第43話 恵森千沙の相談事1
突如現れたギャル。
彼女……というよりも、この状況には何処か見覚えがある。
恐らく、この後俺がするのは――。
「き、キーホルダー! この辺に落としたと思うんだけど、見なかったっ!? ねぇ、見なかったっ!?」
「落ち着け、落ち着いてください」
とても正気とは思えない慌てよう。流石にインパクトが強すぎて、前世の記憶が強引に想起させられた。
切羽詰まっている彼女の言葉通り、これは落とし物案件。
本当なら生徒会などに尋ねるべき問題だが、丁度選挙で忙しい上に会長は失踪ときた。
猫の手も借りたいのはよくわかる。
「キーホルダーの特徴、どんな感じだ?」
「探してくれるの……?」
「そうだ。で、特徴は?」
「ちょっと言いにくいんだけど……あんたなら大丈夫よね。『ほしさめ』のキャラクター『ヒザメちゃん』のストラップなの」
頬を朱く染めながら恥じらうように言ってのけるギャル。
『ほしさめ』というのは略称で、『星になったサメ』という今流行りのアニメのことだろう。
二次元オタクの俺相手だから、偏見を持たれないと思っているようだ。
まあ俺が後で彼女がアニメオタクだと話したところで、信じてくれる相手は片手で数えるほどしかいない。悲しきかな。
「了解。それなら知ってる。時間に限りはあるが、彼女が戻って来るまでで良ければ一緒に探すよ」
そう言うと、見るからにぱあぁぁぁっと顔を明るくさせるギャル。
ここにオタクに優しいギャル光臨! とでも言うべきか。いや、もう俺はオタクではないので、そうはしゃぐことではないな。
取り敢えず、何となくすぐに見つかるのは憶えている。
ただ一直線にそれっぽい場へ赴いても不自然なので、適当にほっつき歩いてから芝生のある方まで歩く。
「そ、そっちじゃないと思う! 私そっちまで歩いてないよ?」
「風に飛ばされた可能性もある。それとも軽くないのか?」
「う、ううん。確かにあるかも。お願いっ」
そもそもこの時間になるまで学園に残っている時点で、道端にある方がおかしい。
一応、落とし物が集められるコーナーには彼女自身が一度行っているだろうし、あるとするなら、前世で落ちていた目の前の道……その隣の芝生しかないと踏んだ。
そして――。
「おーい、これじゃないのか?」
「え、マジ!? あっマジだっ! ありがとーっ! って、彼女持ちの男子に抱き着くのはダメなんだっけ。でもマジで感謝!」
「いや、いいよ。時間潰しには丁度良かったしな」
俺は知っている。このテンションが高いギャルが、前世で本当に抱き着いてきたことを。
ただし、勘違いしてはいけない……それは彼女のスキンシップなのだ。
そして同時に、俺は彼女が誰なのかを知っている。
「ん? どしたん? 人の顔をじっと見て」
「ああ、その……俺実は君の名前とか知らないからさ」
「あれ、名前言って無かったっけ。あっ、言って無いじゃん、やっば」
憶えてないのか、ヤバいね。
それだけ必死だったのはわかるけどね。
「んじゃ、自己紹介。私の名前は恵森千沙……前の試験で、緋雨くんより4位上の優等生だよっ☆」
その見た目で優等生とは信じたくなかった。
というか、自己紹介をしていないって憶えていない時点で、そんなに頭が良いのかと疑ってしまうが……恐らく俺が彼女のことを知っている前提で気を遣ってくれたのだろう。
だけど、驚いた。
俺は彼女の……名前以外のことなら、知っていた。
彼女が――前世で外里海利の彼女だったことを憶えているから、それが学年次席の秀才だとは思ってもいなかった。
初対面のインパクトは強かった癖に、後から外里と一緒に写る彼女の姿を見ても、当時は思い出せなかった。それほどまでに、前世では三次元の女子へ興味を失っていたとも言える。
「ありゃ? やっぱり私、なんか変?」
「ごめん、そうじゃないんだ。ただこんな目立つギャルに校内で遭遇した覚えがないから」
「ああ。まあ私殆ど教室から出ないからね。優等生だから、朝は早く登校するし、勉強してから帰ってるの。そんで友達も沢山いるから、まあ会わなくてもしゃーなし!」
「実は今の、煽られてる!? 友達いない俺のこと、煽ってる?」
ニシシと笑うギャル。
