第28話 理想を騙る1

 俺はデートというものに理想を求めているタイプではない。


 しかし幾ら珠姫が相手といえども意識してデートなのだと考えた結果……髪型や服装には気を遣ってから家を出た。

 そんな準備を経た為、外出する目的を母さんに悟られないように気を付けたお陰で、待ち合わせ場所で待たされる頃には、幾分か緊張もなくなっていた。


 予定していた時間を数分過ぎた頃、背後から肩を叩かれながら声をかけられる。


「累くん……待ったかな?」

「あ、ああ。まあ少しだけな…………って、えっ?」


 チリリンと聞き覚えのある鈴音が鳴る方へと振り向いて、つい俺は驚いてしまった。


「ん……? どうしたの、あたしのことまじまじと見つめちゃって」

「いや……な? 服おしゃれなのはわかるけど、その……言いたいことを察してはもらえないか」

「えぇっ!? 何々、恥ずかしくて似合っているって言えないとか? ちょっと気合入れすぎちゃったかにゃ?」

「……まあ、そうだね」


 本人に自覚がない以上、野暮な指摘かもしれないと言葉にしにくい。

 正気なら、その服装が際どいとは思わなかったのだろうか……俺は不思議だ。


 ヘソ出しでありながらアシンメトリーなタンクトップにミニスカートという開放感のある服を彼女は着こなしていた。お洒落なコーデなのはわかるが、ナンパ待ちのギャルみたいで困る。というか現状、目のやり場に困って仕方ない。


