第40話 生徒会長失踪の足取り1

 昼休み、久しぶりに堀原姉妹を含めた三人で食卓を囲むことができた。

 生徒会選挙のことを話し合う為である。俺はてっきり憩衣が珠姫と話しているものだとばかり思っていたが、そうではないらしい。

 今思えば、誰よりも姉のことを考えている憩衣がその名前を挙げなかった時点で察するべきだった。

 ここ数日の教室で珠姫は一切その話題を口にしなかったし、何やら忙しそうにしていたが――。


「憩衣ちゃん、あたしは一般選挙に出た方がいいと思うよ」


 席に着き開口一番、珠姫の考えを告げられた。

 単に一つの意見とも捉えられるが、それが珠姫の口から出たことに若干の戸惑いを覚える。

 いつもの珠姫ならば、ここで憩衣の好きにすればいいと決定を委ねるところ。

 こんな直球に傾いた言葉が出てくるとは思っていなかった。


「珠姫の意見はわかった。一応根拠を聞いていいか? 正直、今のままじゃ勝ち目がないんだ。恵森千沙って子が――」

「知ってるよ」


 至って真剣な顔を向けられる。

 そこで気付いた。珠姫は珠姫なりに情報を収集していたようだ。

 今日の集まりを提案したのは珠姫――すなわち、彼女なりの結論が出たとみるべきだろう。


「それでも憩衣ちゃんは挑戦すべきだよ。安心して。お姉ちゃんがいれば百人力だから。それで根拠だったね。デメリットがほぼないし、何より学園内で権力を持てるところがいいかな」

「えっ……?」


 それだけ?

 珠姫の根拠は、俺でも知っているレベルの知識。

 拍子抜けだ。デメリットがほぼないと言っているが、選挙に負けたという恥は後で必ず突かれるだろう。自信過剰なのかわからないけど、考えが甘すぎる。


「珠姫、落ち着いて聞いてくれ。事はそう単純じゃないんだ。選挙に負けた時のリスクはあるし、メリットが釣り合わないと思わないか?」


 権力がどういうものか。恐らく堀原家の長女である珠姫はよく知っているのだろう。

 社会勉強にその味を妹に教えてあげたい気持ちがあるのかもしれない。

 だけど、それは押し付けるものではないと思う。


「でもね、それで憩衣ちゃんが学園内で権力を持てば、それは特待生――いや、累くんの待遇を変えられることに繋がるかもしれないんだよ? それはメリットじゃない?」

「そ、そう言われれば……そうですね」


 静観していた憩衣が口を開き珠姫に同意を示した。

 その瞬間、何故だか胸騒ぎが止まらなくなった。


「待て待て、早とちりだ。そもそも俺の待遇改善なんかを目的にしないでくれ。憩衣がやらなくたって、例の恵森さんが何かやってくれるだろ」

「――――っ」


 言った側で気付いた。今のは失言だった、と。

 憩衣が珠姫の意見に傾いたとすれば、それは俺の為だ。それを代わりの誰かで事足りると言葉にしてしまうのは、あまりに失礼だった。


「……累くん。そんな言い方はないよ」

「ごめん、憩衣。そんなつもりはなかったんだ。憩衣のことは信頼している。それでも俺を理由にしてほしくなくて……」

「大丈夫です。累を疑っている訳ではありませんから」

「はぁ……あー、ごめんね。態々指摘することじゃなかったか、にゃー……」


 こういう時こそいつもムードを和ませる珠姫が申し訳なさそうな顔を見せる。

 珠姫も揚げ足を取ろうとした訳じゃないだろう。

 むしろ俺の失言について弁明の機会を得られなければ、それこそ心残りに残させてしまったかもしれないのだから。


「でも累くんの間違っている点はもう一つあるね」

「もう一つ……?」

「恵森さん程度にはね、特待生の待遇を変えるなんて出来ないんだよ」

「それは……どうして?」

「根拠を聞かれると困っちゃうんだけど、わかるんだよ。あたしには――恵森さんには無理だってね」


 その言葉に「はい、そうですか」等とは言えない。つまるところ、俺の中で納得のいく答えじゃない。

 そんな俺の心情を察したのか、憩衣がテーブルの下で俺の手を握ってくれる。


「本当ですよ、累……珠姫の直観は当たるんです。それだけは、累にも信用してほしいのですが……」

「ああ、いや。特待生の待遇について思うことがないなんて言えば嘘になるけど、そこまで求めている事でもないから……」


 俺が出したのは、それが真実だろうとどうでもいいという回答。

 納得はできない気持ちが燻ぶっていると感じる。

 頭を冷やそうと、氷の入った麦茶を一気に飲んだ。

 どうしてだろうな。多分、珠姫が選挙に出るべきだという固い意思を持っていたから、逆の立場として意見を出したかった。

 別に憩衣が一般選挙に出る事に対して、反対している訳でもない癖に。


 それでも……憩衣に選択肢を見出してほしい。

 でなければきっと、いや絶対に、憩衣は珠姫の意見に流される。それがどんなに根拠が薄いものだとしても、だ。

 迷い続けている憩衣が誰かに背中を押して欲しいと考えているのは察せられる。

 だから珠姫が憩衣の為を思って促しているのはわかる。

 しかし……しかしだ、そうやって珠姫が頼れる姉でいる限り、憩衣の恋心は終わらない。

 突き放せと言いたい訳じゃない。ただ自立を促すのに正しい判断だとは思えなかった。

 今の俺と珠姫は、さながら娘の進路を決める親のような気持ちを抱いていると言えるだろう。


「ともあれ、あたしは面倒くさいって理由だけで立候補しないなら、それはちょっと違うと思うよ。たとえ立派なマニフェストがなかったとしてもね」


 ここまで珠姫が言うのだ。憩衣の意思じゃなくても、生徒会入りが本当に憩衣の為になるのは事実なのだろう。

 恐らくここまで頑ななのはリスクを含めて考えている。正直、俺がこうして揺れているくらいだ。


「……もう少し、考えさせてくれませんか?」


 しかし憩衣は流されず、最後には保留に持ち込された。

 俺が心配するまでもなく、憩衣は憩衣なりに選挙のことを重く捉え、慎重に考えている様子だ。


「うん。最終的には憩衣ちゃんが決めることだしね。出るって決めたらあたしと累くんも全力で応援するから」

「まあ、そこはそうだな」


 やけに珠姫が答えを急いでいるような気がしたけど、もしかして憩衣が出ると決めた場合、今からできる準備があるから……という意味があるのかもしれない。

 頭ごなしに否定意見を挙げたことが、ちょっと情けなくなってきた。

 憩衣の意思を尊重したい……だけど、悠長にしていられるほど、選挙は甘くないのはもう既に知っていることなのに、だ。

 憩衣の為とか思っておいて、空回りしていたのは俺の方だったのかもな。


「今回の生徒会選挙、きな臭いのはあたしもわかるけどね。阿武隈先輩が失踪してから全てが可笑しくなってる。それでも――」

「ちょっと待て!」


 思わず言葉を遮ってしまった。聞き逃せない単語があった。


「会長が失踪した? なんだそれは」


 憩衣と目を合わせる。やはり憩衣も知らない様子。

 すべての歯車が狂ったのが、会長の失踪から始まったとしたら、それはおかしい。

 何故なら俺と憩衣は会長に会っている。それも憩衣が現役員推薦を取り消された後での話だ。


