第37話 生徒会選挙について

 陽創学園の生徒会は少し変わっている。

 まず役員が四名しかいない。一年が追加され三年が引退するまでは六名になる時期もあるが、それも引継ぎの為だ。

 そして何より他の学校と違うところがある。

 すなわち派閥――この学園では長年に渡って特待生を受け入れるか否かが議論されている。

 上流階級のみの学園というブランドに誇りを持つ生徒が多い排斥派。

 庶民との交流をも社会勉強と考え受け入れる器を持つ生徒が集う親交派。

 そしていずれにも属さない中立派の三派閥。

 生徒会の生徒が、いずれかの派閥で埋まることは過去なかったという。


 別段、定員に独占禁止法のような制度が設けられている訳ではなく、その理由として主に大きいのが選挙制度だろう。

 毎年、二名選ばれるが、同時に選ばれることはない。

 一名が現役員の過半数以上の推薦によって決まり、もう一名が一般選挙によって決まる。


 前者は、基本的に生徒会の中で最も多い派閥の現役員が推薦する生徒になる。四名しか在籍しない中で、三派閥あるとすれば、それは必然。ただし、二名ずつで推薦する人物が別れた場合は、議論によって決めるらしい。

 そして後者は、現役員推薦が終わった後に行われる。前者で選ばれなかった派閥が選挙に力を入れるし、中立派も傾く。それ故に、生徒会は一色に染まらない。

 それだけ聞くと常にギスギスした環境だというイメージが強く思えるかもしれないが、そうでもなかったりする。

 特に――親交派筆頭の阿武隈永遠が率いる現生徒会はとても平和な世代として知られている。

 それも、会長が優秀なのだとか。


 まあそれがどうした……という話なのだが。


「推薦を取り消された?」

「はい。そうみたいです」


 広い学園校内の某所、今日こそは変装を辞めた(とはいえ髪色は変わっていない)憩衣に呼び出された俺は、話を聞かされた。

 そろそろ行われる生徒会選挙に関して、俺達は無関係ではなかった。俺達は……というより憩衣か。

 話によると彼女は現役員の推薦枠として既に選ばれていたらしいのだが……。


「もしかして――」

「違いますっ」

「まだ何も言ってないだろ」


 俺の所為か? ――そう言おうとした口を塞いでこようとされる。

 以前より妙に距離が近い憩衣に落ち着けと促す。


「それでも累の口から言われるのは嫌なのです。上流階級でもない男と交際を結んだという虚言が結果として物議を醸し、私が生徒会に相応しくないと称された。それだけです。累の責任はありません」


 偽装交際――憩衣とは本当に付き合っている訳でもなく、彼女の男性不信を克服させようとしたのが発端の提案。

 その本当の目的は憩衣にとって愛しの姉と距離を取る為の策略だったようだが、今もなお続けているのは、全て明らかになった後でも彼女自身が何も言わなかったからだ。

 正直、姉のことが好きで堪らない彼女にとって、俺と一々付き合う必要はない。とんだ茶番だ。

 将来の義兄としては、引き離されないことは嬉しいことなので、俺から何か言う事はしない。

 まあ男子達からの告白を減らす為、体のいい虫よけとでも思ってくれているのかもしれないが。


 ともかく、俺達の交際を良く思わない連中が憩衣から支持を変えたという話。

 憩衣は俺に責任がないと言ったが、俺という存在が彼女にとってディスアドになっているのは間違いない。俺が二次元オタクとして馬鹿にされていなければ、もっと勉強が出来て評価されていれば、彼女の地位もそのままだったかもしれない。

