第31話 求愛して止まない自傷2 / Side ikoi

 目を開けた時、知らない天井にすっかりと眠気が冷めた。

 いつ寝てしまったのかわからないし、少しばかり頭痛がする。

 寝起きで私らしくもなく困惑してしまったが、起き上がってすぐ隣のベッドで寝ている累の姿を見て、絶句した。


「もしかして私……泣いたまま寝てしまったのですか?」


 思い出した途端に悶えそうなくらい恥ずかしくなってしまう。

 段々と昨日の記憶が蘇ってくる。


『罪悪感が残るから、俺に純潔を捧げようとした……そうなんだな』


 彼の言葉が脳裏に反芻した……あの言葉がきっかけで、私はどうしようもなく自分のことがわからなくなってしまい、結果泣き疲れて寝てしまったのだから。


 布団を抱きかかえ……彼の顔を見ないように転がると、ベッドから落ちそうになった。

 それくらい慌ててしまい、落ち着きが持てない。


(だって、だって……)


 あの時、私は何も言えなかった。

 累の言った言葉が正しかったからじゃない。正確に言えば、私はあの言葉を正しいと信じたかった。お姉ちゃんではなく累を頼りにしてしまう自分を打ち消す為に、必要な代償なんだって……そう正当化していた。

 なのに……彼に言われて初めて、私の心の中に反発心があることに気付いた。


(私は……たった一度でも累に愛されてみたかった……ただそれだけだったんです)


 本当の気持ちを自覚してしまった瞬間を思い出し、再び頭が真っ白になってしまった。


 無理もないことだ。取引の対価のように言っておきながら、純潔を捧げることさえ私の欲望だったのだから。

 彼に抱かれてしまえば、何かが変わる……そんな淡い期待を寄せていたのかもしれない。

 結局、累へ襲ってほしいと何度も縋ったのも、思い返せば愛してほしいとおねだりしていただけだ。


(はしたない……最低な女)


 お姉ちゃんという想い人がいるのに、まるで浮気するような感覚を覚える。

 罪悪感を覚えるのは、微かでも累へ惹かれている気持ちが嘘ではない証明。芽生えかねない彼への恋心を断ち切るどころか、抱いてくれなかった事に寂しさを募らせてしまう。


 昨日、彼を誘惑する時だってそうだった。

 えっちの練習をするって言えば良かったのに、素で忘れてしまったのは何故? 結局、真意を暴かれたとはいえ、私自身熱に浮かされていたのだ。


 彼の身体の代わりに、彼が選んでくれたベレー帽を抱きしめた。この帽子も、変装が見抜かれていたのなら私自身に選んでくれたものだ……お姉ちゃんにはあげたくない。

 本当に最低な気分だ。


 だけど……この結果にどこか安堵している自分もいる。きっとこの気持ちは、一度抱いてもらうだけでは満たされなかった。累が私を止めてくれなければ……もし累と縁を切ってしまったら、一生の未練になってしまったと思う。

 だからこそ――。


「……累には困ってしまいます。こんな私を許してしまう累だって、最低なのですよ?」


 未だにスヤスヤと眠る彼の顔に手を当てると、急に胸の奥が熱くなる。

 優しい彼にも、優しくない彼にも、私は期待してしまっている……彼に恋をしているのかわからないけれど、依存し始めていることだけはわかった。累から離れるつもりが、逆に近づいてしまったのだから。

 何もかもが上手くいかない……それでも、彼に近くにいてほしいという気持ちが強くなっていく。


『正しいと信じてやってきたことが、真逆の結果を招いてしまうこともあるよ』


 お姉ちゃんの言っていた通りに転んでしまった。

 私こそ、お姉ちゃんのことを信じられていなかったのかもしれない。

 変装を提案した時もそうだった……お姉ちゃんはあまり良い顔をしてくれなかったけど、もしかしたら全部気付いていたのかな。お姉ちゃんならあり得る。


 お姉ちゃんの変装をしたのは本当に失敗だったと思う……きっと私が憩衣として接していたなら、累は昨日みたいに楽しそうな顔は見せてくれなかった。

 理由はわかっている……男性不信を拗らせている私は、過度に厳しい態度を取ってしまうのだから。どうしても、素直でいられない。


(だから、やっぱりお姉ちゃんはすごい……いつまで経っても、私の憧れでいてくれます)


 お姉ちゃんを演じている間は……素直でいられたような気がする。そう考えると、もう既に深みへハマっている自分がいることに気付けた。この先はもう決して抜け出せない沼だとわかっていても、お姉ちゃんを辞めたくない私がいた。


(染めた髪、元に戻すのも勿体ないですから……暫くは、このままでいいですよね)


 今の姿こそが……私の理想だと確信できる。姉のように煌びやかになりたかった……けど、どこか怖くて踏み出せない自分がいた。でも、一度踏み出してしまえば、お姉ちゃんの見る景色が私にも見えたような気がする。


 お姉ちゃんが選んでくれた開放感のある服も、最初こそ躊躇していたけど、累が必要以上に気遣ってくれて嬉しかったし、クセになりそうだった……怖いくらいに。

 大丈夫……怖くても、今の私なら踏み出せる一歩だ。


「また私が危なくなったら……助けてくださいね」


 累がいるから、不思議と怖くない。


(これは……前払いなのですよ?)


 寝顔の累を映す瞳を閉じ……こっそりと、彼の唇にキスをした。

 かつて、実の姉に対して犯してしまった過ちを今ここで……上書きする。


 累が起きるギリギリまで、何度も、何度も……何度も、彼のファーストキスを奪いつくしたくて、夢中になりながら目を開けるのが怖くなって……止められない。


 ようやく目を開けることができた時……まだ累は目を覚ましていなかった。

 どれだけの時間がたったのかわからなかったが、確かなことを一つだけ悟る。


 ああ、やっぱり…………一度だけじゃ満たされない。

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