第13話 何故か珠姫が付いてくる

 喫茶店を後にした俺は近場の本屋へと赴いた。勉強するには教材が必要。手持ちのお小遣いはあまり無いけど、今日は奮発して沢山買うつもりだ。


 というのも、近々臨時収入が手に入る。

 俺がデータを削除した二次元コンテンツは、ダウンロードしたデータである。俺は多くをダウンロード版で購入していたが、中にはパッケージ版も含まれていた。パッケージソフト自体はそのまま綺麗に保管していたし、売ってしまえば多少の資金調達はできるという算段だ。


 勿論、俺にとっては十年以上生活を共にしてきた宝物。しかし、その影響なのか過去の遺物というイメージがある。中には後々隠れた名作と呼ばれプレミアが付くようになるノベルゲームもあった。だがコンテンツというものは時代と共に進化し、急速に淘汰されていくものだ。

 これは俺がただのオタクから頭の良い人間に進化する為、必要な淘汰である。


「ねぇねぇ」

「……ふむふむ」

「ねーえー」


 数学で使う教材を数冊読み比べていると、横からうるさい声が聴こえる。言わずもがな珠姫だ。早く帰ればいいものを何故か付いてきていた。暇なのかね。


「腕を揺らされると、読みにくいぞ」

「あたしを無視するからじゃん。ちぇーっ、昨日までの何処か冷めた累くんに前戻り?」

「こっちは教材選んでいるんだよ。わかっている癖に、卑怯な言い方するな」

「他人様のご意見には興味ないの~? ここに賢い同級生がいるっていうのに~」

「……賢い?」


 憩衣が常に主席を保守していたことは知っているが、珠姫の成績は全く聞いていない。

 だけど今如何にも暇そうにしている姿とその性格から、勉強なんて出来るとは露にも思っていなかった。


「そう、累くんはあたしを侮っていたようだね? 実はそこそこ勉強できるのです」


 珠姫は自慢げに答える。

 まさか、日頃の積み重ねがあって余裕があるとでもいうんだろうか。考えてみれば腐っても憩衣の姉だし、前世でも親の事業を引き継ぐほどの手腕は持っていた。

 おお、もしかして貴女が救世主だったか。


「なんだ、そういう事ならもっと早く言ってくれよ」

「累くんが無視してきたんじゃん」

「む、無視していないよ。ただ気付いていなかっただけさ……ところで珠姫には初学者に合った教材を教えてもらいたいんだが……」

「ん~? それは無理」

「は?」

「だってあたし、お勉強とかそんなつまらない事しないもん。大体、授業聞いていればできるじゃない?」

「…………」


 天才肌だったか。

 僅かにでも珠姫を知的で恰好良く感じてしまったことが恨めしい。最早意見を聞いたところで何の役にも立たないだろう。

 希望を打ち砕かれた俺は、呆れて物も言えなくなってしまった。


「因みに、一学期の期末試験って学年何位だったんだ?」

「えっとね、確か21位だったよ。ずっと21位なんだ」

「ギリギリ発表されない順位だったのか……もったいねーの。頑張れば良い線いきそうなのに」

「え~、ヤダよ。頭が良いってあたしのキャラじゃないでしょ」

「そのキャラ守る意味あるのかよ……」


 こんな向上心のない者に才能が宿ってしまうとは……世の中不公平な事ばかりだ。

 しかし奨学金の為に学年五位以内を目指す俺にとっては、万が一の為に珠姫が頑張ってしまうと困る。本人にやる気がないみたいだし、焚きつけるような言葉はこれ以上なしだ。

 取り敢えず六冊の教材をレジへと運び、丁度一万円を支払った。


「あたし疑問なんだけど、そんなに買う必要あったのかな?」

「そりゃ全科目を勉強する為に必要だしな。これでも減らしたんだ」


 書店を後にした俺達はエスカレーターを降り、駅へと繋がる地下通路を歩く。

 珠姫のような天才様にはわからないんだろう。凡人は努力あるのみなのだ。しかし、彼女の心配そうな表情が目に留まる。六冊もの本を紙袋に入れ手にぶら下げているのが重そうにでも見えたんだろうか。


