二章 真実修復/※※あてラブレター
第34話 前世、とあるパーティにて / Side third person
堀原珠姫には義務があった。
それは財閥の令嬢として相応しい素養や才能だけでなく、一人の妹を支える姉としての責務。
表面上では誰よりも自由に見えた鳥が、実は鳥かごの中にいたなんて、恐らく妹でさえ気付けなかった事実なのかもしれない。
「あら、マキさん……久しぶり~」
「コマさんもパーティーに来てくれたんだぁ。嬉しいなぁ」
高校の頃からの知り合いである
今やファッションブランドの大手を率いるオーナーとしての風格を持っているとは思えない。
そんなふわふわとしている話し方の裏で、彼女が狡猾な女であることを珠姫は知っている。
「私も堀原財閥とは良い関係を築きたいしぃ、何よりマキさんには借りがあるもんね」
「う~ん、どれのことだったかにゃ?」
「ふふっ、お戯れになって~。そんなの……環那を潰した時のことに決まってるじゃない」
議員だった父親の権力を振りかざし、学園で圧倒的ヒエラルキーのトップだった彼女は、今ここにいる優奈によって打ち負かされた。
「物騒なこと言うなぁ。みんなのマスコット的コマさんは何処にいったのやらぁ」
「やだな~、ぜ~んぶ復讐の為に猫被っていただけだよぅ。まぁ猫被りと言えば、マキさんには負けちゃうかもだけど」
珠姫は笑みを浮かべながら、内心で呆れを抱く。
そもそも珠姫が優奈の復讐に付き合った理由は、家の上下関係からこき使われていた彼女に同情したからではない。
敵ではなかったから、今までだって放置していた。その風向きが変わったのは、珠姫の家族にちょっかいをかけた向こう側の落ち度なのだから。
「ところで、マキさん病み上がりって聞いたけど……元気みたいだね~」
ここ数日、表に顔を出していなかった珠姫を心配する言葉。既に何度も他から訊かされた台詞に対し、珠姫は微笑みを返す。
珠姫が一時的に引きこもっていたのは事実。しかし食事に関しては固形栄養食を補っていたし、睡眠も必要以上に摂っていた。
長い間陽の光に当たっていなかったと思えないほど相変わらずの太陽のような元気を見せている。
しかし、それが果たして演技なのかどうか……優奈にとっては、軽口を叩きつつ末恐ろしさを感じるところである。
「そうだ~、気になってることがあったんだけど」
「ん? 何かにゃ?」
「……マキさん、妹さんのことは放置していいの? 私、これでも借りがあるから……復讐するなら手を貸してもいいんだよ」
この場が堀原財閥の令嬢である珠姫が主催したパーティーにも関わらず、妹である憩衣はいない。
それを疑う者もまたいないのは、二人が対立関係にあることを彼女達と馴染み深い周囲もまた知っているからである。
二人は喧嘩別れしたように思われているが、事実はまったく違う。
憩衣の胸にあった姉への想いなどは、周知されず姉である珠姫も詳細を伝播していない。
「まっさかぁ。みんな勘違いしているけど、あたしは憩衣ちゃんのこと今でも大好きだからね~」
満面の笑みを向けられた優奈は固唾を呑む。
その瞳にあるのは、果てしない試行の末に抱いた諦観のような虚無。
三徹してもアイデアの浮かばなかったデザイナーの顔にそっくりだと、優奈は感じた。
「そ、そうなんだ~。うんうん、家族なんだもん。仲が良いのが一番だよね~。それじゃ、私はそろそろ他に挨拶してくるね」
そこが突いてはいけない藪。逆鱗に当たるのだと早々に察した優奈は足早に去る。
そんな彼女と入れ替わってこちらへ向かってくる二人組の姿を珠姫は捉える。
「おやおや、密会だったかな? この私も悪巧みなら得意なのだがね。アレはどうも危うく見えたものだぞ」
「……阿武隈先輩~、三年ぶり?」
優奈の方をチラリと見ながら堂々と所感を述べる堂々とした女は、珠姫にとっては懐かしい相手。
そして彼女の横にいるのが――。
「木崎先輩も、先輩が副会長だった頃が懐かしいですなぁ」
「ああ、堀原さんは相変わらずかな」
「ククッ、私も今は婿入りして木崎なのだがね。いや、偶には旧姓で呼ばれるのも悪くない」
二人が結ばれているという事実に、珠姫は驚愕する。
何しろ陽創学園の性質上、会長と副会長という立場だった二人は、対立する関係にあったはずなのだから。