しかし、まあ態々他クラスに足を踏み込むことなんて、憩衣のクラスくらいだから、恵森さんの言う通りなのだろう。
「でも助かったのはほんと感謝してるから! よければこの後、お茶なんて――って、あっ……い、いっけない! 私優等生だから門限守らなきゃ! じゃねっ!」
優等生って言葉を滅茶苦茶便利に使っている感が否めないが、あまり俺のことを気にされなくて良かった。
曲がりなりにも相手は生徒会一般選挙の最有力株。
憩衣が立候補するとすれば、彼女は必然的に敵となってしまうのだから。
そう思いながら憩衣の元へと戻ろうと振り返った瞬間――。
「わっ……!?」
「何を惚けた顔しているのですか? 勝手に何処かへ行って、可愛い女子と仲良くなるなんて……私の彼氏という設定、忘れてしまったのですか?」
音もなく背後に迫っていた憩衣は、グイっと俺のネクタイを取って顔を近づける。
怒気が孕まれた言葉を耳元で囁かれると同時に、当たる吐息が擽ったい。
なるほど……恵森さんが急に慌てて去ったのは、近づいてくる憩衣の存在に気付いていたからだろう。
「も、もしかして、嫉妬してるのか?」
「~~っ、冗談はやめてくださいっ! 言っているじゃないですか、私の彼氏という設定と。それ以上は怒りますよ」
もう怒っているように見えるけど、野暮な返答は控えておく。
しかし、憩衣の言う事も正論なのだが、言い訳をさせてもらう。
「彼女が、恵森千沙だってな」
「もちろん知っています。それで、累は情報収集していたとでも言いたいのですか?」
「お、おう。その通りだ」
「はぁ……下手な嘘はやめてください。落とし物を探す段階で、遠くから見ていました」
おっと、もっと前から見られていたのか。
それなら下手なことはしていないとわかっているはず……その割に、憩衣の様子はちょっとおかしいような気がするけど。
「それより、場を離れるなら先に言ってください。急に消えたら、私…………寂しくなるじゃないですか」
「……っ! すまない。今回のは俺が全面的に悪かった」
一人にしたことに怒っていたのか。
今のは俺も鈍感だったかもしれない。
安栖から重要そうな情報を聞き出したことで、浮かれていたのかもしれない。
「わかってくれればいいんです。次から気を付けてください。累は私の……かっ、彼氏なのですから」
「あ、ああ」
自分の役目はわかっている。
憩衣と珠姫の円満な関係を継続させること。その為に、彼女の恋を終わらせなければいけない。正直、どうすればいいのかわからないが、俺は憩衣の彼氏役として……少なくとも彼女の恋を覆い隠す。
バレてしまう想いからくる焦りだけでも、削いでみせるのだ。
「ところで憩衣」
「はい? もう帰りますよ」
「ああ、それはわかっている。そうじゃなくて聞きたいことがあるんだ……憩衣って、本当に生徒会へ入ることを悩んでいるのか?」
「…………えっ?」
正直、以前より憩衣が選挙にあまり興味を持っていないことは知っている。
しかし木崎先輩の説明を聞いて、それで意欲が出たのかどうか……それを知りたかったが――その顔は未だ曇ったままだった。
「そうか。わかった」
「……顔を見て、わかったというのですか?」
「まあな。違っても、彼氏役とか抜きに友達として心配になっただけだから」
「…………」
もし生徒会に入っても、安栖と一緒に仕事ができるのか、とか心配は多い。
刻々と立候補の期限が迫る中で、必ず決めなければならないこと。
俺は……情報を集める努力などを見て、それを期待として捉えてほしくない。その期待に応えようとまではしてもらいたくない。
そこにあるのは――憩衣の意思ではなくなってしまうから。
俺が尊重したいのは、憩衣の本心なのだから
「いたっ……へ?」
気付けば、足を軽く蹴られていることに気付いた。
憩衣にしては珍しい……言葉じゃない攻撃。
「つべこべ言わず、帰りますよ。珠姫が待っているのですから」
「お、おう。そうだな」
無駄口を叩いたことがお気に触られたらしい。
先ほどのは本当に嫉妬なのかわからないけど……結果としてなんだか、憩衣の新しい一面を見れた気がする。
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