第35話 少しずつ変わる関係
忘れていた前世の最後を思い出しても、さして何かが変わる訳ではない。
今と前世ではもうすべてが違うのだ。
俺に何かを伝えようとしていた珠姫の想いは置き去りになって――考えるだけで無駄なこと。
――本当に?
自分と同じ回帰者がいるならば、わかることもあるのではないだろうか。
いや――その正体がわからない以上、袋小路でしかないのはよくわかっている。
「緋雨くん、どうしたの……?」
「あっ悪い、外里……ちょっと悩み事かな」
昼休み、久しぶりに外里と昼食を共にしていながら、頭の中は昨日のことが占めていた。
箸も進んでおらず、よもや案山子になったのではないかと外里に心配されるのも無理はない。
「もしかして、堀原さんと何かあった?」
「まぁな。多分、憩衣のことを言っているんだと思うけど、その呼び方だとどっちかわからないぞ」
正直なところ、この学校で「堀原さん」という呼び方が示すのは珠姫の方である。
そもそも女子達は二人を下の名前で呼ぶし、男子達は憩衣と話す機会が殆どない為だ。
尤も、彼女が俺と表向き交際関係にあるとわかってからは、話題になるだけあって名前も出て来る。
凡そは堀原妹……と皆呼んでいるが、今の状態はそれ以上に複雑になっている。
「あっ、累くんっ! 一緒にお昼食べたかったのに、あたしがお手洗いに行っている隙に食堂へ逃げ込むなんて、どゆこと~?」
仏頂面を浮かべ現れた彼女は、許可も得ずに俺の隣の席へと座りだす。
対面する外里は苦笑いを浮かべる。
あくまで世間的に俺が付き合っているのは憩衣の方であって、その姉である珠姫ではないのだから。
その点に関して、幾ら親戚であろうと距離感が近すぎるのではないかと思われたって仕方ない。
「……俺だって、憩衣が堂々と同じ教室で授業受けていたら、流石に戸惑うだろ」
「ふふっ、やはり累は騙せませんでしたか」
見た目や口調、その振る舞いからもその姿は珠姫にしか見えないが、その正体が憩衣である事を俺だけは見抜いている。
昨日までのまま髪を染め直していないことにも驚いたが、それ以上に学校で入れ替わっていたら、混乱どころの話ではない。
まあ皆にバレていないから、騒ぎにすらなっていないけども。
「えぇ……っ!? 堀原さんじゃなくて、堀原さんだったの!?」
「だから外里。それだとどっちかわからないって」
「あぁ、うん。ちょっと驚いちゃって」
ややオーバーなリアクションを見せる外里を見て、バレないままでいることが正解なのだと思った。
前かがみになって口を半開きにしながら憩衣の事をじっと見る外里だが、その若干長い前髪が邪魔して上手く見ていないだろう。こいつも大概変人だ。
「そんなに驚かないでください外里くん。彼氏と同じ教室で授業を受けてみたいという、ちょっとした戯れなのです」
俺と憩衣、そして珠姫しか知らない真実。
俺達の恋人関係はあくまで偽装であることを知らない外里は、手をポンと当てて納得していた。
実際のところは、愛する姉に扮して姉がいつも吸っている教室の空気を吸いたかったとか、そういう理由なのだろうと推測している。
だが――奇妙な点も一つある。
生徒達が集まる食堂であって、珠姫の姿で恋人アピールなんてものはしない。
ただテーブル下で俺の手をギュッと握る彼女の行動には、幾分か俺もドキッとしてしまう。
「なんか、珠姫さんの恰好をしながら中身が憩衣さんって考えると、不思議な感覚だね」
「ははっ、落ち着きがある珠姫に違和感があるのは俺もわかるな」
昨日までのことがあった俺はそうでもなかったが、言われて初めてその正体に気付いた外里の目線は違う。
元々二人がそっくりであることも知らないだろうし、そういう意味で今の珠姫にしか見えない彼女が新鮮に映ってしまうのだろう。
俺から見ても、元の珠姫に上乗せして隠し切れない上品さや清楚感がある。
珠姫に憧れる憩衣だからこそ、こんな自然に振舞えるのだろう。
「なんか……珠姫さんが大人になったら、こうなるのかなぁって」
外里の言葉に、前世の彼女の姿を思い出す。
前世――俺が最後に珠姫と会ったのは回帰直前の瞬間だった。
しかし、それよりも前に彼女と顔を合わせたのは、大体一年以上前だったはずだ。
それ故に、あまりその印象を憶えてはいないのだが……はっきりとわかるのは、あまり今と変わっていないということ。
憩衣とは距離を置いていた彼女は、前世でもずっと変わらなかった……ように見える。それが、変な強がりでなければ……だが。
「くすっ、あはは……そんなこと、無いって顔」
「外里……そう思っても口に出してくれるなよ」
「ごめん、ごめん。そうだね……ごめん憩衣さん」
珍しく盛大に笑う外里。こいつの笑いのツボはよくわからない。
とはいえ誰よりも姉を愛してやまない憩衣の前で言ってほしいことではなかった。
憩衣の方を見ると、あまり気にしている様子は無かったが、単に周りからどう思われても興味がないだけなのかもしれない。
「ところで、午後もそのままなのか?」
「はい。ちゃんと珠姫の許可は得ていますので」
隣に座る少女が憩衣だとわかっていても、その顔に浮かぶ微笑みはまさしく珠姫のそれ。
なるほど……彼女は姉になりきっている事に楽しみを抱いているのだろう。
「累とは席が少し遠いのが、残念です」
外里が目の前にいるからだろうか、態々本物の恋人のような台詞だ。
「まぁ珠姫は日頃から累にベタベタしていますし? 多少くっ付いても疑われないのは、良い事なのかもしれませんね」
そう言ってテーブルの下、手の指を絡めだす憩衣。
何を言いたいのか、その言葉の裏が上手く読み取れない。
愛しの姉のスキンシップにやぶさかでもないと付き合っている俺に対する皮肉なのか、ただ外里に対して恋人アピールの嫉妬をわかりやすく見せているだけなのか。
「と、ところで気になっていたんだが」
「はい、なんですか?」
「珠姫の方は……どうなんだよ」
言わんとしていることを察したのか、憩衣は「あぁ」と相槌を打つ。
姿を入れ替わっているとすれば、今日憩衣として振舞っているのは珠姫だ。
とても彼女に演技ができるとは思えないが……。
「あらっお姉ちゃんじゃないですか。ご機嫌よう」
背後から突然現れた少女の姿は明らかに憩衣だが、その口調や振る舞いを見て戸惑う。
誇張が過ぎる……いつもより毅然とした態度の憩衣という、似ているようで似ていない……妙な感覚を覚える。
「珠姫、私はいつも珠姫のことをお姉ちゃんだなんて呼びません……ちょっと二人でお話してきます」
「えぇっ、待って憩衣ちゃん! あたし、絶対合ってるって……っ! 解釈通り! 解釈通り~っ!」
特に何かを食べる様子も無かった憩衣はその場を立ち上がって、現れたばかりの珠姫を連れ去って行った。
「なんか……前よりもあの二人、仲良くなったね」
「まぁな。てか、外里もよく見ているんだな」
「あっ、うん。あの姉妹はほら、美人だし目を引くから」
それもそうか。美人は常に、注目の的か。
つまり、客観的に見ても二人は以前より仲良くなっているということ。
俺からすれば、それは行幸と言って違いなかった。
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