第7話 おあいこ

 二つ隣の教室へと行き着き、珠姫はその室内を見渡した。

 誰か探している人でもいるのかと考えていると、珠姫は困った顔をしながら近くの女子生徒へ声をかけだす。


「あの~、憩衣ちゃん教室にいない?」

「あっ、珠姫さん。えーっと休み時間になってからはお見掛けしていませんね」

「そうなんだ。困ったなぁ」

「珠姫ちゃん! 憩衣ちゃんならさっき急ぎ足で何処かへ行ったよ?」

「本当? サンキュー! すれ違っちゃったかにゃ~」


 言伝に聞いても何処へ行ったのかまでは誰も知らないらし……珠姫はこちらを見ながら首をかいて困ったように半笑いを浮かべた。

 しかし、俺はそれどころじゃなかった。思わぬ展開に言葉を失っていたのだ。まさか珠姫が憩衣に会いに来ていたとは思っていなかったから。


(マジでどういうことだ?)


 正直、俺は混乱している。てっきり物心ついた時から仲が悪いものだと勘違いしていた。

 けど珠姫の様子から察するに、まだ二人は不仲になっていないらしい……という事だろうか。俺にとっては都合の良い展開ではある。棚から牡丹餅だ。けれど、それはそれで先が読めない話になってきた。


「普段は教室で待っているはずなんだけどー、いなかったね」

「……友達を探していたのか?」

「はにゃ? 知っているでしょ、憩衣ちゃんのこと。な~んで惚けているの?」


 そんな常識みたいに言われても、珠姫と仲の良い憩衣なんて見た事ないぞ? というか、憩衣がここのクラスの生徒だったことさえ、前世含めて初めて知った。実際にこの時期の俺は堀原憩衣を存じなかった筈なので、知らないフリをする方が正常だと判断したのだ。


 なのに珠姫の物言いは、まるで俺が憩衣を知っていると確信しているように聴こえた。加えて疑いの視線まで強く俺へ向けてきている。

 そこで一つの可能性に気付く。もしかしたら、珠姫も前世のことを覚えているのかもしれない……探ってみるか。


「おかしいな。どうして俺が知っているって? 二次元にしか興味がなかった男が、他クラスの女子のことなんて知っている訳――」

「嫌だなぁ、嘘吐いちゃって。すずみんが学年次席だって知っていたのに、まさか首席の憩衣ちゃんを知らないとは言わせないぞ〜」


 珠姫はいつも通りの口調だが、声色から一切の感情が削がれていた。


 御尤もだった。深読みした俺が馬鹿みたいだ。本来なら安栖が学年次席だという情報もまた、何年後かに憩衣から直接教えてもらったことだったのに、余計な事言ったらしい。


「悪い。二次元オタクを謳っておいて、現実の女子に興味を持っているのかって揶揄われると思ったんだ。それでつい嘘吐いた」

「そっか、それはさっき揶揄い過ぎたあたしにも責任があるね。でも、憩衣ちゃんは嘘とか大嫌いだから気を付けてね?」

「……ああ」


 それは知っているから心配ない。

 しかし珠姫を探るようなことすべきじゃなかったな。これは反省点だ。ここまで上手くいっているのに、不信感を与えてしまうのは不味い。珠姫が俺を憩衣と会わせようとしているなら、それは好都合なんだ。撤回されては困る。

 すると、何を思ったのか珠姫が俺の頭を撫でてきた。


「も~、しょげないで? 言い過ぎちゃったね。大丈夫、あたしわかっているので」

「別にしょげてないから。というか、勝手に何がわかったんだよ」

「さっき累くんが言ったこと。二次元にしか興味がなかった……って、過去形だったので! それに、今朝の累くん見ればわかるよ。きっとこれから、変わろうとしているんでしょ?」

「…………」


 俺が二次元を卒業したって、気付いていたのか。

 言い当てられて素直に驚いた。マジでエスパーかよ。鋭すぎるのか偶々勘が良かっただけなのか、定かではないが慰めてくれたことには内心で感謝しておく。


「あたし、そんな累くんにビビッときたんだ。なので! 前からお願いしていたことが友達になることだって嘘吐いた。ごめんね?」

「……えっ? 嘘?」

「そうだよ、もぅ。どうせ累くん、以前のあたしの言葉なんて一言も覚えていないでしょ? 流石現実の女子には欠片も興味ない二次元オタクだよね~!」


 今そんな皮肉を言われると普通に刺さるんだけど、珠姫なりに励ましてくれているのかもしれない。

 しかし、突然の嘘には戸惑うぞ?

 俺が珠姫を助けたから、その繋がりで俺という男に興味を持ったのだと彼女は言った。それは納得できる理由だと思ったんだけどな。

 てか、なんで今そんな嘘をバラした? 引っ掛かりを感じていると、すぐに珠姫が答えを教えてくれる。


「だからね? あたしも嘘吐いたので……これでおあいこだよね?」

「……そういう事かよ。わかった、おあいこな」


 その嘘さえ、俺への慰めだったらしい。気付けなかったことが少し悔しい。


「思っていた以上に優しいんだな、珠姫」

「おっと、褒めても何もでないからね?」

「そんな期待はしてないから」

「そっか。じゃっ、憩衣ちゃんを探しに行こっか」


 不敵な笑みも慈悲深い励ましも、俺の知らない珠姫の一面だった。

 ただ人懐っこい単純な性格だと思っていたのに……前世の俺はしっかりと珠姫を見ていなかったのだろうか。

 或いは……これから珠姫が変わるような出来事があったのかもしれない。


「……って待て、友達になろうってお願いがでっち上げなら、本当にお願いしていたことって一体なんだ?」


 当然の疑問は独り言のように零れた。

 見事に騙されていただけに、俺の方が珠姫に対して少し警戒してしまう。


「いやぁ、うん。その通り別のお願いだったんだけど、正直今の累くんとは友達って関係が良いと思ったからかにゃ。覚えていないなら、それでいいじゃん」

「……今言ってくれるなら、聞いてやるかもよ?」

「さっかぁ、じゃあさ……あたしの彼氏になってよ」

「は?」

「あっ……言っちゃったじゃん、この~!」


 ポコポコと胸を叩いてきた。言ってしまったこと自体に俺の非はないだろ……。


「勘違いしないで!」

「何をだよ」

「累くんのことは別に好きじゃないので、お付き合いできません」

「なんで告白された側が振られるんだよ」

「確かに」


 珠姫が俺のことを好きじゃないのは知っている。今朝教室ではっきりと言われたしな。まったく……今のも単に口を滑らせたのか揶揄ってきているのか、よくわからないな。


「いや、確かにじゃねぇよ……意味不明だ」

「わかんなくていいよ。取り敢えず路線変更して友達でいくことにしたので!」

「そうなんだ……」


 何となく察した。言い分を纏めると、珠姫は本心から俺と友達になりたいと思ってくれたんだろう。だからこれ以上は珠姫が恥ずかしがるだろうし、やめておいた。

 しかし、路線変更という言葉から珠姫の目的に変更はないらしいんだろうけど……彼女は一体、友達となった俺に何をさせたいんだ?

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