第21話 珠姫の真の目的
無事地下道にまでは辿り着いた。一時はどうなるかと思ったが、午前中に事が落ち着いて良かった。
憩衣の顔色も段々と良くなったのだが――。
「あの憩衣……」
「はい? あっ、ご心配なく。お陰様で大丈夫ですよ」
「ああ、うん。それは見ればわかるんだけど、手……まだ繋いだ方がいいか?」
「へっ? あっ……すみません」
気付いていなかったのか、顔を少し赤らめながら手を離してくれた。
「あのっ、さっきはありがとうございます。見つけてくれて……助かりました」
「なんだよ改まって。連れ出したのは俺なんだし、気にするな」
「そうですか……なら気にしません」
気にしないでほしいのは本心なんだけど、バッサリ言われてしまった。これでも滅茶苦茶焦った出来事だったので、存分に感謝してほしい。出来れば、俺に対する当たりが弱くなってもいいんだよ?
そんな時、背後からこちらへ一直線に近づいてくる足音が聴こえた。
「も~、あれから連絡ないと思ったら合流できたんだ、憩衣ちゃん」
「あ、珠姫……来てくれたのですね」
「…………えっ」
振り返るとそこには、帰ったはずの珠姫がいた。どういう事……だ? 俺は混乱した。
まるで状況を把握しているような物言いにどういうことだと憩衣を見るが、逆に不思議そうな顔を返されてしまう。
「さっき電話された後急ピッチで来たけど、無事でよかったよ~。でも、この感じだとお邪魔しちゃったかにゃ?」
「……? 緋雨くんのお陰で助かりましたので、丁度お礼を言っていたところです」
「あー、なるほど……憩衣ちゃんは思っていた以上に純粋だったね。因みにちゃんと合流出来たならお姉ちゃんに連絡入れないとダメだぞ? あたしだって心配したんだから」
「……以後気を付けます」
「ならよろしい」
自然と流れていく会話に頭が追い付かない。
何かがおかしい……だって珠姫のスマホは電源が入っておらず、電話に出られなったはずなのに……まるで憩衣が電話で呼び出したような事を言っている。
(まさか……)
そこから導き出される可能性は一つ……珠姫のスマホは少なからず充電が間に合っており、憩衣の電話に出て二人は連絡を取っていた。そこで俺の電話に出られなかった事と矛盾するように考えられるが、俺は大きな落とし穴を見逃していた。何も電源が入っていないと音声アナウンスがあった訳じゃない。電源が入っていないと判断して電話を切ったのだ。
つまり、珠姫が俺の電話に出られなかったのは憩衣と通話中だったからだ。それを証明するかの如く、俺もスマホの画面を開くと折り返し電話がかかっていた通知が表示された。恐らく憩衣の居場所へ駆け寄る為、気付かなかったのだろう。
(ああ、だから電話番号を珠姫から聞いたのかって聞かれただけで済んだのか)
俺も上手く誤魔化そうとはしたが、憩衣がすんなり追及を辞めたのは、俺が珠姫から電話番号を教えてもらったのだと勘違いしているのだろう。不幸中の幸いだった。
「累くんもありがとうね。あたしの妹、ちゃんと守ってくれて」
「守れたかは疑問だな。逸れた時点で、正直申し訳なく思ってる」
「ううん、累くんは約束守ったよ。これでこそあたしが認めた紳士だ……偉い偉い」
「いつの間に認められたんだよ……」
褒められるのは悪くない。
俺は言葉攻めに照れ臭くなってきたが、その瞬間珠姫が俺の耳元へ近づき――。
「憩衣ちゃんと手つないでいるところ見ぃちゃった!」
小声で囁いてきた。
そして珠姫はニマニマとした顔を俺に向けてくる。少し離れた位置にいる憩衣は聴こえなかったのか首を傾げている。
なるほど……珠姫が上機嫌な理由がよくわかった。
前々から保留にされ続けている俺を憩衣の仮の彼氏にしようという提案。珠姫はその目的を憩衣に対する男子の告白を減らす為だと話していた。確かに間違ってはいない。けれど、真の目的は恐らく……憩衣の男性不信、その是正に違いない。
そして俺を選んだ理由は、最も奥手そうな男子を探した結果なんだろう。
今更提案を拒否する気はないが、なんだか過保護が過ぎて呆れてしまう。この過保護の所為で前世では不仲になってしまったのではないかと疑ってしまいそうになるくらいだ。
「珠姫も急いできたのは偉いよ。偉い偉い」
「累くん、褒め方がなんか雑~」
「慣れてないなりに褒めてんだよ。偉いだろ?」
「そうなんだー、エライエライ」
「急に片言になるなよ」
「あたしは本当に偉いもーん。GPSが不自然な移動しているから地下道なのはすぐにわかったけど、あたし結構くたくたなんだよぉ」
そういや俺達の場所をこんなに早く特定できたのって、そういうことだったのか。電話で助けを求めていたって話だし、憩衣が端末のGPS情報を珠姫に送ったんだろう。
図々しいところもあるけど、珠姫がいると安心感が違う気がする。表情ではオーバーリアクションにも見えるが、俺達に気を遣わせない意図もありそうだ。
それにしても、気が抜けてお腹が空いてきた。
「もうお昼時ですし、美味しいお店でランチタイムにしましょうか」
「ああ、そうしよう。俺も丁度空腹を感じていた」
「あーんっ、お姉ちゃんを無視しないの~! いつもは憩衣ちゃん、こういう時お姉ちゃんを褒めてくれるのに酷いよぉ」
「もう充分、緋雨くんに褒めてもらったじゃないですか。エライエライ」
「憩衣……珠姫の真似上手いな」
「もちろんです。これでも双子の姉妹ですから」
「ぷくぅ、偉大なお姉ちゃんを馬鹿にしているのかにゃ? あたしの方が可愛いので!」
「さて、ランチはお寿司屋さんに行きましょう」
「憩衣ちゃんごめ~ん! お姉ちゃんが悪かったから、無視しないで~」
「していませんよー。それに好物じゃないですか、お寿司」
「ふふん、それはそうだね」
文句を垂れていた珠姫も、これから好物を食べられると知るや否や鼻歌を歌いだす。憩衣は自分の姉の性格をよく知っているみたいだ。
しかし、俺にしてみれば珠姫にこそ感謝しないといけないな。
奇跡的に話が噛み合ったこともそうだが、彼女の男性不信について俺が知ってしまった所為で、二人きりだとランチタイムが気まずくなりそうだと思ったから。
余談だが、彼女達の家に戻った後少しくらいは勉強しようとしたが、珠姫が憩衣からパンダの縫いぐるみを受け取りはしゃぎまくって、結局勉強どころではなくなった。
でもまあ……こういう日があってもいいだろう。
何となく、俺らしくもない感情に浸る……青春を感じた一日だった。
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