第25話 釣り合い
憩衣と付き合っていることを公表してから三日後。
恋人アピールの為に学校にいる間はなるべく憩衣の近くにいる生活を送っていたが、そろそろ皆に関係が伝わってきた頃合いだろうと、今日は一人で下校する予定だ。
憩衣にその旨を連絡しようとすると、背後から俺の肩に触れる手があった。
「ちょっといいかい?」
憩衣が離れたら離れたで、残念ながら俺を放っておかない連中もいるらしい。
話しかけてきたのは
俺のクラスは安栖を筆頭に女子の派閥があるが、対照的に男子は上下関係を好まないのか、あまり争いごとを避ける印象があった……とはいえ日頃から特待生を見下すような奴は少なくないし、小野寺もそうだろう。
しかし恋愛話ともなると話は別なのか、チラホラと興味の視線が俺に集まっていた。
不幸なことに珠姫はいないが、幸運なことに安栖がいない。一応ヤツの取り巻きはいるが、昼寝している駒月の髪に花のアクセサリーを飾り付けて遊んでいた……やっていることが小中学生だ。そういえば外里は…………帰ってしまったか。
「……何用で?」
「何用も何も、みんな、緋雨が堀原妹の彼氏になった話題で持ち切りさ」
「……みたいだな。けど悪い、仲も良くない奴に詳しい話をする気にはならない」
「ヤダな。これでも俺達クラスメイトじゃないか」
……クラスメイトね。
果たしてその関係に何の意味があるのか。俺や小野寺どちらかの意思もなく、偶然同じ学び場所へ割り当てられたに過ぎない。すなわち、クラスメイトなんて知り合い以下の関係だろう。
事実、前世の俺と小野寺はクラスメイトでありながら無関係だった。
「おい小野寺のやつ、あれ上手くいってるのか?」
「やっぱり校舎裏に呼び出して脅すとかもっとやり方あったんじゃないか……」
「俺達が社会的に死ぬわ! 高校生にもなってイジメとか発想が恥ずかしいだろ」
「ぐぬぬ、緋雨のやつ……早くゲロっちまえよ」
挙句にそのクラスメイトの男子達からは陰口のオンパレード……話にならない。
溜息を吐きながら俺は帰宅の為に席を立とうとしたが、小野寺は軽く腕を掴み止めてくる。神妙な面持ちを見せられても、何故彼がそんな気になるのか不可思議になるだけだ。
「聞いてくれ、緋雨。あのなぁ、そんな態度だと君の立場も悪くなる一方だと思わないか? 俺は心配しているんだ」
「元々俺の立場が良かったとでも? 下手に出て説得したいのはわかるが、急に態度を変えられても不自然だ。生憎俺はそこまで馬鹿じゃない」
「流石、学年7位は言う事が違うね。それも堀原妹の影響かな?」
「そうやって情報を聞き出そうとしても無駄だ」
「……参ったね」
小野寺が周囲に上手くいかないというサインを送るのを俺は見逃さない。
この学園の一般生らしくお行儀はいいみたいだが、まだ年相応でコールドリーディングも下手くそだ。前世で他人を拒絶し続けた俺だからこそ、こういう連中には強く出れる。前世で、堀原財閥の義息となった俺に取材しようとしたジャーナリストが何人もいたからな。
ん? そういや小野寺って新聞社の御曹司だったような――。
「実はさ、親から記事執筆の課題を出されているんだ。それで在学期間中は堀原姉妹も動向を纏めなきゃいけなくて、出来れば協力してもらいたんだけど……本当にダメかい?」
「……やっぱりお前か」
「ん……?」
「何でもない」
まるで道端に捨てられた子犬みたいに縋ってくるが、男が上目遣いで頼み込んでも浅ましいだけだ。まあ見下している相手にここまで頼み込む時点で、言葉に嘘はないんだろう。まったく、仕方ないな。
「いや本当に、頼むよ」
「よし、三つだけ答えてもいい」
「えっ、いいのかい?」
「ぶっちゃけお前の事情になんか興味ないけど、絡まれ続けるのも面倒だからな」
思惑に乗ってやった理由はそれだけじゃない。
今俺は憩衣と嘘の恋人関係を公表しているが、安栖などが言論統制を強いて対策してくる可能性がある。具体的には『堀原憩衣は緋雨累に脅迫されて付き合っている』などというデタラメを流布される懸念だ。
政治家とマスコミは密着関係なんてよく噂されているが、小野寺と安栖の関係はそうでもなさそうだ。もし二人にコネがあるなら、態々こうして俺から正しい情報を求めず、今頃フェイクニュースに踊らされている。あの女ならそれくらいする。
親から出された課題と言っていたし、この先安栖の私怨に付き合う理由も今のところない。その点で、確かに俺が拒絶し続ける選択は間違っていたと認めるべきだろう。
それに小野寺は俺を見下している分、かなり隙だらけだ。もっと言えば、詮索の才能はない。もし才能があって面倒な奴だったら、もう少し俺も渋っていたかもしれない。
「助かるよ。じゃあ一つ目の質問いきます」
「簡潔にな」
小野寺はメモ帳とペンを準備すると、仕事モードなのか顔に似合わず丁寧な口調で質問を始める。質問考えるのが早くないかと思ったが、皆を代表して聞き取り調査へ来た感じはするし、質問自体は最初から幾つか目途を付けていたらしい。
「えーっと、緋雨さんはいつから憩衣さんとお付き合いをされていたんですか?」
「試験が始まる数日前からだ。試験勉強に集中していて具体的な日は覚えていない」
付き合った日を忘れるとか彼氏として終わっているが、万が一にも俺と憩衣の話が破綻してしまうのは不味い。
尤も憩衣とはある程度話を擦り合わせる事が出来るように『偽りの関係』を用意しているが、そこまで教える義理はないと攻めた回答をしてみた。
「では、二つ目の質問、告白はどちらからなのでしょうか?」
「俺からだな。当たり前だけど、憩衣が俺に一目ぼれして……なんて都合の良い話はない」
「……そうですね」
自分から卑下しても何も思わないが、相手に肯定されるとメンタルにダメージが入った。
さっきから、あまり重要な質問には思えないんだが……いいのかな。もっと聞くべきことがあるように思える。
俺が憩衣の何処を好きになったのか……とか。いや、言わずもがな憩衣が魅力的な女性だということは周知の事実だった。
「最後に、緋雨さんは憩衣さんと釣りあうと、本気で思っているのでしょうか?」
「……なんだその質問」
「え、いや何でも答えてくれるんじゃないのかい?」
(いつ誰が何処で『何でも』なんて言ったんだよ!? 言ってねーよ!)
