第42話 生徒会長失踪の足取り3
「恵森千沙さんを支持している理由を、訊いてもいいですか?」
「言えない」
即答だった。
穏やかな物腰はそのまま。告げられたのは淡々とした答え。
予想はしていたが、説得できる余地すら感じられない程だとは思わなかった。
「わかってくれ。僕にも立場があるんだ」
立場……木崎先輩は好きでその地位にいる訳ではないのだろうか。
彼に何か思惑があるとは思えない。幾らトップと言っても、派閥を自分勝手にできる程ではない、のか。
いや、今のところ木崎先輩は特待生にも公平な目を向けているらしいし、この人なら排斥派でも特待生を支持するかもしれない……そんな気がした。
「もし僕の身を案じているならば、その心配は大丈夫だよ。新生徒会は大きな飛躍を遂げる」
「飛躍……ですか」
「そうとも。何しろ、次の会長は僕になる。今より学園を良くすると約束しよう」
その顔は自信に満ちている。
まあ次期生徒会長は間違いなく木崎先輩なので、意識が高くあってほしいとは思っているけど。
しかし大きな飛躍とは、一体なんだろう。
「ところで――何故、生徒会では派閥が一色に染まらないのか。疑問に思ったことはないか?」
次いで、彼から発せられた言葉には素直に頷く。
予想の付く話だが、態々こうして話してくれることに意味を悟った。
「概ね現役員推薦の後に一般選挙が行われる体制が由縁だと知られているだろうが、実際はそれだけじゃない」
「と、いいますと……?」
「後援者の存在さ」
聞いた事のない単語が出てきた。もちろん単語の意味くらい知っているが、話の流れから察するに生徒会特有のものだろう。
「生徒会はあくまで四名で運営される組織。新役員の決定と共に、会長と副会長が後援者となり、各々の生徒に引継ぎ……派閥に引き込むための指導を行う」
「引継ぎって、三年生がするという訳ではないのですか?」
俺は指導について気になったが、隣の憩衣が指摘した部分は、言われて初めて気付ける部分だった。
確かに、聞き流していたけど妙な部分だ。
「そこはほら、今まで上級生が会長と副会長の席に座るのが通例だったからね。僕も不本意だけど、地位というものには責任が伴うということさ」
少しだけ早口になった木崎先輩が、饒舌に説明してくれる。
そういう話を聞くと、本来その仕事をする筈だった広報の先輩が押し付けたようにも思えるが――いや、『副会長』という地位の方が高い価値を有しているはずだ。派閥の力が本当なら、それは間違いない。
「緋雨くんの方は、指導の方が気になるかな?」
この人、実はエスパーなのか?
何だか、珠姫に近しい雰囲気を感じる。何度も知っているような、そういう感覚。
いや、珠姫とは違うか。察しが良い程度……だと思う。
「僕はね、元は中立派の生徒だったんだよ。ともすれば察しが付くだろうが、指導というのは、簡単に言えば……洗脳だね」
「洗……脳……?」
実生活で馴染みのない言葉に、一抹の恐怖を覚える。
「洗脳という言い方はいささか強かったかな。思想教育ということさ。高校球児が丸刈りをするのと同じ……歴史が定める一種の執念なのだよ」
「指導って、どういったものですか?」
「何かを縛られたり強制される訳じゃない。そういう環境に身を置く。それだけだよ」
環境に身を置くというのは、その派閥の生徒との交流を日常とすることだろう。しかしそれは果たして、指導と言える話なのだろうか。
「外国に行った時その国の言葉を話す、決して自分に周りが合わせてくれることはない……とういうことだね」
言うは易し。されど、その厳しさは実体験を通さねばわからないものだろう。
確かにそれは厳しそうだし……思想教育と呼べるかもしれない。
「まあ元々派閥に属していて、その派閥の先輩が後援となるのが通例だね。因みに中立派の先輩が後援になった時は指導がないから楽かな」
そうなると、現役員推薦で生徒会入りの決まった安栖には木崎先輩が後援者に就くということか。
同じ派閥でも、二人は馬が合わなそうだ。それでも木崎先輩ならあの猛獣を何とかしてくれそうな気もするけど。
「話を纏めると、常に後援者が違う派閥に属しているから、生徒会はそう簡単に一派閥に支配されないんだ」
そんな詳細な事情を教えてもらえると思っていなかったから、驚いている。
先輩の間では周知の事実なんだろうけど、ここまで教えてくれるのは本当に暇なのかと疑ってしまう。
「そうだ、会長の裏垢、IDを教えておこう」
そう言って懐からメモ用紙を取り出すと、ボールペンを取り出し楷書で書いてくれる。
え、もしかして、普通に良い先輩なだけなのでは?