 いや正直に言えば、そりゃ似合っているよ? けど、なんか気合の入れ方を間違えてはいないか? 冗談抜きで。それとも、俺が邪な目で見てしまっただけなんだろうか。

 珠姫のアイデンティティである鈴付きブレスレットは身に着けていなかったら、知らない他人のフリをして盛大にスルーしていたところだろう。


「はぁ……もうぶっちゃけて訊きたいんだけど、その服って珠姫が自分で選んだのか?」

「え、そうだけど? カジュアルでよくない?」

「確かにカジュアルだけど、中々ユニークだし……折角だからナンパ男ホイホイって名付けよう」

「すごい不名誉な名付けされてない!? あのね、視線でわかるからね? あたしだってちょっとえっちぃかなって思ってるし、累くんも正直に言えばいいのに……」

「自覚はあったのかよ……反応に困ったぞ?」

「ふっふっふー……ちょっと揶揄い過ぎちゃったかにゃ」


 元より揶揄うつもりだったらしく、まんまと男の純情な心を揺さぶられてしまったようだ。

 何食わぬ顔で平然としていたから、俺は彼女のセンスを疑ってしまったが、流石におしゃれ好きでそれはなかったか。


「正直、今からでも着替えてほしいと思ってる……俺の理性の為にな」

「だったら、累くんに服選びなんてしてもらわないといけないね? 累くんが気にするって言うんだから、仕方ないよね?」

「お、おい……まさか最初からそのつもりだったのか?」

「ふふん、引っ掛かりましたな? あたし累くんのセンスに興味があってね。良い機会だから見せてもらいたいな、なーんて思ったんだ」


 珠姫は指を突き立て「してやったり」と不敵な笑みを向けてくる。

 元々予定なんて決めておらず、行き当たりばったりなのかと思っていたら、彼女の中ではある程度の構想が出来ているようだ。


「そんな風で惑わせてくる必要なかっただろ。言ってくれれば、俺は服選びくらいには付き合ったと思うんだが……?」

「およ? まさか累くん、本当にナンパ男が寄ってくるんじゃないかーって、あたしのこと心配してくれてる?」

「そりゃ……一応、今は恋人とのデートの練習みたいなものだし……さ」

「ふふん、そうだね~。じゃあ変な男が寄ってきても、彼氏が守るものだよね?」

「無茶を言うな……無茶を」


 彼女の言い分から察するに、俺にそういう意識を与える為だったらしい。

 しかし、そもそも憩衣は本当の恋人じゃないのだから、本番がこないだろう……まあ来ちゃった以上は珠姫のノリに付き合うけどさ。


 やれやれと呆れながらも足を歩かせ、近場の服屋にでも赴く。店までは決めていなかったのか、歩きがてら幾つかの店を見てまわるつもりらしい。

 しかし、一店舗目の時点で俺は限界を迎えそうだった。


「なぁ、もしかしてブランド物しか着ないタイプなのか?」

「ううん、そんなことはないよ? ただ一番近いとこが、ここだっただけなんだけど、どうしたの?」

「いや、何でもない」


 入った服屋は有名ブランドのお店……男の俺でさえ一度は装飾系の高級品に憧れたりすることもあるが、実際に高額な値札を見ると、困りものだ。


 わかるよ? きっと珠姫は自分の着るものなのだからお金を出してくれる。だけど、それじゃあデートの練習にもならないじゃないか。

 そこは彼氏が選んでお金を出すシチュエーションの方がそれっぽいじゃないか。

 だから、出来ればもっとリーズナブルな価格が良かったのだが、流石はお嬢様……お目が高すぎる。


「ねえ累くん……累くんが選ぶんだよ? 悩んだ顔しているけど大丈夫?」

「あ、ああ……ちょっと考え事してた。すぐ選ぶよ」


 出来ればこのお店はパスしたいところだったが、期待されてしまえば応えないと。

 価格にちょっと呆然としてしまっただけで、そこまで問題ではない。この前売ったゲームが予想外にもプレミア付きだったから、資金はある。

 店内を見渡して……とある帽子に目が留まってしまった。


「これ……似合うんじゃないか?」

「……ほほーう、初っ端からベレー帽なんて斬新なチョイスですなー」


 その場で試着した珠姫は、クルクルと回って、横や背後からの姿も変じゃないかと見せてくる。

 自分でも惚れ惚れするくらいベレー帽は似合っていたが、全身を見せつけられると、やはり珠姫の服装は目のやり場に困って仕方ない。後で、軽いパーカーも買って着せないとな。ここの店のパーカーは高すぎるので、別のところで選ぶけど。


「気に入ったなら、俺はそれが良いと思うんだが」

「おっ、自信満々……ちょっと鏡で見てくるね!」


 そう言って店内の大きな鏡がある方へと行ってしまう。

 珠姫が離れた隙に、俺は幾つか手が届きそうな価格の服を候補として手に取っておく。

 しかしベレー帽のようにピンとくるものは他になく、俺は服選びの難しさを知った。


「累くん! これあたしも気に入った!」

「おお、そりゃ良かった」


 取り敢えずベレー帽は決まりとして籠に入れ、他に候補にしておいた服は、実際に試着室で着て見比べることにした。

 しかし、どれを着てもらっても……中々しっくりこない。


「……うーん。珠姫らしい明るい服ではあるけど、ちょっと違うかもなぁ。もう一回前の方着てもらっていい?」

「うん。ところで累くん、意外と真剣に選んでくれているんだね」

「そうか?」

「自覚なかったんだ……」

「まあな。おしゃれも中々奥が深いって思わされるよ」

「ふふん、でしょでしょ~」


 珠姫のテンションが高くなるが、俺は煮え切らない気持ちを抱えてしまった。皮肉にも一番目に選んだものが、一番良かったと思う。本当に服選びは難しい。

 やはり珠姫の顔を頭に浮かべながら服を見ているから、似合うものは目に付きやすいのだろうか。


 結局、ベレー帽と一枚のワンピースだけを選んで買うことにした……まだ他の服屋も見に行く予定なので、まずはそれだけでもいいだろう。

 ブランド物だけあって値は張ったが足りない額ではなかった為、俺が支払うこともできた。

 痛い出費にも思えるが、未来の妹の為ならば後悔は全くない。


 最近の服屋は便利なもので、配達会社と提携している服屋は家にまで送ってくれるらしいので、手持ちで持ち帰る必要はないらしい。

 俺はそのまま着替えさせたかったのだが、潔癖症なのか洗っていない服は着ないらしく、ワンピースの方は珠姫の家に届けてもらうことにした。どの道荷物が増やさない為には、パーカーでも買わせないとダメだろう。

