第8話 告白現場
憩衣を探す為、先導する珠姫に付いていく途中、俺は彼女に問いかけた。
「なぁ、何処へ向かっているんだよ。まるで憩衣の居場所を知っているみたいじゃないか」
未来から戻ってきたにも関わらず居場所を知らない俺に反し、何も知らない筈の珠姫の足取りは目的地を知っているように一直線だった。
「え~、憩衣ちゃんも呼び捨てなの? あの子、怒るよ」
「怒られてから考えるからいい」
「いいね。あたしのほしかった回答だよ」
珠姫は満足そうに微笑む。その笑みに含まれている感情は一つじゃない。憩衣を怒らせたいという悪戯心だけではなく、憩衣に対して遠慮のない俺を求めているような気がした。
まあ珠姫としてはそういう相手の方が話しやすそうだもんな。
「それより答えてくれよ、俺達は一体何処へ?」
「プール棟だよ」
「そこに憩衣がいるのか?」
「多分」
鼻歌を歌いながら歩く珠姫はご機嫌だ。もしいなかったら無駄足なのに、暢気なものだと俺は億劫になりそうだ。
「多分って言うけどさ――」
「ん~?」
「確証もないのにまず向かう場所にしては、プール棟は遠くないか?」
「ちっちっち! 甘いよ、累くん。あたしは憩衣ちゃん以上に憩衣ちゃんを知っているのです」
「双子だし、そりゃ他の誰よりも知っているんだろうけどさ……それが?」
「憩衣ちゃんのことならお見通しってこと!」
「……勘か」
「ただの勘じゃありません!」
勘であることを否定してほしかった。
「エスパー的な……そういう?」
「ぶっぶー」
「じゃあ何だよ」
「まったく累くんったら何も知らないのね。これぞ女の勘ってやつよ」
「つまり、ただの勘じゃないか……」
珠姫はドヤ顔を見せてくるが、荒唐無稽な回答にちょっぴり灯っていた期待の熱が完全に冷めた。
さっき慰めてくれた時は、少し尊敬しそうだったのにな……ノリと勢いで行動していそうでいよいよ不安にもなってくる。
俺が呆れた顔を見せると、珠姫は再び自信満々な顔を浮かべて自身の豊満な胸にポンポンと手を当てだす。
「まあお聞きなすってください旦那~」
「はぁ……」
「憩衣ちゃんを探す為にまず考えるべきはね、何処へ行ったのかよりも、こんな時間に何用があるのか……なんだよ!」
「いやいや、用事があるならそれこそプール棟はないだろ」
何しろ今の季節は秋だ。この前プール納めは終えているし、水泳部が放課後に使うくらいしか人気もない。
待て、人気もない……?
「おやおや、その顔は累くんも気付いたみたいだね? そう、あたしの予想では今頃……っと、まあ実際に見てごらんなさいな」
丁度、目的地へと辿り着いてしまった。館内の窓から屋内プールをこっそり覗くと、プールサイドに二つの人影が見えた。
その一方は憩衣の姿。おいおいマジかよ……適当言っているのかと思ったら、本当に珠姫の言った通り、憩衣がプール棟にいた。
もう一方の人物にも目を向けると、顔に見覚えがある。確かあれは水泳部の部長……に一年後なるはずの男子だ……名前は忘れたけど。
さて、この状況。流石に何をしようとしているのかを察せない俺ではない。
「堀原さん、好きです! 付き合ってください!!」
おいおい……俺は本当に告白の現場に居合わせてしまったらしい。
隠れているとはいえ、気まずくって仕方ない。
「えっと、あの……」
「ああ、驚いているよね。大丈夫、返事は急いでいないから、今じっくり考えてほしいんだ」
男子の台詞に、俺は眉をひそめる。じっくり考えてほしいだなんて言いながら、今その場でと言う辺り……どうしてもずるい気がしたのだ。
ぶっちゃけ俺はこの告白の顛末を知っている。憩衣は生涯彼氏を作ったことがないからだ。だから男子を気の毒に思う訳だが、せっかちな性格だと知り同情はしたくなかった。
すると隣で一緒に現場を覗いている共犯者が、こちらに寄ってくる。
寄ってくるのはいいんだが……なんか距離近くないか?
