第19話 自覚無しデート

 ゲームセンターに着くと、中高生が友達数人で騒がしく遊んでいる姿もあれば、家族そろって遊んでいる姿まで見受けられた。休日なのかわからないが人は多く、俺は懐かしさを覚える。


 前世では家で出来るゲームに飽きた際、よくこういう場所に出向いてゲームしていた……丁度今ぐらいの時期だったと思う。偶に友達である外里も誘って、楽しかった思い出がある。

 まさか、この場にとても似つかわしいとは言い難い憩衣を連れてくることになろうとは、思いもしていなかった。


「それで、ここはどのようにして遊ぶ場所なのですか?」


 憩衣は辺りを見渡して何もわからない様子だ。こういう場所に縁とかなかっただろうし、当然の反応である。初めての場所に、憩衣は緊張しているのかもしれない。

 連れてきた手前、俺がお手本を見せるのが一番なのだが……俺がゲームの腕を誇示する為に来たわけではないし、まずは憩衣の興味を探ってみたい。


「色々とゲームがあるだろ? どれも面白いと思うが、パッと見で憩衣の気になるゲームとかあるか?」

「そうなんですね……あっ、これは知っています」

「リズムゲーム? これが一番に目を引くなんて意外だな」

「最近珠姫がスマホで似たようなゲームをやっていますので」

「あー、なるほど。今の時代はスマホでやる音ゲーの方が流行っているからな……」


 憩衣が指を差して注目したのは音ゲーの筐体。昨今、同ジャンルのゲームが急激にモバイルを通して人気を伸ばし続けている。きっと珠姫も時代に感化されたんだろうと容易に想像できてしまった。


 憩衣が気になっているそのゲームは、本格的なアーケードゲームの類であり、元々の主流とはいえ最早別物だ。思っていたものと違う、などとがっかりされないか心配だが、憩衣はやる気満々に筐体へ触れた。


 内心でやれやれと感じながらも、俺はチュートリアルプレイを見せながらゲームの説明をしていく。手短に説明を終えた後、実際にプレイしてもらいながら、サポートに徹することにした。


「そのノーツを叩くんだ。曲が終わるまで叩いて、上手く叩けた分のスコアが出る感じだな」

「何となく理解できました。私は記憶力がいいので、多分得意だと思います」

「……音ゲーは譜面を全部覚えて叩くものじゃないと思うが、本当に理解できたのか?」

「まあ見ていてください!」


 謎の自信に溢れた憩衣が実際にプレイしてみるが、結果は俺の予想通り。リズム通りに叩かないといけないのにどうにも噛み合わず、憩衣の初プレイのスコアは低かった。本人曰く記憶力の問題だというのでもう一度同じ譜面をプレイさせてみたが、上達は感じられないまま。


「曲が速いからいけないんです。他の曲ならできます」


 結果、逃げるように違う譜面に挑んでいたが――。


「なっ!? 急に速度が遅くなりました! わっ、私何もしていないのに……強く叩いて壊れちゃいましたか!?」

「それはソフランっていう、リズムゲームでよくあるギミックの一つだ。バグじゃないから安心しろ」

「そういう事は初めから言ってください! 卑怯ですよ!」

「えぇ……」


 どうやら一発目のゲームにして中々ハマったのか、文句を言いながらも良いスコアが出るまで何度もプレイし始める。段々と俺の言葉にも耳を貸さず夢中になり始めていたので、隣の筐体で俺もプレイすることにした。


「嘘っ! なっ、なんで叩けるんですか? これ練習していたんですか?」

「いや、この譜面は初めてだな」


 憩衣の集中が途切れたのか、横から俺のプレイを覗いた彼女は驚いていた。俺にだってブランクはあるが、初心者ではない分それなりに出来る。腕前を誇示するつもりはなかったが、上手くなった先のビジョンを見せることは上達への近道だ。


「……意外に頭が良かったんですね」

「まず音ゲーの上手さと頭脳を直結させるところから離れようぜ。単純にテンポ良く叩いているだけだよ」

「難しいです……けど、出来るようになったら楽しそうだとは思います」

「そうか、それは良かった」

「はい。良いストレス解消法になりそうですね」

「……ゲームは楽しむものだからな? サンドバッグじゃないからな?」


 夢中になって純粋に楽しんでくれているものだと思っていたが、憩衣は予想の斜め上を突き進んでいるようだ。

 段々と終わる気配が見えなくなってきたので、キリの良い所を見つけて筐体から引きはがした。その瞬間のむすっとした顔を見れば、当初の目的を忘れているのは一目瞭然だった。


