第16話 勉強会

 珠姫の提案によって学校が終わった後の放課後、二人の家へとお邪魔させていただく。リビングとトイレ以外の部屋には立ち入り禁止という条件付きだ。それが理由ではないのだが、少し肩身が狭い……気がする。俺が男だからなのかな。


「想像以上に、質素なリビングで驚いた」

「なにそのつまらない感想……なんか失礼じゃない?」

「いやだって、珠姫って派手好きなイメージがあったからさ」

「リビングは私も利用しますので。もちろん、珠姫の私室はご想像通りだと思いますよ」

「もーっ、憩衣ちゃんったら勝手にお姉ちゃんの私室のことバラさないの!」

 

 珠姫に対して派手とは言ったが、正確に言えばお洒落好きな印象が強い。実際、今の珠姫は私服でありトレンドを抑えたような服選びをしている。前世でも彼女は服選びが趣味で、会う度に違う服を着ていた。変わらないものがあるとしたら、両手に身に着けた鈴付きのブレスレットくらいか。彼女の猫っぽい性格を形容するように、チリリンと鳴らしている。


「意外と言えば、憩衣も結構お洒落な服着るんだな」

「いっ、意外って何ですか……追い出しますよ」

「いや、可愛い服着るんだなって……似合ってるよ」

「ななっ、ななな――」

「いいでしょ~、あたしが選んだんだ」


 憩衣の服装は白い肩出しのワンピースで、制服の時より大人っぽさを感じる。俺が純粋な男子高校生だったら、気合の入ったお洒落に惚れてしまいそうだ。にしても、珠姫ならもっと派手な服とか着せたがると思っていたが、そんなこともないんだな。美的センスには正直という事か。二人の仲が良かったお陰で、いいものが見れた。


「そんな事よりっ、早く勉強始めますよ! 一体何の為に来たのですか」

「おう、急かさなくても準備はもうできてるよ」


 本格的に勉強会を開始すると、憩衣に言われた手順で問題を解く。基礎と応用を繰り返し、注意すべき点は憩衣の見やすいノートを見せてもらい学ぶ。学年主席の名は伊達ではないと、ノートからは彼女の努力を思い知った。


 因みに珠姫は……置物になっていた。ソファーで昼寝しているか、チリリンと鈴を鳴らしながらスマホで遊んでいる。態々絡んでこないし、猫みたいなものだと考えれば全く気にならない。

 というか、ここまで余裕を見せておいて、よく学年21位が取れるものだと感心するくらいだ。これが努力する天才じゃなくて本当に良かった。



 ***



 勉強会が始まってからあっという間に四日が経過した。

 今日は休日なので、朝から憩衣の家に向かう。自宅を出る前、母さんには非常に驚かれた。毎日帰りが遅くなる理由として友達に勉強を教わっているとは伝えていたが、全く信じてもらえてなかったらしい。もちろん、その友達が女子だとは言っていない……言ったら母さん卒倒しそうだしな。

 何はともあれ、最早習慣のように憩衣から勉強を教わろうとテーブルにテキストを広げる。

 しかし今日は憩衣の姿が見られず、リビングにいたのは浮かれたテンションで紅茶を淹れる珠姫だけだった。


「にゃ~、にゃにゃにゃ~」

「あれ、憩衣は?」

「にゃっ…………っとね、今日は寝坊なんだよねー。朝から来てくれたのにごめんよぉ」

「いやこっちが教わっている立場だし謝らなくていいけど……それより憩衣が寝坊したって、本当なのか?」


 真面目な憩衣が寝坊だなんて、にわかに信じられなかった。珠姫は俺の質問に答えにくそうな顔をする。


「その……一応、自習すべき課題はメモに残してくれているよ」

「…………」


 渡されたメモには、憩衣の筆跡でTODOリストが纏められていた。しかし、何かがおかしい。だってこのメモの存在自体が、まるで自分が寝坊するとわかっていたような用意じゃないか。


