第44話 恵森千沙の相談事2

 朝、下駄箱から上履きを取り出し履き替えていると、背後から肩を叩かれる。


「やっ、おはよ、緋雨くん!」

「ああ、恵森さんもおはよう。昨日の話じゃいつも朝早いみたいだけど、今日は遅い登校か?」


 俺みたいな奴に朝から話しかけてくるのは堀原姉妹と(嫌な意味で)安栖を除けばほぼいない。

 それが誰かと思えば派手な金髪に紅玉の瞳のギャル。

 普段遭遇しない恵森さんと朝会うなんて珍しいこともあったもんだ。

 何しろ、昨日初めて会ったくらいだ。

 まあ回帰で記憶が上書きする前には見たことがあったかもしれないけど、いまいち憶えていない。


「ううん、実は緋雨くんを待っていたんだよ」

「ん? それは一体どうして?」

「や~、私みたいな美女にグイグイこられて反応薄くない?」

「生憎、目が肥えている」


 珠姫と憩衣といつも顔を合わせているからか、


 そうじゃないなら、安栖に屈して今頃靴を舐めている。あの女、容姿といい声といい、本当に性格以外二次元オタクなら好きじゃない要素がないからな。

 まあ前世で真の二次元オタクとなっていた俺には、彼女が三次元ってだけで耐性を持っていたけど。


「まあ緋雨くんを待っていた理由は簡単で……これ、なんだかわかる?」

「手紙……?」

「ラブレター。今朝、私の下駄箱に入っててね」

「そ、そうか。まあ恵森さんも自称するくらいには美人なんだし、そういうこともあるだろ」

「じゃ、緋雨くんが私に惚れた訳じゃないのかー」

「…………はあ?」


 何を言っているのかわからない。

 もしかしてラブレターの差出人が俺だと思われているのか?