「珠姫、私と累はこの前、阿武隈先輩と会っているのです。失踪というのも初めて知りました」

「……知らないのも無理ないと思うけど、間違いない話だよ。阿武隈先輩は学校に来ていない」

「でも……あっ」

「そうだ……阿武隈先輩は授業には出ていないと言っていた。まさか――」

「あの時には既に失踪していたということですね」


 辻褄が合ってしまった。

 会長が何用で学園にいたのかはわからないけど、失踪扱いになっているだけで本人は元気そうだった。一体何が起きているというのか。

 阿武隈先輩の失踪から全てが始まった……ともすれば、すなわち会長の不在が現役員推薦の対象を覆したと考えるのが自然だろう。


「つまりこの事態は会長が仕組んだこと……なのか?」

「いえ、それはないと思います。それなら私に、一般選挙に出るようには言わないはずですから」

「そ、そうだよな……」


 どういうことだ。答えが見えたと思ったのに、すぐに破綻してしまう。

 でもおかしい点は残っているのだ。

 あの時まだ学園に残っていて、会長は憩衣の状況を知っていた。ならば会長が生徒会へ戻れば、現役員推薦は憩衣のままだったのではないだろうか。

 ――一体、何が目的なんだ。

 糸口が見つからない。探すしかないのか。


「……そういえば、会長の失踪の件を知っている一部って、どの範囲だ?」

「表向きは欠席ってなっているし、戒厳令が敷かれているから、本当はあたしが知っているのもよくないんだけどね。生徒会役員と、教師の一部かな」


 十分な情報だ。

 俺もかなり調べておいて出てこなかった情報。伏せられていることには気付いていた。

 そして――。


『どの道、今の生徒会には特待生を気にかける余裕も、選挙について考える余裕すらありませんので――――』


 安栖が言いかけていた言葉。

 前半の言葉だけなら、派閥の活動で忙しいと納得できたが、後半の言葉がよくわからなかった。

 ずっと奥歯に何か挟まったような気分だったが、ようやく合点がいった。

 やはり――安栖が裏で糸を引いているのか。

 明らかに彼女は事情を知っている。

 今の生徒会はトップが親交派であり、特待生に対してかなり積極的に動いてくれている。

 その余裕がないというのはすなわち、会長の不在が理由だろう。

 そして、会長の不在を知っているからこそ、安栖はああ言った。


「累くん、何か気付いたのかにゃ?」

「ああ。推測の段階だけど、黒幕に見当が付いた」


 安栖を相手にするのは明日にでもすればいい。ほぼ確定だしな。しかし何度もボロを出してくれるとは思わない。


「もしかして、すずみん?」

「まあ、な……」


 流石に珠姫はこれだけで気付くのか。まあ、一応今朝の話は珠姫も一部会話を聞いていたみたいだしな。

 とはいえ、安栖については彼女の友達らしい駒月優奈が緩衝材のような役割を担っている。

 狙うなら、駒月のいないところを狙って話しかけたいところだ。


「コマさんが邪魔なら、あたしが何とかしよっか」

「出来るのか?」

「ちょいちょい、あたしを誰だとお思いで? 天下の珠姫様に不可能はないんだよん」


 それは随分と頼もしい言葉だ。

 しかし珠姫……「コマさん」ってそんな風に駒月のことを呼んでいたっけか。

 安栖を「すずみん」呼びしているのは何度も見たことがあるけど、駒月とは関わりさえ見たことがない。意外な繋がりだ。


「実は今日の放課後、木崎副会長と会う約束をしている。そこでもう少し探りを入れたい」

「ふふっ、憩衣ちゃんの立候補には反対みたいだったのに、やけに協力的だねぇ」

「珠姫が言ったんだろ。もしも出るなら応援するって。俺もその準備くらいはしておくさ」


 そこで、俺の袖を摘まむ憩衣に気付く。


「累、ありがとうございます」


 未だに悩んでいる憩衣のことだ。その表情は、やや険しい。俺達の話から安栖という敵がいることを知り、何を思っているのだろうか。


「俺達の動きを見て立候補しなきゃ……なんてことだけは思わなくていい」

「いえ、そうではなく、私……あまり話し合いに参加できていませんでしたから」

「憩衣にはこの後頑張ってもらうつもりだ。その時、頼むよ」


 そう言うと、憩衣の顔色は明るくなってきた。

 実際、木崎副会長との話し合う為に憩衣の存在は不可欠。どころか、相手は排斥派筆頭なので俺の話を聞かなかった時の為にも、憩衣には頼りたい。


 しかし派閥が絡むと、面倒極まりないな。

 安栖みたいな例外を除けば、二年生になる頃には皆、所属したい派閥を表明するものらしいけど、無難な中立派一択だろう。

 年によってはリーダーシップを持つ生徒が仕切って、選挙には公平に投票させたりさせるみたいだが、今は生徒の自主性に任せている平和な派閥らしいからな。

 まあ……そもそも特待生の立場で所属できるのか、知らないけどな。




NOTE-


『生徒会概要』

毎年二名が追加され、役員四名で運営される。

現生徒会は、親交派の生徒会長(三年)、排斥派の広報(三年)、排斥派の副会長(二年)、中立派の書記(二年)で構成される。

生徒会役員は毎年、現役員推薦と一般選挙にて一名ずつ選ばれる。


『現在の動向』

・生徒会長、阿武隈永遠が失踪。

・堀原憩衣が現役員推薦を取り消され、その権利を安栖環那に奪われる。

・安栖環那がそれらの黒幕と容疑がかかる。

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