほしい。少なくとも、僕が差出人って可能性はないでしょ」


 提案内容に、俺は内心驚いた。

 まさか、俺がお願いしようとしていた部分を、彼自身が自ら名乗り上げてくれるなんて、願ったり叶ったりだ。


「ん? 相談するのは、緋雨くんや憩衣ちゃんでも良くないの……?」

「私は相談されたら話には乗りますが――」


 憩衣はそこまで暇にならない。一般選挙に出るとはまだ決まっていないけど、前以って準備だけは進めているのだ。

 前準備で支持率を上げておくのは、選挙の基本的な勝ち方だ。

 そこに気付いたのか、恵森さんは「あーね」と納得の表情。


「それと俺は――」

「彼女である私を差し置いて、累と裏でコンタクトを取られるのは困ります」

「憩衣ちゃん……実は結構重め?」


 本当に付き合っている訳ではないのだが、憩衣は頬を赤らめてコクリと頷く。

 その可愛らしい顔は――彼女が未来の義妹でなければ、本当に惚れてしまいそうになるレベルだ。

 もちろん、俺が絶対に惚れないと信じている珠姫を裏切る行為だし、そんなことにはならない。何故なら憩衣の意中の相手を、俺は知っているから。


「うん、じゃあ外里くん……いや、海利って呼ぶ。海利、見た目と違って威勢は男らしいし、頼りにさせてもらうね」

「あっ、ほどほどにね。大船に乗ったつもりで――なんてことは言えないから」

「ふうん、もっと自信持てばいいのに~」


 情けない言葉を漏らしながらも、外里の表情は本当に男らしかった。それこそ、こんな顔は前世で見たことがない。

 そうか……こうやってこいつは、俺の知らない間に成長して――俺の手の届かないところへ行ってしまったのか。

 だけど――今回ならまだ肩を並べられるかもしれない。


「…………」


 変わった友人の姿に感心しながら、ふと別の思考へいきつく。

 この場に挙がらなかった、否、絶対に言葉にはできない考えを、ふと頭に浮かべてしまった。


 ――差出人のないラブレター。

 明らかにおかしな代物が出た以上、考え得なければならないことが一つある。

 それは――恵森千沙の自作自演の可能性。

 外里の未来の彼女だから疑いたくはないのだが、そこに憩衣が巻き込まれる可能性がある以上、無視できない。

 俺に接触すれば、自動的に憩衣ともコンタクトを取れる。

 素で大胆な性格をしているように見えるが、それも演技かもしれない。

 最近は憩衣や珠姫が散々そういうことしてくるからな。嫌でも警戒してしまう頭にされてしまった。


 何より、彼女はギャルっぽい容姿をしているものの――しっかりと学年次席。

 三派閥からも太鼓判を押されているともなれば、目に見えない何かが……彼女にはあるのかもしれない。

 そこで、外里だ。

 こいつに任せていれば、彼女がシロであろうとクロであろうと、何も問題ない。むしろ二人の相性が良さげなのは見ればわかるし、そのまま恋に発展してくれれば、完璧だ。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

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