「これは知っています!」


 次に遊ぼうと決めたのはクレーンゲーム。有名且つゲーセンでは代表的なだけあって流石に知っているみたいだが、触ることは初めてらしい。

 憩衣が目を付けたのはパンダの縫いぐるみが景品になっている台だった。


「なんで、パンダ……」

「可愛いじゃないですか、パンダ」


 今朝、自分のことを動物園のパンダのように見るなって言っていた気がするが、ちゃっかり自分が可愛いって言っているようなものだったのか。まあ可愛いのは事実か……パンダの縫いぐるみを欲しがるなんて、意外と俗っぽいところも含めてな。


 クレーンゲームはボタンとレバーを操作するだけの簡単なゲームなので、初心者でも簡単に遊べると思っていたが――。


「確かに掴んでいたのに、どうして落とすんですか! おかしいです!」

「ああ、アームの力が弱い台みたいだな」

「じゃっ、じゃあ……絶対取れないじゃないですか!? 詐欺です!」 

「ちょっとコツがあるんだよ。貸してみな?」


 憩衣は納得がいかないのか譲りたくなさそうだった。しかし俺が自身有り気な顔を見せると怪訝な表情を見せながらも譲ってくれた。


「取れてないじゃないですか……嘘吐き」

「一回で取れるとは言ってないだろ。ほら、少し動いてるのわかるか? こうやってっ……何回か動かしていけば落とせる……なっ?」

「嘘っ……」

「嘘じゃなかったみたいだな」


 俺の作戦を言葉で説明しながら実演して見せると、憩衣は唖然としだした。そして取り出し口からパンダの縫いぐるみを取り出すと、憩衣は小学生のようにキラキラと目を輝かせたが、俺と目が合うとすぐ正気に戻った。


「わっ……私もやってみます」

「もう目的の物は取れたと思うんだが、同じ縫いぐるみでいいのか?」

「何言っているんですか! 珠姫の分も取るに決まっています」


 じゃあ、俺が取った方は憩衣が貰ってくれるのか……言葉の裏を返せばそういう事になる。

 それにしても珠姫の分を考えるって、本当に二人は仲が良いんだな。前世では何故、これが仲違いなんてしてしまったんだろう……本当に謎だ。


 まあ姉へのお土産じゃなくても、単純に同じ条件のゲームでリベンジしたいという気持ちが強いだけかもしれない。負けず嫌いらしいからな。

 しかし、気概とは裏腹にアームの動きと縫いぐるみの位置は上手くかみ合わない。


「ううっ、何が違うんですか……同じようにしているはずなのに、微動だにしません。やっぱり壊れています」

「まったく、仕方ないな」

「えっ」


 憩衣がレバーを掴む手の上に、俺も手を添えてアームの移動をサポートする。憩衣の操作は興奮のせいかレバーを止めるのが若干遅かったので、その点だけ是正すれば上手くいくのだ。


「ほら、壊れていないだろ?」

「はっ……はい」

「ん? どうし……あっ、悪い。つい手を」

「大丈夫です。次から……気を付けてくれれば」


 さっきも同じことを言われたのに、無かったことにしてくれているのかな。絶対に怒られるだろうと身構えていた為、憩衣が何故許してくれたのかよくわからなかった。

 その後、憩衣は俺のサポート無しでも段々と縫いぐるみの位置を移動させ、自力で獲得に至っていた。一度体験してみれば、後は御の字……器用なやつだ。


「ふぅ、結構遊んだな……どうだった?」

「まあまあ良かったと思います」

「そっか、まあまあか」


 見事にドハマりしていた割に、厳しい言葉を頂く。まあ素直な感想が聞けるとは思っていなかったし、次だ。ゲームセンターで遊び終えた俺達は、次の場所へと向かいだす。


 今度は雑貨屋……憩衣が場所を指定した。何でもお洒落な雑貨が揃うお店があるらしく、俺にも見せたいらしい。

 また人混みの多い交差点を横切る事になるが、流石に今度は憩衣の手を握らないように気を付ける。


 代わりに逸れないよう充分に気を付けると約束したが――。


「……憩衣?」


 振り返った瞬間、彼女の姿は何処にも見えなかった。



 ***



「あれ? 緋雨……くん?」


 さっきまで追っていた筈の緋雨くんの姿が消えてしまう。人混みという環境もあって、私はすぐに状況を理解し……だからこそ焦った。彼と完全に逸れてしまったという事実だけが頭を駆け巡る。そこから真っ先に生まれる感情は、後悔だ。


(私が……手を握らないよう釘を刺したせいだ)


 すぐにスマホの画面を開いて彼への連絡先を探すが、何処にも見つからない。当然だった……以前、珠姫と彼が連絡先を交換していた時、私が自ら拒んだのだから。


「あっ……あああ……」


 息苦しくなっていく。人混みに酔った訳じゃない。もっと単純な私自身の精神的な問題。

 道中に蔓延る私を見る視線の数々……その先を認識してしまった瞬間、途轍もない恐怖に襲われてしまう。


 思考を止め後はひたすらに……逃げるように走ることしか出来なくなっていた。

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