第4話 セレブが集まる学園

 登校する時間、家から電車と徒歩含めて30分で辿り着く陽創学園の門。何もかもが久しぶりの感覚だった。

 朝の人混みと鳥の鳴き声、ずっと引きこもっていた俺からすると、何もかもが眩しい。


 この俺でさえ青春を謳歌していたのかもしれないと遠い記憶を振り返る。当然、楽しいことばかりじゃなかったのも事実だ。というか、楽しくないことばかりだった。

 それは前世の高校時代、俺が二次元オタクであり、アイデンティティとして皆に性癖晒していた所為である。


 それも高校入学してすぐ、クラスメイトへ自己紹介した時からだ。『現実の女子には興味ありません!』ってハ〇ヒみたいな事口走った瞬間から俺の学園生活は終焉を迎えていた。

 これが可愛い女子なら受け入れられたのかもしれないが、男子が言うと女子全員を敵に回すようなものだ。


 教室へ入ると、奇妙な視線が俺に集まりだす。

 いつものことだ。憐みや不快感のような様々なネガティブな感情を向けられている。

 前世はこれらの視線を無視するだけの信念があったけど、生まれ変わった俺にとっては少々キツイ。


「ねぇ、あれって……」

「うわっ、キモオタの緋雨じゃん……なんで朝早くからいんの」

「俺知ってるぜ? あいつアニメキャラの中でもロリコンなんだってよ」

「本当ですの? 生理的に受け付けませんわ」

「美人というも皮一重ってことなんだろうねぇ。もし小学生に近づいていたら通報しなきゃ」


 そして度々聞こえて来る陰口。俺がロリコンって何処から出てきた噂なんだ……まったくの出鱈目だぞ。

 友好関係をとりたいのに、こりゃもう手遅れなのかもしれない。さながら俺はモンスター扱い、それも教室という名の箱庭で飼い殺しの刑を受けている。養豚場の豚の方がマシな扱いだろ……とほほ。

 そして――。


「あら緋雨くん、おはようございます」

「…………」

「今日は早くから登校ですか。いつも特待生は登校する前にお勉強しておいて、予鈴ギリギリに登校する見世物をしていらっしゃるのかと……クスッ、失敬。貴方は特待生の中でも劣等生でしたものね」


 特待生を目の敵にして嫌味を言ってくる女子生徒の存在。こうして対面するまで、俺は完全に失念していた。


 やすずみかん。群青を帯びるような銀髪に整ったプロポーション。彼女の外見は素晴らしく、俺の知る限り最も二次元に近い現実の女子だ。

 しかし、見た目に惑わされてはいけない。こいつの性格は現実の女子の中でも最悪の部類だった。

 時折特待生に自ら絡んでいき棘のあるお喋りで精神をプチプチと潰していくのは最早こいつのお家芸だ。


 しかも、特待生は他にもいるというのに、何故か俺に対してだけ一際当たりが強い。多分、俺が何を言われても興味がなく無視していたせいだろう。


「……暇なのか?」

「は、はい? 何か言いまして?」


 無視されると思っていたんだろう。珍しく戸惑っている顔がよく見える。


「朝から暇なのかって」

「何故、わたくしが貴方にそんなこと言われないといけませんの?」

「いや、先にやっかみを言われてるのはこっちなんだが」

「わたくしは心配して差し上げているのです。やっかみというのは貴方に怠慢の自覚がおありだからではなくて?」

「…………」


 嘘吐けッ、てめぇマウント取りにきただけだろ。

 そう言葉にしてやりたいところだが、クラスメイト達が見て見ぬフリをしながら俺に注目していることに気付く。


「皆さんはどう思いますか? わたくしがやっかみを言っているように聴こえたかしら」

「そんなことないよ! 環那さん、親切に話しかけてたじゃない!」

「んね。緋雨くん、ちょっと酷くない?」

「仕方ありませんわ。彼は残念な性癖にお悩みなんですもの。ネットと現実の区別がついていないのかもしれませんわね」


 そうだった、こういう事してくる奴だったな。前世の俺は徹頭徹尾無視していたから、この理不尽な洗礼を受けるのは初めてだった。


 安栖の扇動に教室にいる女子達が徒党を組み、続々と賛同しだした。

 厄介なことに、安栖はこのクラスの中心人物であり、特待生を除く女子からの支持が厚い。


 無理もないだろう。

 この学園は一応、国内屈指のセレブリティな学園だ。

 家柄の良い生徒に権力が集まるのは当然だし、逆説的に俺のような特待生は歓迎されていない。


 残念なことに、安栖の仲間は多いということだ……育ちが良い割に群れる彼女達には品が欠けていると思わざるを得ないが、どうしようもないことである。


「そうかよ。悪かったな。んじゃ勉強するから、もういいか?」


 前世の俺だったら、性癖を揶揄するような言葉に腹を立てていたかもしれない。元々残念イケメンというレッテルは嫌いだった。その上にアイデンティティを否定されたんじゃ、よろしいならば戦争だと、売り言葉に買い言葉で返していたところだろう。

 だけど、今日の俺はここで我慢することにした。


「ちょっ……待ちなさい!」

「なんだよ。言われた通り怠慢の自覚があるから、勉強しようって言ってんじゃねぇか」

「貴方、なんでそんな素直に……頭おかしいんじゃありませんの?」


 酷い言い草だ。

 元々捻くれたりはしていなかったわ! まるで天地がひっくり返ったような驚愕の表情に、自分がそんな不真面目に見えていたのかとガックリする。ブチギレ案件だろ。

 というか、俺が素直になんだったら喜んでおけばいいのに、なんだこいつ。余計な一言が多くね?


「失礼にも程があるだろ……」

「何か言いまして? 大体、貴方のような特待生が――」

「あのぅ、二人とも教室の扉前でいちゃつかれると、いつまでもあたし教室に入れないんだけどなー?」


 気付かぬ間、俺と安栖のすぐ横には一人の女子生徒が近づいており、面白そうにこちらを見ていた。

 聞き覚えのある声……否、懐かしい声に彼女の顔を視認する。

 瞬間、走馬灯のようにまたカラカラと耳鳴りがして前世の記憶、彼女の姿が脳裏に過ぎる。


 前世の俺は何となく、もう会う事さえないと思っていたのかもしれない。そんな夢心地に浸ってしまう。

 彼女の顔を見て、本当に時間が巻き戻ったのだと改めて実感した。

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