「実は今朝、憩衣ちゃんの下駄箱にラブレターが入っていたんだよね」
「ラブレターって……今時、古典的だな」
「なによぉ、それも素敵でいいでしょ」
「ま、まあ確かに王道展開では……って、何でもない」
悪い癖が出てしまったと、俺は顔を逸らした。珠姫との物理的距離が近い所為か、黒歴史を掘り起こすようなヘマに恥ずかしくなってしまう。
ラブレターは物的証拠が残るし、現実では相当な勇気がいる行為だ。男子の性格からつい穿った考えをしてしまったが、告白の方法として否定すべきことではない。それでも、珠姫はやけにラブレターに対して肯定的のように感じた。
「てか、やっぱり最初から憩衣の居場所知っていたんじゃないか」
珠姫の言葉はつまり、そう白状していることになる。ラブレターの文面を確認していたから、こうして憩衣の居場所を知っていたのだろう。
多分とか、またさりげなく嘘吐かれていたみたいだ。
「ううん、憩衣ちゃんは手紙の内容見せてくれなかったんだ」
「は? ならどうして……」
「憩衣ちゃんは気付いてなかったみたいだけど、下駄箱近くで陰ながらチラチラ見てくる男子がいたからね」
……そういう事かよ。
その明らかに怪しい男子は、憩衣がラブレターをちゃんと受け取ってくれるのか心配だったに違いない。もし間違えて別の下駄箱に入れていたら大惨事だからな。
その男子の姿を見ていたなら、珠姫がラブレターに対して肯定的なのも頷ける。要は同情したのだろう……俺と違って。
「んで、それが水泳部のエースとあれば……場所を推測くらいはできるでしょ?」
「ああ」
珠姫が憩衣の行方を確信していた理由に合点がいった。
ラブレターの送り主から告白場所をある程度推測でき、あとはタイミングだけ。そして突然教室からいなくなった憩衣の姿……なるほど、恐らく辿り着くのはここだろうな。
「ところで珠姫さん」
「どうしたの? 急に改まって。あたしに告白ならお断り――」
「近くない?」
「えっ……ひゃっ!?」
珠姫は飛び跳ねながら離れると小動物のように丸くなって、一瞬警戒態勢をとる。しかしすぐに警戒を紐解き、何でもなさそうに一定の距離を取りながら近づいてくる。
まさかとは思ったが、無意識だったらしい。
コロコロと変わる態度に、何がしたいのかよくわからない。何故か頬を赤らめ、恥じらいを感じているようにも見えるが……。
「お気持ちは嬉しいのですが、ごめんなさい。貴方とは付き合えません。私よりももっとお似合いの女性がいると思いますよ」
そんな時、ようやく憩衣の答えが出たらしい。やけに慎重な返答に、やはり最初から振るのは前提で台詞を考えていたことを悟る。
「……そんなことない! 本当にダメなのか? 俺、君を幸せにできる自信あるんだ!」
その宣言には、まだ諦めきれないような未練を感じ取る。ああ、手遅れになる前に手を伸ばしたくなるよな、俺もわかるよ。手を伸ばすことすらできなかった俺には、痛いくらい眩しい。だけど――。
「やめてくだ……さい。本当に……無理なので」
憩衣はゆっくりと距離を詰める男子から離れようと、おどおどと後退りする。
彼女は嫌がっている。あの男子はその事実を受け止めなければならない。そうでなければ、独り善がりな気持ちが相手を傷付けることを俺は知っている。
「むっ、無理って……流石に酷くないか? そうか、もしかして俺が特待生だから親にダメって言われているの?」
「……えっ?」
憩衣の手が震え出した時点から、俺は無意識に飛び出した。未来を知っているからって、無視できることじゃない。安全を知っているからって、我慢できることじゃない。
憩衣の義兄として、俺は許さない。
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