 そもそも、この学園内で俺は憩衣の彼氏ということになっているはず。疑われる余地がないだろう。

 というか、ラブレターなら差出人の名前があるはずなのだが――。


「これ見てっ! ほら、差出人の名前が書かれていなくない? じゃあ一番怪しいの緋雨くんしかいないじゃん」

「なんだ、その理屈は。荒唐無稽にも程があるぞ」


 そう言いながらも、一応俺を疑った理由はわかった。

 差出人が書かれていない……すなわち、誰にも言えない恋だからこそ、俺を疑ったということだろう。


「え~? 優等生な私はあまり新しい出会いとか少ないの。ずばり、緋雨くんが一番怪しいね」

「教室の引きこもりの間違いだろ。そうじゃなくて、消去法をやめろ。そもそも恵森さんとの接点だって、俺からお前に話しかけた訳じゃない」


 もし俺が恵森さんに惚れていたなら、俺の方から親切な人を装って彼女を手助けしようとしただろう。恵森さんが助けを求めて来るなんて、思いもよらないことだ。

 まあ……偶々昨日恵森さんの近くにいたということを、実は密かに恵森さんを見ていたという風に疑われてもおかしくはないかもしれないけど。

 思っていたより、弁明が難しいな。


「人のこと『お前』だなんて良く言えるね。緋雨くんがイケメンじゃなかったらぶん殴ってたかも」

「そりゃ、俺も母親に恵まれたもんだな。あと、暴力反対だ」


 シュッシュッとパンチする仕草を見せる恵森さん。

 大体どうしてあまり教室の外に出てこないのか、不思議だ。

 人と関わることが嫌いには見えなそうだし、教室では普通に過ごしていそうだが――いや、それが原因か。


「恵森さん、最低限クラス内で過ごしているのって、もしかして派閥争いが関係してる?」

「……まあぶっちゃけると、ね。めんどくない? 特待生がどう派閥がどうの……うんざりしちゃう」


 今は生徒会選挙がある。

 そして激化する派閥争いの中で、三派閥が全て恵森さんを推しているのだ。

 加えて……恐らく一般選挙で通った生徒の後援者となる会長は不在。

 もしかすると、最初から彼女を勝たせるのは規定路線で、彼女の後援をどの派閥が務めるのかで争っているのではないだろうか。


「概ね理解した。その上で、まあ俺が差出人でないと言わせてもらうが、恵森はどうしたい?」


 関係ない方に話を逸らして申し訳ない。

 とはいえ、あまり俺としてはラブレターの方も無視できない。

 それは俺自身や憩衣に関わるものではなく、単純に恵森さんのメンタルの問題だ。

 ――誰かわからない人に想いを寄せられている。

 ――誰かに見られているかもしれない。

 そんな恐怖が、彼女に他人を疑わせることになるだろう。

 まったく……俺みたいな奴が大人ぶっているなんて、不思議な感覚だ。実際、精神年齢は十年以上年上なんだけどな。

 俺の質問に恵森さんは「うーん」と悩み、やがて口を開いた。


「私は、差出人……見つけたい。見つけて、格好いい人だったら受け入れてもいいかも」

「……いや、受け入れる余地あったのかよ」


 面食いでもないだろうに……まあ差出人が誰であっても、恵森さんが受け入れることはない。

 何故なら彼女が選ぶのは外里海利なのだから。

 俺は知っている……彼女を作ってからあいつは明るくなって、俺とは真逆に人生を、青春を謳歌するようになった。

 恵森さんが外里にベタ惚れしていて、あいつを変えたのは間違いないのだから。


「そか。いつも暇って訳じゃないが、俺も差出人探しに協力するよ。といっても、手掛かりが少ないから、すぐにどうこうはできないと思うけどな」


 なんて答えた瞬間、背後からドスッと物音がして振り返る。

 そこには荷物を落とし、目を丸くした憩衣の姿。


「うっ、浮気……ですか!?」


 昨日の今日でのこと、彼氏が他の女と楽し気に話していたら、当然言われても仕方ない。

 相変わらず憩衣は演技上手いな。二股かけられた時のような表情で迫真だ。

 ただ迫真過ぎて、周囲の視線が俺達の方へと集まってくる。


「待て待て待て……そんな訳ないだろ。なあ恵森さん、説明してあげてくれ」

「はいはい。私も変に誤解されたくないしねー」

「…………」


 一先ず、恵森さんがラブレターについて俺に相談してきたことを説明した。

 憩衣は終始無言で、俺をじーっと見つめてきた。

 しかし、やがてホッと溜息をついて、呆れ顔を見せる憩衣。


「それなら、私も協力します」

「え、憩衣ちゃんマジ? めっちゃいい子じゃん! 天使じゃん!」


 滅茶苦茶テンションを上げて抱き着かんとしている恵森。しかし、珠姫と戯れている憩衣は平然とした顔を崩さない。


「協力しますが、次から累に頼む前に、私に話を通すようにしてください」

「ねえ緋雨くん。あんたの彼女、ちょっと面倒くさい?」

「…………」


 何も言えない。

 そもそも憩衣は俺の彼女じゃないから。

 しかし、さっきまで澄ました顔をしていた憩衣は頬を朱く染めていた。


「取り敢えず、昼にまた相談しよう。あと、もう一人協力者を増やしていいか?」

「え、珠姫も巻き込むのですか?」

「そっちじゃない」

「誰でもいいけど、誰なん?」


 首を傾げる二人。俺はニヤリと口端を上げる。


「外里海利。俺の親友だ。他の男子がいた方が、参考にもなる」


 今は何が起こるかわからない。

 確実な味方はここで加えておくべきだろう。


「ところで憩衣……珠姫の変装はやめたのか?」

「いえ。珠姫がヘマをして……昨日バレたそうです。私も暫く大人しくします」

「なるほど」


 ……暫くしたら、またするのだろうか。

 それにしても、珠姫の方は演技が上手いのか下手なのかわからないな。

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