第5話 一方的な再会

 ほりはらたま

 猫っぽい顔立ちにアイドル顔負けの愛嬌。ウェーブがかかったベージュのセミロングヘアにブロンドを忍ばせたツートンカラー。誰もが振り返る明るさを兼ね備えた彼女は、将来的に俺の義妹になる女の子だ。

 そんな彼女が幽霊のように突然現れた為、つい息を呑んでしまった。


「おほんっ……ごきげんよう珠姫さん。どうやら誤解があるようです。わたくしは彼といちゃついていたつもりはありませんので」

「そうなの? すずみん、とても楽しそうだったけど」

「……気のせいですわ」

「ごめんごめん、勘違いだったかぁ」


 安栖は数分前とは別人のように態度が変わり大人しくなってしまった。

 家柄で上下関係が決まるというのは、何も安栖だって例外じゃない。


 安栖の親は大物政治家だ……しかし、珠姫だって国内に唯一生き残った堀原財閥の御令嬢である。

 実際には二人の家柄に上下関係は無いように思えるが、安栖は一方的に気を遣っていた。将来の為に、コネ作りといったところだろう……将来的には俺もその堀原財閥の人間になるんだけどね。


「それにしても緋雨くんが会話してるなんて、珍しいねっ!」

「珍しいかな……?」

「うん、珍しいよ。だってさ、いつもあたしのことシカトしてる緋雨くんが、だよ?」


 愛想の良い珠姫が表情を一切変えず、淡々とそう言った……ちょっと怖い。

 でもあれ? そうだったけ。俺……珠姫のことまで無視していたのか。全然覚えてねぇ。珠姫は未来でそれなりに会話した仲だし、勘違いしていたみたいだ。


「もしかして……そろそろあたしの話、聞く気になってくれるのかにゃ?」

「その話は後でな」


 珠姫の話って何のことだよ。全く覚えてないぞ。

 真面目に何の話なのか皆目見当もついていないので、一先ずは先延ばしにしておいた。


「んでだ、安栖。俺みたいな特待生がどうかしたのか? 何か、言いかけていた気がするんだが」

「いえ、何も言いかけていませんわね。お勉強頑張ってくださいな」

「安栖もな」


 安栖は珠姫の前で品性の欠けた発言は控えているせいか、自然に俺の視界からフェードアウトしていく。

 しかし、ボソリと呟いた俺の余計な一言が聞こえたのか安栖は振り返った。聞き捨てならないと言わんばかりに近くの机へパタンと叩くことで俺の注意を引き、眉に皺を寄せた顔を向ける。

 おいおい、席の男子ビビってるじゃないか。


「はい? わたくしも、とは……一体どういう意味ですの」

「ほら、安栖だって確か学年次席だろ。俺に構うより、主席目指して勉強した方が建設的だと思ってさ」

「……っ、お気遣いありがとう。ですが、わたくしと貴方とでは要領の良さが違いますのでご心配なさらず!」

「さいですか」


 安栖は一瞬顔を引きつらせたがすぐ笑顔に戻し、ぷいっと顔を背けて自分の席へと戻って行った。彼女のお友達数人も俺への興味を失い、彼女の元へと集まってゆく。


「環那さんに生意気な態度、幾ら顔が良くても許せないっ」

「下賤な特待生なんかに構うなんて、環那さんは優しいよね」

「当然のことですわ。クラス代表として役目ですもの」

「キャーッ、環那さんカッコいい!」

「ふふん、そうかしら」


 安栖は満更でもない顔で微笑んでいた。

 これが国内有数のセレブ達だというんだから、世も末だと思ってしまう。

 まあマシな部類もいるのは知っているから、セレブ達全員が嫌な奴とは思わないけどね。


 俺もまた席へ付くと、何故か珠姫も付いてきた。

 なんでお前、付いてくるんだ? 幾ら俺が珍しく会話していたからってツチノコを見つけたレベルにウキウキした表情が見て取れるのはおかしいだろ。


「もぅすずみんったら、幾ら特待生が落ちぶれないか心配だからって、厳しすぎるよね?」

「えっ? あ、ああ……さっきはありがとな、珠姫」


 安栖はそんな荒療治がしたいんじゃなくて、単にマウントを取りたいだけなんだろうけど……純粋な珠姫には見てわからないらしい。

 それに同情してくれるのは嬉しいけど、俺もそこまで弱い訳じゃない。


 俺が安栖へ最後に送った言葉は裏を返せば宣戦布告なのだ。油断大敵だとな。

 学費全額免除を勝ち取る為にも、これから俺は本気を出して学年主席を獲りにいくのだし……そのついでだ。


 安栖の喧嘩を買わなかった理由も、きちんと勉強してから見返せばいいという覚悟があったからだ。ただで転んでやるものか。何の実績もない今のままじゃ、どう言い返しても負け犬の遠吠えみたいなものだって卑屈な考えも含まれてはいるけども。


 すると、制服の裾をちょんちょんと横からつまんでくる感覚があった。振り向くいて珠姫の顔を見ると、首を傾げながら目をパチクリとさせている。


「ねぇねぇ、なんであたしのこと珠姫って名前呼びなのかにゃ? なんか緋雨くん、キャラ変わりすぎじゃないの」

「あっ……」


 やっべぇ……素でミスった!