懐かしき伝統。学園に庶民を受け入れるかどうかを分かつ親交派と排斥派の筆頭だった二人のこと。
「ああ、結婚式にも三カ月ほど前に招待はしていたのだがね。忙しかったかな?」
「あっ、それはすみません。手紙の類でしたら恐らくあたしの元へは来ないので」
それは嘘じゃない。およそ三カ月前となると、正に珠姫が表に顔を出さなかった頃だった。
「いやいい。反応を見ればわかる。責める気は毛頭ないのでな。しかし珠姫くんは変わったな。以前は何もかも見抜いたような……否、何でも最初から知っているような目をしていたのに。ふむ……嫌なことでもあったかね?」
「まさかぁ。昔から言っているじゃない。あたしに才能はないし、そういうのは憩衣ちゃんの完全記憶能力みたいなのを言うんだって」
誤魔化すように珠姫は話を急かす。
学生時代から阿武隈先輩と交流があるのは、偏に彼女が珠姫を天才だと称し近づいてきたからである。
「いやいや、君は紛れもない天才だとも。私の推測では、特に他人の欠けたものが見えているみたいだったじゃないか。今の君はまるで――自分の欠けたものを見てしまったような顔だ」
「永遠、踏み込み過ぎじゃないか? そういうのは堀原さんに失礼だ」
声高らかに話す阿武隈先輩を諌める木崎。
夫の言葉に彼女はキョトンとした顔を見せる。
「おっと失礼。つい楽しくなってしまった。不快にさせてしまったのならお詫びしよう」
「いえ、あたしは何も気にしていませんからぁ」
「そうだね。私の知る珠姫くんは、やはりそういう子だとも」
阿武隈先輩が才能好きな人物であり、こういった人物であることは知っていた。それ故に、珠姫は本当に不快感などを抱いていない。
ただし――期待外れだったとは言わざるを得ないが。
「十年前、私はどうしても珠姫くんを生徒会へ入れたかったのだがね。まあ……君はあの少年にゾッコンだったから、仕方ないな」
「……あーっ、累くんのことを言っているのかにゃ?」
もう一年近く会っていない義兄の話が挙がると思っておらず、少し動揺する。
憩衣ならまだしも、緋雨累もまた堀原の人間の一員になったのだ。そんな彼がパーティーにすら顔を出さないことについては、数年も前から白い目で見られている話である。
「ああ、そうとも。彼の何が君の琴線に触れたのだろうか――――むっ?」
「どうしたんだい? 永遠」
「嫌なに……ふと、妙な違和感があってね。いや、私の気のせいだろう」
顎に手を当て、何やら考え込んでいた阿武隈先輩だったが、夫の言葉に思考を放棄したようだ。
その姿を見て珠姫は――今すぐにでも溜息が吐きたくなった。
「本当なら、君とはあの学園を舞台に戦う機会を得たかったものだ。実に惜しい」
「永遠、何をしようと――」
「安心したまえ。私にも分別はある。招かれた客という立場も弁えているとも」
「ならいいけどね。では堀原さん。本日はお招きいただきありがたく」
「……うん。お楽しみになってね」
主催として模範的な台詞を口にした珠姫もまた、広い会場の中央へと向かう。
密かに胸元へ集まる複雑な心情は、彼女に飢餓感を与えた。
そして阿武隈先輩の言う『戦い』という言葉を頭の中で反芻し――珠姫は内心で残酷な結論を下す。
――あれでは、敵にすらならないね。
抱いた違和感に対して、当時の阿武隈先輩ならば見落としはしなかっただろう。腑抜けてしまったみたいだ。珠姫はそう思わざるを得ないと悪態をつきたい気分でワインを手に取る。
そんな彼女の元へ、やって来たのは先ほど密会をした優奈だった。
「へぇマキさんもワインなんて飲むんだ~」
「まぁね。ところでコマさん」
「ん~、何?」
普段はワインなんて飲まない。飲む時間すら惜しかった。本当に残念なことばかりだと、珠姫はくたびれていた。
阿武隈先輩に対する期待は、彼女の目的においてそれなりに大きかったものだと再認識したのだ。
この失望は糧にすらならない。
いや――珠姫にとって、この事実はある種の成果とも呼べる喜ぶべきものの筈なのに、彼女は満足していないのである。
――足りない。もっと、あたしはもっと……知りたい。教えてほしい。
故に、誰でもいいから問いたいのだ。
「運命って……あると思うかな?」
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