第27話 前世と今にある矛盾
ぼんやりとしている。目の前には同じクラスの少女の制服が見えた。
いつも通りホームルームが始まる前の時間。何となく彼女の姿が目の前にあることを久しく感じる自分がいた。ただ何故か俺は意識して言葉が出せず、勝手に口が動きだす。
「またかよ」
「また……だね。あたしが何も言わなくても、君はもうわかっている。無視され続けていた頃から随分経っちゃったけど、あたしの努力の成果だって誇っていいよね?」
「無駄な努力だな」
俺の言葉に、少女は何も言い返さない。きっと彼女も理解しているのだ。これが無駄な努力なのだと。現実の女子に興味がない俺に、偽装彼氏になってほしいだなんて……そんな面倒な事に付き合う義理はない。しかも、彼女は俺にそんなことを提案する理由さえ話さないのだから、断るに決まっている。
「別に俺じゃなくたっていいだろ」
「ごめん。あたしには君じゃないといけないの。他ならぬ君じゃないと、きっと失敗する」
「意味がわからない。俺にどんな夢を見ているんだ。根拠を示せよ」
「……ある子に似ているから」
「は? よく聞こえなかった」
「何でもない。忘れて」
「はぁ……あのな、俺は何度言われたって……ッ!」
顔を上げ、彼女の顔を見た瞬間、俺は言葉を失った。
希望の一切がない瞳に、事務的な口調、生気を失った表情……三点が交わって、そこに介在する絶望が伝わってきた。
目の前にいる少女、堀原珠姫は既に諦めていた。
その顔を見た俺は無性に怖くなった。どうしてそんな……彼女が絶望しているのかわからなかったから。それが、もしかしたら俺の所為なんじゃないかと脳裏に過って、現実から目を逸らしたのだ。
そして、それ以降……習慣的だった珠姫が俺に話しかける朝は来なくなった。
***
家に帰った後、俺は部屋で少し昼寝してしまったらしい。憩衣のことでクラスメイト達から色々言われた上に、何故か憩衣の怒った理由が何なのかわからなくて、考えている内に頭に疲労が溜まっていたようだ。
それにしても妙な夢を見た。途轍もないリアリティのある夢。起きたばかりの俺は、頭を抱えて違和感を探りだす。
「あれ? 本当に……夢なのか?」
夢の中で感じた恐怖……現実逃避は、どう考えても一度味わったことがあるはずだ。本能的にデジャブを感じていた。
ならば、現実? あるとすれば……前世の記憶なのだろうか。そう考えると、しっくりするような気がする。
「そうだ……俺は、珠姫に何度も提案されて、興味がないって断ったはずだ」
あの時の記憶……時間が巻き戻ってすぐに珠姫が話しかけてきてくれたことを考えれば、丁度、現世の今頃の話だっただろうか。あの日、珠姫の提案が久しぶりだったのは、中間試験を挟んでいたからだ。
段々と思い出してきた……実際に感じた恐怖が、印象的に残っていたお陰だろう。
しかし何故、前世の珠姫はあんなに疲弊していたんだろう。過去に戻ってからの情報と擦り合わせれば、珠姫の目的は憩衣の男性不信を治そうとしたことだ。憩衣の性質が公になって利用されないように。
しかし俺を頼らなくたって、憩衣の男性不信は公になっていなかった。それに、当人である憩衣が疲弊するならまだしも、何故珠姫がそんな必死になっていたのか。
(というか待てよ? おい、おいおいおい、おかしい……それは前提がおかしいんじゃないか……!?)
前世の俺は、珠姫から珠姫自身の偽装彼氏になってほしいと提案された。
今と提案の内容が違うじゃないか!
実際、過去に戻って最初に憩衣を探していた時、珠姫がそんなことを口走っていたことを思い出す。
『いやぁ、うん。その通り別のお願いだったんだけど、正直今の累くんとは友達って関係が良いと思ったからかにゃ。覚えていないなら、それでいいじゃん』
『……今言ってくれるなら、聞いてやるかもよ?』
『さっかぁ、じゃあさ……あたしの彼氏になってよ』
そして。
『累くんのことは別に好きじゃないので、お付き合いできません』
『なんで告白された側が振られるんだよ』
『確かに』
あれは揶揄っていた訳じゃなくて、元々のお願いが自分の偽装彼氏になってほしいというものだったのだ。
ここで問題なのが、珠姫が俺を頼った理由にある。
今、俺は珠姫の提案を呑んだ結果、憩衣の男性不信を治す為に偽装彼氏をしている。
(だが、前世ではどうだ? 珠姫の偽装彼氏になんてなって、どうやって憩衣の男性不信を治せるんだ?)