 投げかけられた言葉に心臓がドキッとする。しまった……完全に忘れていた。今の珠姫は俺の義妹になる前で、友達ですらないただのクラスメイト。急に名前呼びは馴れ馴れしいし、完全アウトだろ。


「あーいやさ、堀原さん呼びじゃ妹さんと被るだろ? それに、面倒臭いことを適当に済ませるのは俺のキャラ通りだと思うけど……」


 滅茶苦茶怪しいだろうけど、これが俺の精一杯の誤魔化だった。動揺を隠しきれていないのはわかっていたし到底無理がある自覚はある。

 しかし、当の珠姫は両手の掌を合わせて腹落ちしていた。


「わぁお、本当だねっ! じゃあ、あたしも累くんって呼ぶことにしたので! よろしくね」

「『じゃあ』の使い方間違えてるだろ。なんでそうなる」

「えへっ、流れに身を任せてみました……てへり」


 何とか誤魔化せた事に、俺は安心の溜息を吐きながら落ち着く。それにしてもお茶目をよく言う珠姫には、少しノスタルジーを感じてしまった。


「それで、何の話を訊けばいいんだっけ?」

「そうだよ、それだぁ! 何度もしているお願い……はぐらかされたまま全然答えをくれなかったので、あたし怒っています!」


 珠姫は頬を膨らませてプンプンと怒り出した。

 そういえば、前世にこんな感じのしつこく絡んでくる女子がいたな。まさか、それが珠姫だったなんて悪運が極まっている。


「ああ、何てお願いだっけ?」

「うわぁ、忘れられてる!? 累くんひどいよぉ」

「ごめん。今度は忘れないから、もう一回言ってみ?」

「むっ、本当かなぁ」


 ひしひしと不信な視線が俺に刺さる。すると、珠姫の態度は何故かそわそわとしだした。まるで言いにくそうな気配。忘れてしまった事に、俺は申し訳なくなってくる。


「そのさ、あたしと友達になってほしいなって」

「……それがお願い?」


 予想外の回答に戸惑いながら問うと、珠姫は小さく頷いた。

 妙なお願いではないと胸をなでおろすべきだろうか。


「なるほど、取り敢えず理由を教えてくれないか?」

「友達になるのに理由とかいる!?」


 いやいや、何なら友達になってくれってお願いの時点で充分おかしい。友達って頼まれてなるものじゃないからな? しかし、珠姫は拗ね始める。


「……ぷいっ! あたし、面接は苦手なので……パスで」

「そうは言ってもなぁ、正直疑っているんだ。急に学年一の美少女がすこぶる評判の悪いオタク相手に『友達になってください』は怪しいだろ?」

「むむぅ、そう言われると、しょうがないにゃ~…………あたしね、以前累くんに助けられたことあるんだよ。その様子じゃ覚えてなさそうだけど」


 珠姫は指で髪をくるくると弄りながら、不貞腐れた表情で言う。やはり理由らしきものはあったらしい。言われた通り覚えていないが。


「なので、君のことが気になっているって訳なの」


 その時、教室内の男子がざわりと動き出し、俺に注目が向きだした。


「単なる好奇心ってことか」

「……? まあ端的に言えばそうだけど……なんで言い直したの?」

「気になっているって表現はやめろ。周囲の視線が痛い。俺のことは好きでもなんでもないだろ?」

「あっ、そうだね。ごめん」

「……面と向かってはっきりと否定されるのも、それはそれで傷付くぞ」

「えぇ? なにそれ、もしかして……あたしに脈アリ?」

「揶揄うのはもうやめろ」

「ごめんごめん」


 珠姫の弁明に、クラスの男子達が俺に向けてきた敵意は一斉に鎮まった。誰にでも人懐っこい珠姫のことだから、いつもの冗談として消化されたらしい。それはそれとして……だ。


(助けたって何のことだよ!!)


 俺の頭はポカンと真っ白になった。俺が、いつ、何処で? 幾ら考えても心当たりがない。

 いや、今の俺からすれば10年以上前の出来事なのだし覚えてなくても無理はない。本人に訊くしかないな。


「んで、俺が珠姫を助けたって?」

「そうだよ。ほら、階段から転び落ちそうになった時、助けてくれたでしょ」

「あー、思い……だせそうな気がする」


 確かにそんな出来事が前世であった気がする。転び落ちそうな少女を抱きかかえて助けた……ただそれだけのこと。

 その時の俺は陳腐なシチュエーションに「ああじゃない」「もっとこうすればいいよね」等とまるで創作物を批評するように振り返っていた。当時はまだ他人だったが、学園の美人姉妹を助けたともなると妄想が膨らんだものだ。

 前世の俺は薄情にも、こうして絡まれる事に繋がる由縁だったとは考えもしなかったらしい。


「偶然の出来事だと思うが……」

「それでもあたしは貴方に興味を持ったので! もう過程はいいでしょ。あたしのお願い聞いてくれるの?」

「わかった。いいよ、友達になるくらい」

「やっぱりダメか~って、へっ?」

「だから、友達になるくらい訳ないって」

「本当? 嘘じゃないよね……言質取ったので、裏切ったら刺すからね?」

「いきなり重いし怖えよ」


 というか、友達の何処に裏切りの境界線があるんだよ。よく考えてみれば珠姫に対するツッコミどころは結構多い。

 だけど、ここで俺に拒絶する理由が見つからなかった。何しろ珠姫は未来の義妹だからな。今のうちに仲良くなれるチャンスが向こうからやってきたというなら、喜んで引き受ける道を選ぶさ。

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