第18話 休息の日
そんな訳で俺達は三人で中心都市部にまで赴いた。前世ではどうしてもパッケージ版のゲームソフトが欲しい時だけ、一人で歩き回った思い出がある。
入り組んだ細道まで把握しているし、上手い料理屋も幾つか知っている。尤もセレブなお二人のお口に合うかはわからないので、ランチの選択は任せたい。
いやランチ以外も、俺が知っている場所なんて年頃の女子には合わなそうで困った。
なんて考えてながら、人が込み合う街中を歩くと、チラホラとこちらへ向けられる視線と微かな声に気付く。
「ねぇ、あれ見て……すごい美男美女」
「うわっ、レベルたっかぁ……何処かのモデルさん達なのかな」
「特にあの男子、滅茶苦茶イケメンじゃない? やっぱ良い男には彼女っているものよね……」
「いや女の子二人いるし、交際しているとは限らないでしょ」
「というかあの女の子、二人とも顔似ているし、三人兄妹なんじゃね?」
憩衣と珠姫に至っては学園にいる間と似た反応だが、俺に関しては全く違う。学園の外での俺には特待生というレッテルもなければ、二次元オタクという性癖も知られていない。
そのせいか、なんだか照れ臭くなってしまう。前世でもこういう声は度々聴こえたことがあるが、何の感情も湧かなかった。きっと少しずつ、俺は真っ当な人間に変われているのかもしれない。
それにしても三人兄妹って思われていそうな声が聴こえた時は内心でテンションが上がった。そういう風に見られても違和感がないよう釣りあう為、試験勉強だって頑張っている訳だからな。
「急に意気揚々とした顔……気持ち悪いのでやめてください」
「おっと悪い」
憩衣が俺を罵倒するのに、段々と遠慮がなくなっている気がする。まあポジティブに考えれば、気を許してくれていると解釈できるか。
珠姫はというと、俺達の前を歩き先導している。余程家にいるのが暇だったのか、張り切っているようだ。しかしまあ、お洒落好きな珠姫のお陰で行く場所の宛には事欠かなそうであるし、今回は頼りにしている。
「あっ、あたしスマホの電池充電し忘れてた! なんだか落ち着かないし、あたしはもう帰るね!」
「えっ?」
「はい?」
珠姫がスマホの画面をこちらへ向けると、そこには電池のマークに『1%』と表示されており、数秒で画面が真っ暗になった。
おいおい、マジか。俺の期待を返してほしい。確かにスマホが使えなくなることは重要なことだけど、そんな理由で態々来た道をそのまま帰るか!?
憩衣の焦る顔からも、予備電源は所持していないことがわかる。
「あのっ、珠姫……急に帰るって――」
「どうせ累くんがリードしてくれるから、憩衣ちゃんは安心して! じゃあ二人とも、今日は楽しむんだよぉ! ばぁい!!」
珠姫は段々と声を大きくしながら、駆け足で逃げて行く。嵐のように過ぎ去った彼女はあっという間に人ごみに紛れ……追いかけようにも無理そうだった。
(しかも珠姫のやつ、全部俺に押し付けていったーっ!!)
まあ珠姫がここまで来ていなかったら、憩衣も付き添ってくれなかったかもしれないし、ここまでしてくれただけでも彼女には感謝すべきなのかもしれない。
寧ろ、今日が憩衣と仲良くなれる絶好の機会なのだと考えようじゃないか!
珠姫の行動に唖然としていた憩衣も、溜息を吐いて落ち着き始める。
「はぁ……最初からそういう腹積もりだったんですか?」
「いや、俺は何も知らなかった。至って真面目に本当だ!」
関係がないと言ったら嘘になるが、知らなかったのは事実だ。俺はジェスチャーを介しながら必死に否定した。
「はぁ……どの道このまま帰ったら珠姫が煩そうですし、今日は貴方の言う休息に乗ってあげます。折角なら、貴方が普段行くような場所へ行ってみたいです」
「えっ、いいのか?」
「勉強会を通して、貴方のことを見定めるつもりでしたが……良い機会です。貴方の事が知りたいので、貴方の行きたい場所に連れて行ってください」
聞こえは悪くないが、要はそれこそが憩衣にとってのショッピング……俺の品定めってことか。
出来るだけ見栄を張りたいところだが、残念ながら俺を探っても今のところは悪い部分が殆どだからな。
行く場所には迷う……無垢なお嬢様に対してオタクの知識をひけらかす事は憚られるし、何より俺がしたくない。却下だ。まあ何かを買いに来た訳じゃないし、適当にぶらぶら散策するのも楽しみの一つだろう。しかしまずは、誰でも軽く楽しめそうな場所へ連れて行くか。
「まあ……遊びに行く場所といったら、ゲームセンターくらいか」
「では、早速行きましょう」
「おう」
二人きりだけど憩衣に嫌がる様子がなくて良かった。また珠姫に振り回されていると不憫に思われているのかもしれないが、俺は期待を裏切らない為にも全力で憩衣を楽しませるつもりだ。
休日である所為か、今日は街中の人混みが凄まじい。交差点なんて立ち止まることは出来そうになく、流れに乗るようにして俺達は歩く。
「おっと」
突如として憩衣が男性とぶつかりそうになり、俺は勢いで憩衣の手を握って引き寄せる。
「……っ」
「あっ、すみません。急いでいるもので!」
「いえ、お気になさらず」
律儀にも男性は謝ってきたが、立ち止まることすら危ないのでやめてほしかった。
憩衣は嫌がる言葉や素振りこそ見せなかったが……俺が握った彼女の手が僅かに震えた気がする。
人混みを抜けてから手を放すと、憩衣は何処か委縮するような様子を見せる。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です……けど、次から手を握るのはやめてください。驚きます」
「お、おう。次からは気を付ける」
俺は申し訳なく思いを見せるように首を竦める。が、内心では憩衣の妙な言い方に引っ掛かりを覚えていた。突然の出来事に驚いているのか、手を握られたこと自体に動揺しているのか……どちらなのかわかりにくい言い方だ。
しかし、俺にはその答えが後者だとわかってしまった。
(なるほどな……そういうことかよ)
そこで憩衣に対する疑問が一つ、氷解した。
珠姫の言っていた事はどうやら本当らしい。俺が思っていたより、ずっとシンプルだったようだ。
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