「珠姫、何を隠しているんだ?」

「………」

「おい」

「ちょっ、言う言う……言いますからほっぺた突くの禁止ぃ!」


 黙って誤魔化そうとしてきたので、頬を指で突くと白状してくれる気になったみたいだ。


「はぁ、憩衣ちゃんは内緒にしてほしかったみたいだけど、まあいっか……あのね、憩衣ちゃんが頑張り屋さんなのは、もう知っているでしょ?」

「ああ。あのノートを見れば流石にわかる」

「だよね。それじゃあ……憩衣ちゃんはいつ自分の勉強をしていると思う?」

「……ッ!!」


 珠姫に問われた瞬間、背筋が凍った。

 当たり前のように教えてもらっていた三日間。俺は何故不思議に思わなかったのか。

 憩衣は珠姫と違って天才ではない。記憶力だけなら天才と呼べるかもしれないけど、憩衣は才能に驕らず並々ならぬ努力をしている秀才だ。

 勉強会でも自分の勉強する姿は見ているが、それでも集中している様子はなかった……俺の質問にすぐ受け答えできる準備をしていたからだ。


「待ってくれ。あいつ、睡眠時間削って自分の勉強しているのか!?」

「それだけじゃなくて、累くんの勉強プランも夜な夜な考えているみたい……」

「なんでそんな無茶っ――」


 俺は立ち上がり、憩衣の私室へ向かおうとする。俺は憩衣にそこまでしてほしいなんて頼んでいない。それで自分の睡眠時間を削るなんて馬鹿か。文句の一つも言いたい。

 しかし、珠姫が俺の腕を掴み止めた。


「あたしも悪いと思っているんだよ? 元はと言えば、あたしが提案した勉強会なんだし……けど、あの子は真面目過ぎるから」

「……珠姫は、なんで止めなかったんだよ」

「だって、憩衣ちゃんがそうする理由は累くんの力になりたいみたいだったから。それで仲良くなれるなら……いいかなぁって」


 珠姫は困った顔をしながら、彼女なりの判断があったことを説明した。最初から、彼女はそのスタンスで動いていた……今更俺がとやかく言うべきじゃない。そもそも誰かが悪いと考えること自体がお門違いか。


「……見当はずれなこと言った、悪い。珠姫だって俺の事を考えて判断したことだったのに」


 原因があるとすれば、憩衣の真面目な性格を甘く見積もっていた事と、俺が憩衣を頼り過ぎた事の二点だ。もっと俺が自主的な姿勢……つまり余裕を見せれば、憩衣も安心して自分の勉強に集中できる。


「まっ、まあ試験勉強で徹夜するって、一般的にはそんな珍しいことじゃないんじゃない?」

「あっ、ああ。確かに、一日二日くらいなら……そうだな」

「でしょ? なので、この件はこれでおしまいにしよう!」

「……わかったよ」


 珠姫が手のひらを広げてわしゃわしゃと振り、チリリンとブレスレットの鈴を鳴らしまくった事で、強引にも明るいムードに戻した。

 こういうところが、珠姫のすごいところだと実感する。見た目も中身も、彼女は眩しいほどに明るい。

 俺も少しは見習うべきだな。


「そういえばさ、俺って学校の皆から嫌われ過ぎじゃね? いつも陰口言われているんだけど」

「累くんが入学してすぐ変な自己紹介したからでしょ~? 自業自得じゃない?」

「そりゃそうなんだけど……尾ひれが付いてロリコン呼ばわりまでされているんだぞ!」

「あー、それはご愁傷様~」

「珠姫、全然可哀想って思ってないだろ! 寧ろ面白がってるだろ!」


 珠姫は手を口に当てて笑いを堪えていた。

 最近よく話す仲としては、珠姫も俺への陰口の一つや二つ聞いているはずだ。憩衣と二人で美人姉妹って呼ばれるくらいには影響力あるんだから、少しくらい俺の良い噂流してくれてもいいんだよ?


「あとは安栖だな。あいつ、特待生嫌いだから、会う度に難癖付けられる」

「心配しているだけだと思うよ?」

「そうかなぁ」


 もしかして珠姫、特待生排斥派の存在を知らないのか? 安栖はあそこの筆頭なんだが。

 訊こうかと思ったが、これ以上は悪口に発展しそうなのでやめておく。珠姫が安栖をあくまでも良い人だと思っている間は止しておこう。俺も明るいムードを作ろうとしたつもりが、ただの愚痴になっている気がする。いや愚痴たくなるくらい、安栖の当たりが強いのが悪い。


「特待生嫌いと言えば、同じく憩衣にも時々睨まれているんだけど、俺。それについては?」

「ん……? 憩衣ちゃんは別に特待生を嫌ってないよ?」

「そうかぁ?」

「うん。それは間違いなく気のせいだよ」

「……本当か? それにしては結構俺に冷たい感じするけど」

「まあ、憩衣ちゃんはツンデレちゃんなので」

「デレを見たことない気がするんだが」

「ツンツンなので!」

「それはもう冷たいだけじゃないか!?」


 じゃあ、ただの人見知りだったのか? 特待生だから目の敵に見られているものだと思っていたけど……単純に俺の噂を知っていて、嫌っているって可能性もあったか。

 憩衣に対する疑問は尽きない。


(あいつは、本心が表情にあまりでないからなぁ)


 俺は憩衣の事を知りたがっているのに、全然教えてくれないのだと……俺が一番愚痴りたいのは憩衣のそういうところだ。流石に姉の前では言えないけどな。

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