 ベレー帽の方は邪魔にならないだろうと、珠姫の頭にかぶらせて店を後にした。


「……意外と大人しく受け取ってくれるんだな。良かったよ」

「大人しく……? あー……あたしだって毎度自分からお金を出そうとは思わないよ?」

「そういう意味じゃないし、俺が期待していたような言い方はやめるんだ。珠姫はおしゃれに煩そうな顔して口出してこなかったから、意外だなって思ったんだ」


 あまり意識せずに零してしまった言葉に反応されて、俺は咄嗟に誤魔化した。お金について俺が気にしているとは悟られたくなかった。


「あたし、どんな顔してるのかにゃ……何か勘違いしているみたいだけど、あたしが口出したら、それはもう累くんコーデじゃないでしょ」

「そこ……重要だったのか?」


 というか何だよ、累くんコーデって……意味はわかるけど、その言い方は恥ずかしいんだが。


「もちろん! それは帰ったら憩衣ちゃんに自慢するつもりなので!」

「自慢になるのか? そもそも憩衣なら、珠姫が選んだ服の方が羨ましがりそうだけど」

「えー? 憩衣ちゃんはお姉ちゃん選びのコーデなんて沢山知っているし、一風変わったセンスの方が喜ぶと思うけどなー」

「……自分の方が優れたセンスを持っていることは否定しないんだな」

「何~、このあたしと張り合いたいの? あっ、もしかして累くんもあたしに服選んでほしい感じかにゃ?」


 首を傾げて訊いてくる珠姫に、悩ましい気持ちが生まれる。

 そう言われては、選んでほしい気持ちもあるが、遠慮したい気持ちもある。珠姫の身に着けている服装だって……軽々としてはいるが絶対にブランド物だ。彼女に高い買い物をさせてしまうことに、未来の兄としては、どうにも拒否感があるのだ。


「ここで悲報……あたしには男物を選ぶセンスはない!」


 しかし、俺が断るまでもなく、元から珠姫は選んでくれないらしい。

 彼女の方から断られるとは思ってもいなかったので、ちょっと残念な気分になる。


「誇らしげに言うな……しかし意外だな、珠姫にも苦手なことがあるなんて」


 何でもそつがないイメージだった。


「ちょっ、苦手とまでは言ってないんだけど! もぅ、そんな累くんには選んであげません……次の機会に期待してね」

「次の店ならいいのか?」

「ああっ、次の機会ってそういう意味じゃないよ! 今日はダメ~」

「そ、そうか……それでも、次回があれば選んでくれるのか?」

「まあね~」

「……なんで次ならいいんだ」

「そこはほら……お勉強すれば、何とかなるからね」

「ああ、なるほどな」


 素直に自信がないって言えばいいのに、変な部分で恥じらっているみたいだ。

 まあ珠姫の完璧超人ではないのだし……そうでなくては、俺が義兄になってから頼られる事が何もなくなってしまう。それは困りものだ。


 それはそうと、多分珠姫は男性に服を選ぶ経験が少ないだけでセンス自体はあると思うけどな。

 まあ今日のところは折角デートの演出をするのだし、俺の疑似彼女として、お姫様気分でも味わいたい……とか、なのかもしれない。

 というか、次回を確約するような言い方をされたけど、良かったのかな。


「………………」


 悠長に構えているが、そんなことよりも困ったことがあった。

 今日は珠姫を探るつもりで来たんだが、それは予想外にも難題と化していた。難航しているのではない……難題になっているのだ。

 というのも――。


「も~、累くん足遅くない? ほらほら、早く行こっ?」

「ああ、悪い」


 考えごとをしていたら、無意識に後れを取ってしまったらしい。

 こういう時は、彼氏が歩幅を揃えるところなのに、速く歩かないことにだけ注意していた所為だ。

 小さく「仕方ないなぁ」と呟いた珠姫が俺の手を掴んで、リードしてくれる。

 彼女は屈託のない表情で、やはり今も調子が良さそうに見えた。


 だけど……さっきの服屋で交わした会話から、とある違和感が募っていた。

 そのせいで、探りを入れるに入れられない。


(まさか……な)


 一瞬脳裏に浮かんだ可能性を否定する……珠姫がそんな事をする必要が浮かばなかったから。

 しかし珠姫が何かを企むかもしれないとは、誘われた時から疑っていたこともあり、完全に無視していいことだと断じることはできなかった。

 だが、もしもそうだとしたら、一体何のつもりだ?


 ……もう少し観察してみようか。

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