何故今まで気付かなかったんだろう。
珠姫の提案に友達になるという過程を挟んだから?
憩衣の男性不信に気付いたのが遅れたから?
二人との交友関係が上手くいっていて、浮かれていた。
もう一度、振り返ってみよう。
珠姫の提案によって、俺は憩衣の偽装彼氏になった。その目的は俺が珠姫の偽装彼氏になったとしても満たされるものとする。
すなわち、珠姫の目的は憩衣の男性不信を治すことではない。
(じゃあ何が目的なんだよ!!)
わからない。わからないけど、俺も憩衣に確認して納得していた事だったし、もしや彼女自身も珠姫の行動理由を勘違いしているんじゃないだろうか。
男子達からの告白を減らす為とか言われて、本当は男性不信を治す為のように見せかけて、結局他の目的があるとか……普通こんなこと考えるだけ突飛かもしれないが、そうでなければ整合性が取れない。前世と今で目的自体が変わる可能性も考えたが、珠姫の行動の早さを考えればそれはないだろう。
目下の問題は、珠姫の真の目的についてだ。
過去に戻ってきて最初に当たった疑問が、再び難問となって立ちはだかった。
(よく考えろ……前世と今で、他に違うことはあるか? あっ、そういえば……)
前世では彼女達がおれの義妹になった時点で、二人はお互いに不仲だった。いつ二人が仲違いしたのかはわからないが、俺が珠姫の提案を断ったことが原因なんじゃないだろうか。
だって今までのことを振り返ると、二人の仲が悪くなる余地はありえない。そう……二人が不仲になるような要素や問題なんて皆無だった。
今回は俺が提案を呑んで何かが変わった? それとも……これから何かが起こるのか?
(おい待て、仲が悪くなる余地なんて……ないだと? もしかして――)
一見結びつかないように思える因果関係だが、珠姫のとある言葉がヒントになって、俺はとある一つの真実に辿り着けた。
だが、あまり信じたくない真実でもある。
もし俺の推測が正しければ……このままだと二人が不仲になってしまう未来は止めようがないからだ。
そんな時、スマホに通知が届いた。確認してみれば、珠姫からチャットが飛んできている。実にタイムリーな相手からだった。
〈明後日って会えないかな? 今回は憩衣ちゃんなしの二人きりで、なんだけど〉
何故に? 明日から三連休が始まるとはいえ明後日に何か予定は入っていないけど、今度は何を企んでいるんだろうか。
丁度良いタイミングだし、珠姫の真の目的を訊きだそうかと考えたが、彼女が素直に教えてくれるとは思えない。疑問に思うのが今更だし、適当にはぐらかされるだけだろう。警戒心を与えるだけ損だ。
〈一応、理由を訊いておきたいんだけど〉
〈ぶーっ、理由がなくちゃダメなの? ほら、この前あたし充電切らして累くんと遊べなかったから、ちょっと憩衣ちゃんが羨ましいな~、なんて思っちゃってね〉
〈本当にそれだけ?〉
〈じゃあ憩衣ちゃんとデートする時の練習ってことで〉
〈既に憩衣と二人きりで遊んだことって、あれもデートって呼ぶんじゃないか? 本番終えた後の練習になるが……というか恋人関係はカモフラージュなのに、デートする必要って?〉
〈え、めちゃめちゃ文句付けてくるじゃん。もしかしてあたしと二人きりで会うの嫌?〉
〈いや、悪い。ちょっと言い過ぎたみたいだ〉
珠姫のことで疑問が増えてしまったせいか、疑っていた分断りたい気持ちがあったのかもしれない。読み返すと、面倒臭い男が拒否する言い訳にしか見えなかった。冷静じゃなかった……反省しよう。
〈何? 悩み事があるならあたしに話してみんさい! あっ、チャットでしちゃうと明後日会う意味がなくなっちゃうね!〉
〈なんだ、お悩み聞いてくれる会になら行くぞ?〉
〈じゃあ決まり! 憩衣ちゃんに対する愚痴でもなんでも聞いてあげる日にしようね!〉
〈普通にこの前の埋め合わせでいいって……明後日な〉
提案には最初から了承するつもりだった。
夢で過去を追体験したばかりだ……俺が重要な提案を断ったことで絶望してしまった珠姫の顔を思い出すと、断る気にはなれなかった。
それに珠姫と二人きりで会う価値は充分にあるだろう。上手く珠姫から情報を引き出して、俺の辿り着いた真実が正しいのか確かめてやろうじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます