第41話 生徒会長失踪の足取り2

 放課後、約束通り生徒会室へと入るとそこには木崎副会長ただ一人。

 残りの面々が何処にいるのかはわからないけど、この時期は派閥で集まっているのかもしれない。

 まあ……木崎副会長とも初対面であるくらいなので、顔を見ても誰が誰なのかわからないけどな。


「失礼します」

「待っていたよ。ようこそ、生徒会へ。堀原さんと……そっちは緋雨くんだね」


 木崎耕助――インパクトの強い阿武隈先輩のお陰で目立ってはいないものの、その外見には目を引かれる。

 チリチリとしたスパイラルパーマのかかった紙にサングラス、そして黒いマント……何かのコスプレなのかと思えるような姿をしている。

 格式高いこの学園でも、外見についての規則が緩いのはこの先輩のお陰らしい。

 そうでなければ、珠姫などの派手に染めた髪も許されなかっただろう。


「初めまして。今日はお話を聞きたくって」

「そう堅くならないでほしい。ささっ、まずはそちらに座って」


 思っていたより物腰の柔らかな男だ。

 如何にも優しそうな先輩って感じがするし、この人が排斥派のトップだなんて信じられない。

 でもこの人――二年生で副会長なんて異例な位置にいるのは間違いないんだよな。

 聞いた話では、三年の広報が、彼の能力を認めその席を譲ったという。


「ほら、お茶でもどうぞ」

「あの……あまりお気になさらないで――」

「だから緊張しなくていい、堀原さん。僕はこれでも、君と話せる機会なんて在学時にあると思っていなかった」


 悪意は一切感じられない。

 しかしその言葉の裏には、憩衣が選挙で勝ち生徒会へ入る余地が最初からなかったかのような物言いと捉えられなくもない。


「今は少しバタバタしていてね。僕もこの時間は一息吐く時間にしたいんだよ」

「それって、会長が失踪したことについて……ですよね」

「よく知っているね。いや、珠姫くんと繋がりがある君達なら当然かな」


 機密情報を知っていると発言したのに、まったく動揺を見せない。

 というか、妙な感じがする。

 この男――俺に対して、いや特待生に対して、偏見を持っているようには思えない。

 安栖を代表にこれまで俺が会った排斥派とは違い、公平な視線で俺とも接してくれている。

 それが、不気味なのだ。


「言わなくてもわかる。僕が特待生に偏見を持っていないように見えて、不思議に思っているんだね」

「なっ……」

「ごめんね。心を見透かしたい訳じゃないんだけど、うちの会長とはいつも腹の探り合いをする仲だからね」


 会長――あの阿武隈先輩のことを思い出し、「ああ」と苦笑いが浮かべてしまった。

 一筋縄ではいかない相手に対する作法と言ったところか。


「ああ、勘違いしないでほしい。今の生徒会はみんな仲良しだからね?」


 サングラスの所為で目元は上手く見えないが、冗談ではないと身振り手振りをする。

 外見とのギャップも相まって、ムードメーカーになりそうな男だ。

 端的に言えば、面白い先輩なのかもしれない。


「今の生徒会は親交派と排斥派と中立派が1対2対1だけど、特待生支援には皆積極的なんだ」

「そうみたいですね」

「意外かな? そうだろうね。君達の学年にはあの安栖環那がいる。あれは極端な例だ。カリスマもあるし君達からすると厄介だろうね」


 まるで――俺が排斥派に対して偏見を持っているような諭し方。

 そういう話術なのか、本心で言っているのか、わからないからどう答えていいのかわからない。


「僕も排斥派だけど、選挙は公平に行われるべきだと考えている。優秀ならば派閥を抜きにして掬い取る」

「それは――俺もそうあるべきだと思います」


 困ったことに、その言葉すべてに善意しか感じない。それがどうにも胡散臭い。

 本当にこんな正しい人が排斥派のトップなのか、本当に疑わしい。

 いや、こういったところが彼のカリスマであり、気付かぬうちに自分の側に引き込む力を持っているのかもしれない。油断は禁物だ。


「恐らく君達は会長の失踪について知りたいんだろうけど、その前に生徒会のことをもう少し話しておくべきかな」

「それは――聞かせてもらえるなら有難いですけど」


 温厚に見えるが、俺はちょっと「この先輩、暇なのか?」などと勘繰りたくなってしまう。

 するとそんな心情を見抜いたように、木崎先輩は微笑み、話し出す。


「生徒会の活動の多くが特待生に関するものだ。派閥というものの存在からわかる通りね。ぶっちゃけると、その正体は悪い大人のゲームだ」

「どういう意味……ですか?」

「文字通りだよ。特待生の存在も含めて、この争いは学園の運営が意図したものなのさ。どの派閥が勝つか……というね」


 なんだ……それは。

 つまり、この学園が態々庶民を取り込んでいるのには、慈善の意味はなく……裏でトトカルチョのようなギャンブルの為だったというのか。

 おかしいとは思っていた。前世からずっと……この学園の生徒の特待生に対する当たりの強さは、異常だ。

 当たりが強いだけで上下関係がある訳ではないが、中には自ら彼らの下僕に成り下がっている特待生もいるのだ。


「その……勝ちというのは、どういう基準で?」

「最終目標は、どの派閥が生徒会を一色に染めるのかだよ」


 今までずっと……毎年二名さえ、同じ派閥の新生徒会役員が入った事すらないらしい。

 その意味が、分かった気がする。知っている生徒からすれば、死に物狂いで派閥に貢献する価値があったのだろう。


「それが果たせなくても、各年で有力視される派閥の生徒は卒業後、派閥のOB、OGから手厚く扱ってもらえるけど。例えば望む就職先があれば、コネ入社を可能にしたり……とかね。もちろん、その派閥の生徒として知られていなければ意味がないから、皆目立ちたがる」


 しかし、それは少しおかしい。

 それならば、何故排斥派が恵森千沙を支持すると表明しているのか。

 もう既に安栖の生徒会入りが決まっているから、今回は余裕を見せるというアプローチを取っているとか? それくらいしかない筈だ。


「そういえば安栖くん……もし彼女が排斥派を率いるようになって卒業を果たしたら、この国は変わってしまうかもしれないね」

「わ、笑えませんよ。それは」


 派閥が卒業後も意味のある影響力を持っているとすれば、最早この国を揺るがす権力。

 とても笑い話にはできない。


「少しいいですか?」

「前以って尋ねる必要はない。堀原さんも気兼ねなく話してくれると嬉しいね」

「私はそんなこと――知りませんでした」


 そうだ。もしも憩衣がそんな裏事情を知っていたら、俺にも教えてくれていたはず。

 そして各派閥が精力的に動いているところを見るに、上流階級の生徒達は入学前から知っていてもおかしくないくらいだ。

 なのに、国内屈指の財閥――その娘が知らないなんてあり得るのか?


「知らないと……思ったよ。この僕に会いに来た時点でね。恐らく、君のお姉さんが話していなかっただけだと思うけどね」

「……あっ」


 そこで気付いた。

 やけに珠姫が一般選挙に出るよう言っていたのは、これを知っていたからではないのか。

 だけど、どうして黙っていたのだろう。その一点だけが――やけに引っかかる。


「まあ概ね生徒会について話したところで、会長の失踪について話そう」

「あ、はい」

「正直――わからない」

「えっ……?」


 ここまで生徒会について話してくれたのは、会長の失踪について関わるからじゃなかったのか。


「失踪については、僕にとっても突然の出来事でね。ただタイミング的に、選挙を左右する策の一環なのかと見ている。事実、現役員推薦は覆ったからね」


 そこでハッとなった。

 失踪したという話だが、俺と憩衣は阿武隈先輩が授業をサボって学園にいたことを知っている。

 もしかしたら、憩衣の現役員推薦を取り消されたことも、彼女の策が関わっている?

 だけど憩衣の代わりは安栖という過激な排斥派。親交派の会長のすることにしては、やはり違和感が残る。


「僕としても、会長は友人だ。いない事を排斥派にとっての幸運とは思いたくない。それは僕の望んでいることかもしれないけど、それでも彼女が何か企んでいると信じているのさ」


 はぐらかされている……とは思わない。

 だけど何処か、何かを隠している雰囲気を隠しきれていない。

 それは彼の怪しげな外見が原因なのだろうか。

 或いは、暗に排斥派としての矜持を感じさせるからだろうか。


「どうにか、帰ってきてもらいたかったんですけどね」

「それは僕も同じさ。ところで――まだ話は終わっていないよ」


 残念に思う俺の言葉に対し、木崎先輩は待ったをかける。


「僕がわからないって言ったのは、失踪の理由についてさ。居場所なら知っている」

「なっ!? 一体、何処にいるんですか?」

「四国」


 ……冗談?

 今、四国って言ったよな、この人。


「ほら、讃岐うどんを食べる会長の写真がインスタで彼女の裏垢に載せられている。今は……まだ香川みたいだ」


 何故会長の裏垢を知っているのかはわからないけど、顔を隠しているとある写真を見れば一目でわかった。

 昨日の投稿から始まり、四国旅行ツアーの旅行券や、松山空港での写真……あとは空港の場所が愛媛県だったからか、『愛媛のみかん』という短い呟きと共に「みかん狩り」のファームで楽しんでいる会長の写真まで載っている。


「待ってください……会長って受験生、ですよね」

「鋭い指摘だね、堀原さん。その通りだよ」

「会長は、勉強がとても出来る方……なのですか?」

「出来ると言えば出来る。ただ天才肌ではなく努力家なのは間違いないね」


 努力家という言い方は、恐らく木崎先輩の目から見ても、受験を難なく突破できる能力はないように思える。

 しかし、木崎先輩は楽観的な表情を崩さない。


「これば僕の見解だが、会長はキャリアプランに拘っていない。彼女の実家は伝統工芸品を扱う職人の家柄なのさ」

「そういうことですか……この学園の会長が、というのは意外ですね」


 俺も憩衣に同意する。

 上流階級が揃う学園で、職人の出がどの程度の地位を持つのかわからないけど、それは会長の優秀さを際立たせる。


「それこそ、才能大好きな会長のことだ。堀原珠姫が立候補でもすれば……いや――手遅れかな」


 木崎先輩なりに考えてくれているみたいだが、やはり会長を連れ戻すいい考えは浮かばないようだ。

 とはいえ、会長にも何か選挙に関わる目的があって失踪しているのならば、厄介な話になってくる。

 今考えるべきは、憩衣が立候補する場合の勝ち筋だろう。

 今度は俺から、質問を投げかける。

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