「質問を返すようでわるいけどさ、そんな事を纏めて親が納得するような記事になると思うのか?」
「それは――」
「まあこれを聞けって言われていたんなら仕方ないと思うけどさ」
「そう、だから仕方なく…………じゃない! 誰かに聞けって言われたことじゃない。俺が個人的に気になったから訊いている……だけさ」
焦った顔で否定したが、顔がもう充分に白状している。まあ最初から薄々気付いていたから、それはいい。元々、マスコミの仕事は皆が興味を持つ情報を収集することなんだから、間違っていない。ただ、小野寺は思っていたより友達思いなのか……挙動不審になった。
「正直、俺は憩衣と釣り合っているなんて思ってない」
「えっ……な、ならば何故お付き合いを? 他の男子に譲ろうとは考えなかったのですか?」
「……は?」
自分でも信じられないほど低い声が出た。
「あのな、憩衣は景品か何かじゃないし、そもそも質問がおかしい。俺が告白して彼女が受け入れたって答えただろ……立場が逆ならまだしも、俺が好きだから告白したんだぞ?」
さっきの動揺を引き摺っているのか、考えがまともじゃない。
周囲の男子達を一瞥すると、彼らも唖然としていた……ここまで小野寺がポンコツだとは思わなかったんだろう。まあ仕方ない……俺みたいな頑固な相手は初めてなのかもしれないし。
「ああっ、言葉を間違えました。何故身を引こうとしなかったのかと……」
本当に大丈夫なのか、小野寺。もしや新聞社の御曹司って肩書きだけで旗頭のように上手く利用されているだけじゃないのか? 何故俺が心配する羽目になるんだ……。
「はぁ……それは、俺と俺の男以外に家柄の差があるからって意味か?」
「そうです。緋雨もわかっているじゃないですか」
「本当にあると思っているのか?」
「はい? それはあるでしょう……現に一般生と特待生という立場が――」
「そういう客観的な事実じゃなくて、堀原憩衣から見た家柄の差があるのかって聞いているんだよ。堀原財閥の娘からして、俺みたいな庶民と中小企業の御曹司にある家柄の差は?」
多少はあるかもしれない……が、真の上流階級から見た自分たちの立場なんて、小野塚含む一般性は考えたくなくて目を逸らしている事実だろう。
上には上がいる……それを本当に理解しているなら、下々を見下す余裕なんてないはずだから。まあ例外的に、安栖みたいなマウントモンスターもいるにはいるが。
「えっ……えっとその……ですね」
「別に答えなくていい。ただ合理的な説明をするなら、こういう回答になるってだけだ。これで納得してくれ」
「あ、はい」
「以上で質問には全部答えた。ところで、小野寺の作る記事は学園内にでも掲載されるのか?」
「ま、まあ……新聞部としては」
おお、ドンピシャな部活あるのか。なら、新聞の為にもう少し話を加えておこう。
「あーっとさ、さっき俺が憩衣と釣り合っていると思わないって答えたけど、訂正していいか?」
「えっ、内容次第……なら」
「俺がそう思っているのも、今の内だけって付け加えておいて」
「そこにはどういった意味が……?」
「憩衣が近くにいて、俺の成績が向上した。釣り合わないままで許してくれる程、憩衣は甘い女じゃないってことだ」
まだ弱いかもしれないが、向上心があることだけは伝えておく……ついでに憩衣にも考えがあることを意味するように。
事後自得だが未だに俺をただの二次元オタクだと思っている連中はいるだろうし、出来れば小野寺の記事には俺の印象改善を手伝ってもらいたい。
「さて、それじゃあ俺は帰るから」
「待ってくれ……まだ取材したいことが――」
「累、いつまでも迎えに来てくれないと思ったら、何事ですか?」
「えっ」
教室の外から、俺を呼ぶ声が聴こえて振り返ると、憩衣が立っていた。
しまった、憩衣に今日は一人で帰るって連絡を送ろうと思って、送れていなかった……いつも通りだと教室で待っていたはずだ。待たせてしまったことになる。
「用事があるなら一言連絡がほしかったです。話は後で聞きますから、もう帰っていいのでしたらご一緒したいのですが?」
「ああ、丁度帰るところだった。小野寺も、もういいよな?」
「も、もちろんさ」
憩衣は静かに品性を保っているが、言葉から内心の怒りが沸々と伝わる。
小野寺にも感じ取ったのか、俺の帰宅をすんなりと許してくれた。
しかし教室に残っても帰っても、まだ俺を休ませてくれないのか……彼氏役って舐めていたけど、こうして体験してみると大変らしい。
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