 その点に関して、憩衣に違うと言われようと俺の気持ちは変わらない。


「……因みに、憩衣から変わったとなれば、誰が選ばれるんだ?」

「安栖さんですね」


 驚きはしない。何故なら現生徒会は会長こそ親交派ではあるが、残りが二年生の副会長と三年生の広報が排斥派、書記が中立派の生徒らしい。

 すなわち、半分が排斥派……一年の中であそこまで目立つ排斥派の生徒がいれば、推薦されておかしくない。


「累に責任がないと言ったのは、それも含めてですよ。きっと安栖さんが私達の交際話を上手く利用したのでしょうね」


 なるほど……そういう可能性もあるのか。

 一理あるかもしれない。というか、如何にもあの安栖がやりそうな事だと思った。


「……それで、憩衣は一般選挙に?」

「どうしましょうか。正直、どちらでもいいというのが本音ですね。珠姫がなろうとしないような立場に、態々なる意味を感じません」


 迷う余地を残しながらも、きっぱりと言う憩衣。

 そうか……憩衣に未練が無いのなら、俺も責任に思う必要はないのか。

 まあ俺の所為で憩衣が蔑まれているという事実には腹が立って仕方ないのだが。


「ちょっといいかい?」


 ――ふとそこで、背後から肩を叩かれた。

 まったく気配を感じなかった為に、鳥肌が立った。

 振り向くとそこにいたのは、リボンの色から三年生だとわかる女子生徒。


「阿武隈会長……?」

「久しぶりだね、憩衣くん」


 俺に話しかけてきた先輩の正体は、訊かずとも憩衣が教えてくれた。

 阿武隈永遠――言わずと知れた我らが学園の生徒会長である。

 丁度タイムリーな人物の登場に、戸惑う。

 先ほどまでの話を聞かれていたら、どう思われるだろうか。愚痴を言っているように思われたら少し不本意かもしれない。

 などと考えていると、濡羽色の髪が目立つ高身長で風格のある女の顔が、俺の顔とグイっと近づく。


「そして君が噂の? なるほど、確かに容姿は整っているな。すぐにわかったよ」

「緋雨累です。よろしくお願いします、会長さん」

「ふふっ、君も私のことを知っているようだが、顔までは憶えてもらっていなかったらしいね」


 直球な言葉に、息を呑む。そこに含まれる嫌味は皆無だが、故に恐ろしさを感じた。

 何も不安に思わず淡々と相手を分析してのけたということ。それも俺の顔をじっと見つめられながらである。


「私の彼氏を揶揄わないでいただけますか? 阿武隈先輩」


 二の句が継げぬ俺に助け船を出してくれたのは憩衣だった。

 俺と会長の間に入り込み、やや怒気を孕んだ言葉で引き離す。

 対して、会長も余裕を崩さない。それどころか、彼女の口元は三日月の形を作っていた。


「ちょっと面白くなってしまったようだ。すまないね、まさか憩衣くんが彼氏など作るとは思わなかったから、確かめさせてもらったのさ。だけど、どうやら本当に交際しているらしい」

「…………ッ」


 俺の顔をよく見たいなんて、人間観察みたいな趣味があるとは元々思っていなかった。いや、憩衣の様子を確認するという点では同じか。

 ともあれ、彼女には油断も隙も無いことがよくわかる。

 何とか憩衣の起点によって誤魔化せたが、まさか交際そのものが疑われるとは思わなかった。

 その洞察力といい、初対面にも関わらず圧倒されるばかりだ。


「そもそもこんな人気のない場所でこそこそと……何をしていらしたんですか?」


 何故か早口になった憩衣がそう訊くと、会長は「おっと」とばつが悪い顔になる。


「ああ、それは今日、私が欠席していることになっているからだね。おっと、探りはいれないでおくれよ。私にだって事情があるのさ」


 シニカルに笑う先輩からは威厳を感じながらも、その内容には悪童のような企みの香りを嗅ぎ取る。

 しかし俺にとっては特待生を受け入れようとしてくれている派閥の筆頭なのだし、その努力があって今の風当たりは弱まった方らしいので、野暮なことは言わない。


「それより君達に話があるのさ。といっても、憩衣くん相手にお願いしたいことかな」

「……生徒会選挙の件ですか?」

「ご明察。と言っても、タイミングでわかるかね。もう知っていると思うが――」

「現役員推薦が期待できないことはお聞きしました」

「率直に言おう。一般選挙、出てみないかい?」


 その言葉に、憩衣はキョトンとする。


「……珠姫ではなく、私がですか?」

「そうとも。彼女は頑なに断るじゃないか。無理強いはしないのだよ。そんなことで嫌われたくないからね」


 それは暗に、珠姫が出るならばそちらを支持すると言っているようなものである。

 話のすべてに追いつけている訳ではないが、そんな俺でも難色を示したい言葉だった。

 しかし、憩衣は淡々と話を続ける。


「私が出る意味は何ですか……?」

「珠姫にお願いしない理由は、私の感情だけの問題じゃない。彼女の素晴らしさを、才能を、何故か生徒達は認めてくれないらしいからだ。まったく見る目が無いとは私も思うとも。まあそれに比べて、君には決して少なくない支持層がいる」

「……私が出なかった場合、その支持層が排斥派に回る懸念ですか?」

「話が早いね」


 会長は生徒会の新メンバーが二人とも排斥派になることを危機として見ている……ということか。

 しかし特待生と交際している事実を知っていても残っている憩衣の支持層って、中立派が殆どだと思うのだが。

 いや、選挙の決め手となる中立派だからこそ……注意深く考えているということか。


「……考えておきます」

「それで充分さ。それでは、私も暇じゃないのでね」


 そう言うと、会長は忍び足のまま颯爽と去って行った。

 俺はあまり言葉を交わしていないのに、ドッと肩の力が抜ける。

 そこで俺の身体に横から寄りかかる少女がいることに気付く。


「すみません、累。ちょっとあの人苦手で……」

「ああ、いや……わかるよ」


 どうやら緊張感を抱いていたのは、俺だけじゃなかったらしい。

 むしろ、よく堂々と話せていたものだと感心した。


「あの人、絶対に珠姫を狙っているんです。ハイエナのような臭さを感じます」

「ああ、そっち……」


 どうやら俺と同じ気持ちを抱いていた訳ではないらしい。

 確かに話を聞いていた限り、なんか珠姫を褒めていたし、警戒する気持ちも理解できる。


 それにしても生徒会選挙……面倒くさいイベントが始まったようだな。

 未来の義妹の身体を支えながら、ひしひしと感じ始める。

 何も言わない以上、憩衣もまだ完全に出る出ないの決心は付いていない様子。

 俺も調べられることは調べておくか。

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