「……? ねえねえ、勉強する為の参考書が必要なだけなら、うちの学校の図書館使えば良くない? 進学校なりに一通りの教材は揃えてくれているよ」


 その瞬間、俺の足は止まった。珠姫は俺の前に立ち、顎に人差し指を当てながら不思議そうに俺を見てくる。


「言うの遅くない?」

「だって、累くん。あたしの話聞かなかったじゃない~、むすぅ」

「……はぁ、マジで悪かったよ」


 意見求めるように仄めかしていたのは、これが理由だったのか。さっさと言わない時点で意地悪だと思うんだけど、俺も意固地にならず珠姫が満足するまで先に話を聞いておくんだった。

 俺は反省しながら、踵を返す。


「じゃあ半分くらい返品するか」

「えっ、その必要はないんじゃないかな」

「こう言うのも格好悪いけど、資金難なんだ。背に腹は代えられない」

「……確か、一万円だったよね? 代金」

「は? ああ。それが一体どうしたんだよ」

「あたしが恵んであげるよ」

「……やめろ。そういう同情を引きたくて言ったんじゃない」


 どうにか怒りたい感情を胸の内に抑え込んで慎重に言った。そりゃ、珠姫の懐は余裕たっぷりだろう。堀原財閥の御令嬢なんだから、さぞ多額のお小遣いを与えられているのだろう。だけど、俺にもプライドというものがあるのだ。それも義兄になった時に恰好が付かなければならない。

 俺は険しい表情を珠姫に向けるが、対する彼女は動じなかった。


「だけど、あたしは返品してほしくないなぁ」

「どうしてだよ」

「学校の図書館は十八時には閉館するし、休日には利用できないってこと忘れてない? 家で勉強する時に必要だよ」

「三冊もあれば充分だ」


 珠姫の言う事は正しいのかもしれない。だけど俺が返品しようと俺の勝手だろう。ここで口を出してくる理由こそ、いまいちわからない。何か裏があるんじゃないかって、勘繰ってしまう。


「友達がお勉強頑張るなら、あたし力になってあげたいな?」


 ……ズルい言い方だ。上目遣いでうるうるとした目を向けてくるし、否定の言葉が喉に引っかかる。肯定するにしても、恥じらいを覚えてしまいそうだ。これは……降参だな。


「はぁ、わかった。返品はしない。だけど情けもいらないから」

「そっか。累くんがそう言うなら、頑張れ~」


 その言葉は皮肉ではなく、心からの応援だと伝わる。裏がありそうだなんて疑ったが、考え過ぎだったようだ。

 駅のホームへと立ち、電車を待つ中、未だに付いてくる珠姫に疑問を覚えてくる。


「あのさ、珠姫」

「何?」

「帰り道、もしかして同じなのか?」

「……逆方向だね」


 珠姫はニッコリと微笑み答えた。いつまでも付いてくるから、まさかと思ったぞ?

 同じホームの両側に丁度到着した電車。珠姫は手のひらを広げてわしゃわしゃと振りだす。


「じゃあな」

「うん! また明日~」


 信じられないくらいずっと元気な奴だ。何処にそんな活力があるんだろうな。


 前世でも、珠姫は何度俺に無視されたって絡み続けてきた。何らかの目的の為に俺を彼氏にしたいという変なお願いのことだ。しかし物事には終わりがある。珠姫の目的が別の形で果たされたのかどうか知らないまま、彼女は突然来なくなった。


 最初は珠姫のことを鬱陶しい現実の女子の一人としか思っていなかったものの、いざいなくなると寂しい気持ちがほんの少しだけあったことを覚えている


 今日初めて絡んでみて、ちょっと鬱陶しいと思う所があったのは否定しない。

 だけど、未来の義妹以前に友達として、ある程度はこの関係を大事にしたいと思えた。

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