「さて、一通り話したつもりだけど、何か質問はあるかな? メモに追加しておいた方がいい事があれば、そちらでも構わないよ」
「私は……話の途中に言葉を挟んでしまったことくらいです」
この機会だ。気持ちよく説明してくれている今のうちに訊けることを聞いておこう。
「最後の後援者について。とても強い意志を持った生徒が、思想教育に打ち勝てたとしたら、どうなると思いますか?」
「……面白い質問だ。これまでそうなった所為とは一人もいない。その歴史が答えさ……不可能だとね。だけど――」
先輩は一息吐いて、言葉を続ける。
「僕はその可能性を否定しない。僕だけじゃない。今の生徒会は個人の意思を尊重する。きっとそろそろ、この学園も変わると思っているよ」
眩しい言葉だ。
この人が排斥派でなければ、本当に尊敬してしまっていたかもしれない。
ただ少し……ほんの少し、見方を変えれば――――そうなると信じて変わらない妄執にも見て取れた。
***
結局あの後、親切にも口頭で話してくれた生徒会の事情もメモに追加してくれたので、俺は有難く頂いた。
――何故、憩衣ではなく俺がメモを受け取っているのかって?
そりゃ、憩衣は完全記憶能力を持っているらしいから、忘れられないのだという。
百年の恋も一時に冷めるというらしいが、それが絶対にあり得ないのが憩衣だった。
彼女の恋については、進捗があるどころか、日々その困難さを知っていくばかりだ。
生徒会室を後にした俺と憩衣は、情報の共有をしたい為、堀原家に行くことが決まる。
その前に憩衣がお花を摘みに行くらしいので待つとすると、一人になった途端、あまり会いたくない人物と遭遇する。
「あら、こんな時間まで学校に残っていまして? お暇ですこと」
その口ぶりは顔を見なくたってわかる。
相変わらず、息をするように特待生を目の敵にし過ぎているらしい。
思えば、この女にだけは後援者の先輩が逆に思想教育させられてしまいそうな怖さがある。
「調べ物をしていたんだ」
「勤勉ですこと。まあその努力が実ることなど――」
「生徒会長が四国旅行になんて行っているみたいでさ。その件についてね」
会長の失踪という一部の生徒しか知らない情報。
敢えてそのワードを出さず、結果としてある今の事実を伝えると、彼女は目を見開いて、次に「しまった」とでも言いそうな風に顔を逸らす。
「何か知っていそうだな」
「と、当然ですわ。わたくしは生徒会入りが決まっていますもの。生徒会の現状は存じています」
あっさりと白状する安栖。
動揺を隠しきれていないが、当然知っているという体裁を取って立て直そうとしているのが見え透いている。
だが、何かボロを出すかもしれないので話を続けさせる。
「そ、そもそも……わたくしが会長に旅行券をプレゼントしたんですもの。むしろ、生徒会選挙を放っておく程にツアーを堪能しているみたいでわたくしも嬉しいですわ」
ボロというか、ボロボロに口から情報を落としまくる安栖。
会長の失踪は自分が手を引いたと白状しているようなものだ。
すると気持ちを持ち直したのか、腕を組みいつもの見下すニヤケ顔を浮かべられる。
「なので暫く会長は戻らないと思いますわよ。残念ですわね……もし憩衣さんを応援したいのでしたら、当てが外れましたわね」
「ん? 会長が戻れば憩衣の為になるのか……?」
「はい? そういう意味じゃ……もしかして、全部知っているから訊いたんじゃありませんの? えっ……?」
失言をしてしまったのかと、安栖はソワソワとした空気を身に纏う。
なんだか面白い光景だ。勝手に空回りしている安栖の姿は滑稽としか言えない。
いつも俺のことを馬鹿にしている顔が、今は間抜けに思える。
「わ、わたくしが選挙を操作したなんて指摘しても、むむむ、無駄ですわよっ! わたくしはただ、息抜きを提案してお金を出しただけですもの。あとは――ああっ、なんでもありませんわ」
見たことも無いほどビクビクしながら慌てた安栖は、ふんっと鼻を鳴らし、俺を人睨みすると、踵を返しだす。
「これでもわたくし、暇な緋雨くんと違って忙しいんですの。ではごきげんよう」
「ああ、また明日な」
別に明日会いたい訳ではないが、挨拶にはきちんと返す。
そのまま安栖は足早に何処かへ行ってしまった。
「しっかし、困ったな」
情報は引き出した。しかし、ここまで回りくどい方法を取られてしまえば、間接的にであっても選挙を操作したという証拠はないに等しい。幾らでも言い逃れが出来てしまう。
今の安栖は頭のネジが緩くなっていたが、それでも相手は安栖環那。用意周到で、抜け目がない女。相手を甘く見ていた訳ではないけど、厄介だとつくづく思い知らされる。
しかしこれで、黒幕が安栖だと判明した。
珠姫の手を借りるまでもなく、丁度駒月という邪魔者がいなかったタイミングで聞き出すことに成功したのは大きい。
下を向いていられない。
「そういや、話しっぱなしで喉が渇いたな」
生徒会でお茶は出されたものの、話を真剣に訊くあまり序盤あたりでしか飲んでいなかった。
ついでに憩衣の分も買っておくか、と近場の自販機へ向かう。
学園のICカードをポケットから取り出し、ミネラルウォーターをタッチしようとしたその時――何かが横からぶつかって来た。
「うおっ、一体なんだ……!?」
「た、助けてくださいっ!」
何処か既視感のある金髪のギャルっぽい……知らない女の子だった。
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