第36話 両立しない想い / Side Ikoi
気持ちを打ち明けること――その困難さは恋する者の誰しもが苦悩するものだろう。
しかし苦悩するばかりで踏み出せないならば、従来ちょっとした勇気で告白などは行われない。
すなわち、私が今抱えている想いはそんな単純なものではなく、相応の葛藤を秘めている。
――未だ本人すらも気付いていないだろう累への依存。
――憧れ続けた姉へと募り続ける恋慕。
この二つの想いは決して両立し得ないものだという事を私は知っている。
「私が男性を苦手としたのは、最初こそアピールの一貫だったのですから」
恋をする相手として絶対に男を選ばないという覚悟。
私には姉しかいないという決して折れない一途な気持ちの証明。
累への恋心――否、依存を知られてしまえば、今までの努力が水の泡になってしまう程の惨事に繋がる。
『ほら、やっぱりあたしじゃなくていいじゃん』
もしそんな事を言われてしまえば、立ち直れなくなってしまう。
しかも相手が男ともなれば、それが女として当然の本能だと疑われてしまうかもしれない。
「でも、一方を切り捨てることなんて……私には」
自分でも気付かない程に、累に対する想いは深く根付いていた。
もっと彼の近くにいたい。もっと彼と触れたい。
そして珠姫ではなく自分を見てほしい。
「きっと私は……欲張りなんですね」
累からも珠姫からも私だけを見てほしいなんて、強欲にも程がある。
ならば、せめてこの気持ちを共存させる方法を考える。その一環にて選んだ一つの方法――それが入れ替わりだった。
「お姉ちゃんの代わりになって累に可愛がってもらう。思っていた以上に、悪くないですね」
入れ替わりは、下着まで憧れの姉がいつも身に付けているものを使っている。
周りからはまるで姉のように扱ってもらって、病みつきになる程気持ち良かった。
ただ想定外ではなかったものの、やはり累を騙せはしなかった。彼の私を見る目は、きっと未来永劫「堀原憩衣」に対するものなのだろう。
不思議な気分だ。彼だけに見つけてもらえた事に、喜びを覚えている自分がいる。
「あんなにも憧れたお姉ちゃんになりきっていたのに、どうして貴方だけは――ずるいですよ」
珠姫のように扱って欲しいという気持ちが最初望んだもの。
しかし、彼が私に求めるものがあるのなら、それは憩衣としての私に対するものであってほしい。
「もしかしたら、だから私は――珠姫になりきることができたのかもしれませんね」
今までだって、珠姫の格好をしたことは何度もあった。彼女が風呂に入っている間、脱ぎたての服を洗濯機から取り出して着用するような、そんな変態みたいな行為に及んだことだって一度や二度じゃない。
それだけ格好だけでも成り切ろうとして、姉と同じようになろうとしなかったのは、ちょっとだけ寂しさがあったから。
お姉ちゃんになった私の憧れを誰かに肯定してもらいたくて――その相手がきっと、累だったのだ。
姉に扮して累を遊びに誘ったのは、あくまで私の計画があったから。計画の上だったからこそ、姉の格好をする事に躊躇はなかった。
しかし、彼はそれを暴いた。暴いた上で、こんな私の気持ちを肯定してくれた。
言葉にされなくてもわかる。彼は限りなく私の気持ちを尊重してくれたのだから。
故に――彼の胸に顔を埋めたくなるような依存は必然的であり、その足取りがわかっていても断ちたくない繋がりだと思ってしまったのだ。
「累っ、累っ、累っ……」
そんな彼相手だからこそ、私は思わざるを得ない。
どれだけ残酷であっても、こんな最低な私だから。
――私を見ないで、お姉ちゃんとして扱って欲しい。
狂いたくなる程の苦しさと共に、こんな私のアイデンティティを壊してほしい。
両立しない二つの気持ちが辿り着く終着点には、もう想像が付いていた。
その上で、数ある私の未来を選ぶことを、私は放棄している。
「どうせなら、累の望む私になりたい」
愛しの姉が望む「堀原憩衣」には決して至れないのだから、消去法的に残る選択はそれのみ。
そっと指で自らの唇を触ると、まだ累とキスした時の感覚を憶えていた。
思い出すと同時にふわふわした感覚が頭の中で膨らみ、委ねるように身体全体の力が抜ける。
「こんなダメな私を、どうにかしてください」
彼の事を考え始めてから、何度も胸が熱くなり、火照るように力が抜ける。
理由はわからない。ただ抗おうとも思わず、またその想いに耽る。
いつしか私の世界を支えていた柱は、一つから二つへ増えていたのだ。
***
毎日姉と入れ替わるつもりはないけど、姉の交友関係に妙な部分を見つけた。
「マキさん、今日も可憐だね〜、食べちゃいたいくらいだよ〜」
駒月優奈――安栖環那の腰巾着にして女子達のマスコット的なフワフワしたイメージしかなかったから、放課後彼女に呼び止められた事に少し驚いた。
「駒月さんにそう言われると、照れますなぁ」
「ん〜? いつもみたいにコマさんって呼んでくれないの〜? それとも、そこまで警戒〜?」
珠姫が彼女のことを私に話したことなんてなかった。
それが故に二人の関係が見抜けない。
ただ話から伝わってくるのは、一方的に駒月さんの方から珠姫に接触を図ろうとしていること。
「そうだねぇ、どう思うかにゃ?」
故にこちらも探りを入れる。
「う〜ん、わかんな〜い。私はただ将来的にマキさんを頼るかもしれないから、今のうちに裏でコネを作っておきたいだけだからね〜」
彼女の目的に関して話が見えてくることはないけど、想像以上に狡猾な彼女の裏の性格が見え隠れする。
なるほど。彼女は珠姫に対して何やら取引を持ち掛けたいらしい。
しかし芳しい答えは珠姫から出ていない――ならば、私の返答もまた同じ。
「正直、今のあたしにはそんな余裕ないかにゃ〜」
そう言って背を向けようとすると――。
「あぁ、そうだ〜! マキさんには悪い知らせかもしれないけど、憩衣さんの話があったんだ」
「えっ、何々? 初耳ぞ」
私の名前が挙がると思わず、多少動揺しながらも振り返り耳を傾ける。
一体何のことかと思えば――。
「憩衣さんの生徒会選挙、現役員推薦の方が取り消されるかもしれないって。多分、これも環那の仕業だよ。いいの? 放置していて……私はマキさんに動いてほしんだけどな〜」
「ふぅん」
――くだらない話だった。
私は生徒会になんて興味は持っていない。
珠姫は優しいから、こういった話に私が絡むと心配してくれるかもしれない。
駒月からしても珠姫が動揺する話題なのだと思って切り出した切り札なのかもしれないが、生憎私は珠姫じゃないのだから。
特にそれ以上話すこともなく、彼女とは別れた。
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