第38話 情報収集
「それで俺に目を付けたという訳か」
生徒会選挙に関する情報を仕入れる際、俺が使える人脈なんて殆どない。
そこで話しかけたのはクラスメイトの小野寺。
新聞部の生徒であり、以前は憩衣との交際を根掘り葉掘り聞いてきた男だ。
「まぁ気を遣ってくれたようだし、俺にわかることなら話すよ」
表立っての接触を避けたことが好印象だったのか、快諾の意を表明してくれる小野寺。
交際の件を広めた主としては、負い目があるのかもしれないが。
「そうか良かった。早速だが、もしも憩衣が一般選挙に出た際、勝ち目があると思うか?」
「個人的には、難しいかもしれないね。まず現役員推薦が取り消されたという事実が汚点だ」
普通ならば支持率が高い憩衣も、かの一件が足を引っ張るという点は同意できる。盲点だった。
憩衣ならば目指すだけで可能性があると思っていたが、厳しいらしい。
「それだけでなく、競争相手がやや強いかな」
「競争相手……?」
「恵森千沙――親交派が支持する特待生の女子。彼女は強いよ。前の試験でもあの安栖さんを凌いで二位という逸材だよ?」
名前を知ってはいた。
あの試験結果には、かなり堪えたからな。
俺よりも優秀な特待生の二人のことは流石に憶えている。
「君も惜しいね。有望な特待生がいる年に親は、交派が決まって目を付けるから……一応、緋雨にも可能性はあったのに」
「まあ、優秀な特待生が多かった年なんだろ。いいことじゃないか」
とはいえ、無視できない有望株の存在をどう切り崩すか。
今の憩衣を支持する層と言えば、俺の存在が気に入らない排斥派が離れるだろう。
問題はその後――離れた排斥派が支持する候補について。
正直、憩衣でなくても適当な相手であれば良い。そんな甘い考えを見透かすように、小野寺は話を続ける。
「一番の問題は、排斥派までもが恵森さんを支持している部分だね」
「はあ? なんで排斥派が特待生を支持するんだ!?」
競争相手が強い理由までは納得できたが、それは前代未聞だ。
排斥派は特待生を認められないからこその派閥じゃなかったのか? そこを支持するのは本末転倒に思えるのだが。
「理由は俺にもわからない。ただ間違いのない情報だよ。排斥派筆頭の木崎副会長が喧伝している」
下唇を甘噛みする。
その事実を話す小野寺の顔が、憩衣の不利を物語っている。
憩衣はまだ一般選挙に出ると決めている訳じゃない。
でも、もしも出るとして――勝ち目のない戦いに挑むならば、俺は選挙への参加を見送るべきだと思う。
彼女は生徒会に入りたいと熱心ではない。それどころか、悩んでいるレベル。
ここまで俺の所為で彼女が貶されているのに、態々これ以上汚点を増やしてほしくないのだ。
「そして親交派はもちろん、中立派まで揺らいでいると見える」
追撃は終わらなかった。
ただ情報収集をするはずが、聞かされる話に希望は一切抱けない。
詰みのような盤面に、俺は半笑いにしかなれなかった。
「おい、そりゃ……どういうことだ?」
「中立派の動きは至って自然だよ。例年、現役員推薦で選ばれなかった派閥の支持に傾くのは通例なんだ」
つまり憩衣は……排斥派の生徒だと思われているということか?
いや待てよ。それはないだろ。
本当に排斥派の生徒が特待生の彼氏なんて作ると考えるのか? 少し考えれば変だとわかるはずだ。
しかし小野寺の口振りから察するに、憩衣は排斥派として見られているようだ。
理由がわからない訳ではない……一番大きな理由はやはり、その大きすぎる家柄だろう。
「なんで――憩衣ばっかり不利な状況なんだよ」
「正直……これは俺の推察なんだけど――それでも聞くかい?」
「ん? ああ……聞かせてほしい」
あまりにもおかしい。徹底して憩衣に対して厳しすぎる展開に、もしも裏があるとするならば、暴いてやりたい。
「その様子だと知らないみたいだが、恐らく今朝の出来事が原因だろうね」
「え……?」
「堀原妹……どうやら排斥派の一部から君との交際を辞めるように圧力をかけられていたみたいだ」
「…………は?」
なんだそれは。
憩衣からそんなこと……何も聞いていないぞ。
「心配しなくても彼女は断ったよ。まあ断ったことで、反感を買った――その当てつけで対立位置の恵森さんへ支持を転換させた。俺はそう睨んでる」
言葉が出ない。
そんな理不尽なことがあるのだろうか。
というか、時期的に憩衣が一般選挙に出る可能性を縫って狙い撃ちしているようにしか思えない。
そうだ……あまりにも作為的だ。
「誰かが――憩衣を疎ましく思って誘導している……?」
「大いにあるだろうな。…………口にするのは怖いところがあるけど、安栖さんとかね」
俺が怒りを燻ぶらせていることを察したのか、言いにくいことを言ってくれる小野寺。
排斥派の生徒が行ったという点から、安栖は相当怪しい位置だ。憩衣……というより、俺に対する嫌がらせをしそうな筆頭でもある。
***
放課後、恋人アピールも含めて憩衣と横並びに帰りながら喫茶店へと寄る。
何も訊かずに付いてくるあたり、以前より彼女から警戒されていないのだろうけど、妙に距離が近いところを責めればいいのかわからない。
というのも――。
「聞いた話なんだが、交際を辞めるように言われたんだって?」
「はい。当然ですね」
あくまで偽装交際。憩衣が不利益を被るなら、幾らでも否定してくれて良かった。
それなのに、なぜか清々しく言ってのける彼女の気持ちが理解できない。
「……一応言うが、否定しても良かったんだぞ?」
「本気で言っているんですか?」
俺としては、嘘である関係を無理して守る必要性を感じない。それでも憩衣は俺の言葉に対して眉を潜める。
「私は今の生活、結構気に入っているんです。変えたくないんです。否定なんて絶対にしませんし、累も軽い関係だと思わないでください」
「お、おう」
剣呑とした雰囲気を醸し出す目の前の少女相手に、文句を付けることなど出来なかった。
絶対にバレてはいけないと思うし、生徒会選挙に関わってすぐに別れ話に至らなかったことからも、軽く考えてはいなかった。しかし憩衣は俺よりも重く受け止めている様子。
「ただでさえっ、累のことを馬鹿にするような言い方されて私……怒っていますので」
「……っ」
もっと単純な話だった。
いつも落ち着いている憩衣だが、以前の試験順位発表の時など怒る時は怒る。
わかっていたはずだけど、そう言われてしまうと何も言えなくなる。庇われた身としては、嬉しいと思ってしまうからだ。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔……言っておきますが、私は友達が馬鹿にされたら普通に怒ります」
「いや、わかっている。ありがとうな」
「~~っ、いえ、当然のことです」
猫舌でもないはずなのに、熱いコーヒーにふぅふぅと息を吹きかける憩衣。
これは照れ隠しと見た。
「因みに聞くんだが……一般選挙、どう思っているんだ?」
「考え中です。正直、出なくてもいいとは思っているのですが――」
「ん? 何か思うところがあると」
「はい。私を支持してくれている生徒も少なからずいますので、声を、かけられまして……」
本人は乗り気ではないものの、期待に応えたいという気持ちはあるらしい。
その姿勢には、俺も悩ましく思わされた。
珠姫至上主義の憩衣が、他生徒の意見をくみ取っているという事実。これを珠姫が知れば歓喜のあまり踊り出しそうな事態なのだ。
「……はっきり言って、一般選挙は厳しいみたいだ」
「知っています。恵森さんのことですよね」
憩衣もまたその程度の情報は仕入れていたらしい。絶望に叩き落すようなことにならなくて一安心ではあるが、険しい道とわかりながら彼女に歩ませたいとは思わない。
尤も、最終的に決めるのは憩衣だが、情報は共有しておくべきだろう。俺は小野寺から教えてもらった話を基に自分の考察を付け加えた話をする。
「――妙ですね。全派閥が恵森さんを支持するなんて……厳しい戦いだとは存じていたつもりなのですが」
事態を把握してもなお、冷静な顔つきを崩さない憩衣。
彼女は心配するまでもなく、流石のメンタルの持ち主だった。
有利不利では考えを変えない……そんな意思は訊かずともわかってしまう。
「そこで一つ提案があるんだが」
「何ですか?」
「木崎副会長……排斥派のトップにアポ取って直接訊いてみるっていうのはどうだ?」
黒幕がいるにせよ、憩衣が諦めないのならば本格的に探りを入れるべきだろう。
今の現生徒会ならば、憩衣のコンタクトを無視はできまい。
俺の提案は、憩衣の二つ返事で快諾された。
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