第6話 男友達

 久しぶりに受けた高校の授業、正直俺は舐めていた。前世の高校時代、自ら勉強しなくてもそこそこの成績が取れていたからだ。

 実際、高校一年生レベルの国語や数学は今でも余裕で解ける。問題は英語や地理といった暗記科目。十年以上触れていないせいか、当たり前のように頭の中それらの知識はすっからかんだった。


 相変わらずクラスの女子達にはすれ違う度嫌な視線を向けられるが、無視して済ませる。そんな時、背後から肩を叩かれた。遂に直接的な攻撃かと警戒する。しかし、振り向くとそこには見覚えのある男子の姿があった。


「ひ、緋雨くん……」

「あー……」


 名前が思い出せない。

 前髪で目が隠れて地味。落ち着きがなくおどおどとしており、ザ・陰の者! って感じのこいつは俺と同じ特待生。そうだ、完全に忘れていたが、この時の俺には友達と呼べる男が一人だけいた。それがこの男子……取り敢えず、友人A(仮称)ってことで。


 思い返せば、友人Aとは昼休みを共にしてオタクトークで盛り上がっていた仲だ。つまり、俺の方から会いに行かなかったから、こうして向こうから様子を見に近づいてきたという事だろう。


「今日はお昼、もしかして空いてない?」

「や、空いてる。食堂行くか」

「いやいや、平然と約束を反故にしないでよ! 流石の珠姫ちゃんもドン引きだよ?」


 話の流れ通りに席を立った瞬間、背後に現れた珠姫が俺の腕を掴んで止めてきた。背後から急に声をかけるな。気付かなかった為か冷汗をかいた。

 友人Aもまた目を丸くしている。予鈴ギリギリに登校してきた友人Aは俺と珠姫の関係を知らないらしい。


 確かに珠姫から、昼休みに時間を空けておくよう言われていた。授業に後れを取っていたお陰ですっかり忘れていたぜ。


「えっ……ど、どういうこと? 緋雨くん。堀原さんと、何かあったの?」

「まあね~。今までシカトこいてきた累くんをやっと手懐けることに成功したんだよ」

「なんで珠姫が答えるんだよ。というか、俺の扱いどうなんだよ」


 珠姫はぷいっと顔を逸らした。未だに無視していた事を根に持っているみたいだ。仕方ないだろう。文句は前世の俺に言ってくれ、と言いたいところだが、結局は俺のせいか。


「そんな訳で、外里くんにはごめんだけど、累くん借りたいんだ」

「うーん……」


 苗字聞いてやっと思い出した。そうだ、外里……フルネームは確かざとかいだったはずだ。


 学園のアイドル的存在の珠姫が手を合わせてお願いしているのに、外里は煮え切らない声を漏らす。おいおい昨日までの俺じゃないんだから、そこは快諾しようぜ。気持ちはわかるよ。俺がいなくなると、外里は一人で飯を食べることになるからだろう?

 でもさ――。


「悪い、外里。事後報告で申し訳ないんだけど、今日は昼一緒できない」

「い、いや……緋雨くんが謝ることじゃないよ。別に僕は気にしないから、行ってきて」


 外里は俺の謝罪に慌てだした。今思えば、俺は外里から羨望の眼差しを向けられていたらしい。ゔっ、気付いたら罪悪感がチクチクと刺さるぜ。


 言い訳ではないが、外里を優先しなかったのにはきちんと理由はあるのだ。

 後に、外里には彼女が出来る。そのきっかけが、外里が偶然一人で昼飯を食べていた時、テーブルの対面にいた女子に話しかけられたことだと前世で聞いた。

 その女子こそが外里の運命的な恋人となるので、俺は外里にぼっち飯を推奨したい!


「だけど、行く前にこれだけは言わせてほしい」

「ん? なんだよ」

「緋雨くんの一番の友達は、僕だから」

「……は?」


 急に何言ってるんだ……男に言われても嬉しくない台詞だし、意味がわからないぞ。

 いや、友達だって面と向かって言われるのは凄いと思うよ? 中々出来ることじゃない……不安の裏腹に聞こえる側面があるからな。


 でもこれ、俺は何て言い返せばいいんだよ。

 返答に困っていると、珠姫が首を傾げた。


「えっ、違うよ? あたしの方が累くんと友達だもん!」

「そこは対抗するな。てか、珠姫は今日なったばかりじゃねぇか」

「ふふっ、友情に時間は関係ないの」

「じゃあ公平に同等だな!」

「累くん……もしかしてあたしのこと嫌い?」

「情緒不安定か!? 嫌いじゃねぇから」

「〜〜っ」


 その瞬間、珠姫も顔を赤らめだした。

 いい加減にしてくれと強く言ったつもりが、小恥ずかしいことを言った気分になる。


「まあなんだ、公平でいいな?」

「うん」


 敢えて再度同じことを言うと、珠姫は落ち着いてくれた。


「緋雨くんがそういうなら……僕はそれで。じゃ、僕も食べに行くから」

「ああ、また後でな」

「累くんのことはちゃーんとお返しするので! 安心してね~」

「俺は貸出ものじゃないんだが……」


 すると外里は苦笑を浮かべ、踵を返して行った。なんだか悪いな。

 そういや自然と受け入れていたが、珠姫って特待生にも平等に話せたのか。確か憩衣は安栖と同じ差別する側だったから、意外だ。


 なるほど、珠姫と憩衣は何もかもが真逆の性格らしい……それは不仲にもなるか。髪を個性的に染めたりしている為わかりにくいものの、実は双子らしく外見は瓜二つなんだけどね。そういえば、まだ会っていないが他クラスに憩衣もいるんだよな。


 等と考え込んでいると、珠姫が腕を掴んでくる。スキンシップ激しいな。


「それじゃ、あたし達も行こっ?」

「うん……うん? 何処へ?」

「いいからいいから」


 どうやら行先は教えてもらえないらしく、珠姫が先導してくれる。

 クラス内ではそうでもなかったが、廊下を歩く珠姫は大人数から目を引いていた。


「あっ、あれ珠姫様ですわ。いつもお美しい」

「憩衣さんとお二人でなくても、この陽創学園を代表する品格を感じます」

「女の子に興味持ってくれないかな……好きぃ」


 流石、将来的には憩衣と共に国宝級の美人姉妹だとか呼ばれてアイドル扱いされるだけはある。最後の子は、そういう性癖なのかな? ちょっと親近感。

 しかし珠姫も、俺が隣にいることで変な噂が立たないといいんだけどな。


「おい、それより隣にいる男誰だっけ……か、彼氏じゃないよな」

「緋雨でしょ、あのキモオタロリコン二次元オタク。きっと珠姫さんがあの害悪を教育しようとしているに違いありません」

「……キモッ」


 早速噂になり始めていたし、言葉の数々に涙が込み上げてくる。酷い蔑称で呼ばれていた気がするんだけど、俺ってそんな嫌われていたのかよ。


(ぷるぷる、ぼくわるいキモオタじゃないよぅ)


 身震いしながら弁明を訴えると、更に距離を取られていった。うん、今のは確かに気持ち悪かったかもしれない。ネトゲでアッパー系コミュ障って揶揄された時と同じ気持ちになった。

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