第32話
偵察に行っていたしょうけらと鉄之介にも作戦を共有し、その日は寝床についた。一晩明け、そうしてもう一度夜はやってくる。
完全に日が落ち、暗くなった信幸の家には昨晩と同じメンバーが集まっていた。
天狗の親分を探しまわれるように動きやすさを重視した身軽な服装の雪丸に、同じく身軽さ重視の服装の晴暁。しょうけらは昨日と同じような服装で、朱鞠は気合を入れてきたのか長い髪を後ろで一つに結っている。鉄之介は服装は変わらないものの、腰に刀が携えられており、こちらもやる気じゅうぶんなようだ。刀を使うとはいえ、被害を抑えるために峰打ちで戦うそうだが。
そして陰陽師である信幸だが、彼はいつもの軽装ではなく、どこから用意したのか狩衣を着ていた。その姿はまさしく雪丸が映画で見た陰陽師の姿そのものだった。
「僕たち」
「見張り」
「行ってきまーす」
ケサランパサランたちはそう言って裏山とは正反対の、人が来る可能性がある住宅街の方へ飛んでいった。
「よし、ケサランパサランのおかげで万が一人が巻き込まれる、ということは回避できる。で、他のメンバーもちゃんとみんないるな? 昨日も言った通り、戦いの舞台はこの家の裏にある山だ。しょうけらや朱鞠は山は得意ではないだろうから無理はするな」
「もちろんです」
「あたし、死ぬ気はないもの」
信幸の言葉にしょうけらと朱鞠は頷く。ちなみに朱鞠は昨晩雪丸と一緒の部屋で寝ると言い出して、晴暁に睨まれて逃げるように帰っていっていた。
「鉄之介、お前にはこの手紙を傲慢天狗たちの元へ運んでもらう」
「果たし状なるものですね。はい、もちろん。これでやつらを誘い込みます」
「ああ、烏天狗としてはあいつらなんかに果たし状なんて、あまり出したくはないと思うが……」
「いえ、かまいません。我の名前を使わなければやつらは誘いに乗ってこない。ならば、どんな屈辱であろうとも、被害を抑えるためにできることをやるまで」
鉄之介は手紙を受け取ると翼を広げた。
「行ってまいります。我ら天狗の問題にみなさまを巻き込んだこと、大変申し訳なく思います」
鉄之介は飛び立つ前にこちらに振り返り、謝罪の言葉をこぼす。
「気にするな。というよりも俺は陰陽師だから妖怪を祓うのが当たり前なんだよ。雪丸と晴暁はお人好しだし、残りは……まぁ、うん」
「あたしたちの扱いがひどいわ!」
「そうですよ! もっと優しくしてください!」
「お前たちは俺に祓われずにいることを感謝するべきだな」
「……」
信幸の言葉に二人は黙り込む。自身の過去の行いを思い返してなにも言い返せないのだろう。
「まあまあ、困ったときはお互い様ってやつだろ」
「そう、ですか……そうですね。では申し訳ない、ではなくこう言い直しましょう。我らのために手を貸してくれてありがとう」
「……おう!」
「おー」
信幸からお人好しと呼ばれた二人は鉄之介を見てにっこりと笑う。鉄之介も笑顔を見せた。
「それでは今度こそ行ってきます」
そう言って鉄之介は飛び立った。向かうは傲慢天狗たちが集う、烏天狗の里がある山の、隣の山。
「うまくいくのか?」
「いくよ。俺がいるからね」
信幸はまっすぐに鉄之介が向かった山を見据えた。
時期親分となる鉄之介が助けを求めにくるくらいなのだから、信幸の陰陽師としての実力は本当にいいのだろう。
いまだに信幸が陰陽師らしいことをしているのを見たことのない雪丸だったが、それだけは確信できた。
「そうだ、鉄之介が帰ってくるまえに式神を呼んでおこう」
「式神かぁ、見たことないから少し楽しみかも」
信幸の呼ぶ式神は今回の作戦において、雪丸と行動を共にし、敵陣の親分を捕まえるという重役を担っている。できることなら作戦開始までに仲良くなっておきたい。
「式神の出し方は……えっと、こうだったか」
「覚えてないのかよ⁉︎」
「だって最後に式神呼び出したの何十年も前だもん」
だもん、などと口を尖らせて信幸はそう言うが、信幸の呼ぶ式神は今回の雪丸のパートナーなのだ。しっかりしてくれないと困る。というより陰陽師が自身の式神の呼び方を忘れるなんてちょっとどうかと思う。
「これをこうして……おいで、犬神」
信幸の声に応えるようにして姿を現したは大きな白い狼のような犬だった。
目つきは鋭く、腹から脚にかけて黒い模様が刻まれており、見下ろされた雪丸は威圧感を感じて足をすくませた。
「久しいな、犬神」
「俺はもう二度と会いたくなかったぞ」
「そんなこと言うなよー」
スタイリッシュな見た目通りの低めの声で話す犬神は、キッと信幸を睨んだ。しかし信幸は気にする様子はなくにこにこと笑みを浮かべている。
「お前はなんだ? 人間だろう」
「えっ、俺? えーと、雪丸っていいます。信幸の隣の家に住んでて」
「今は同じ家だけどね」
「あんたは黙ってて」
怖い、と言うより厳格な雰囲気を纏う犬神に尋ねられ、雪丸は自身の名を言った。犬神は睨んでいるつもりはないのだろうが、鋭い目つきで見つめられると正直なところ、機嫌を損ねて睨みつけられている気しかしない。
「そうか」
「…………え、そんだけ?」
犬神が一言言うと、随分と長い沈黙が流れた。てっきり自己紹介やら現状報告やらなんやらが始まると思っていた雪丸は思わず口を開いた。
「しょうけら、ろくろ首、そしてそこのお前はあの時の木霊だな」
「紹介しなくてもわかんのか、すげぇな」
「まぁな」
雪丸が首を傾げたので、もう一度口を開いた犬神はその場にいる妖怪の種族を当てていく。雪丸が素直に感心していると犬神は得意気に鼻を鳴らした。
「えっと、まずはお名前をお聞きしても?」
犬神にとっては自ら名乗った雪丸と、他の妖怪の種族は一瞥しただけでわかっただろうが、あいにくと雪丸には犬神の詳しい情報はわからない。
仲良くするにはまず名前を聞くべきだろうと考えた雪丸はそう尋ねた。おそらく犬神とは通り名のようなものだろう。ならばちゃんとした名前があるはずだ。
「俺に名などいらぬ。犬神と呼べ」
仲良くしようとした歩み寄ったつもりの雪丸だったが、犬神にそう言われてツンと突き放されてしまった。
「あっ、そうですか。すんません」
キッとこちらを見た犬神の眼光は鋭く、雪丸は食い下がることなくおとなしく名前を聞くのをやめた。
「犬神さんになにをしてもらうか、っていうより現状報告はするべきじゃないのか? 昨日考えた作戦内容とかも」
「いや、かまわん。必要最低限の情報だけでいい」
ふん、と犬神は鼻を鳴らす。
「こいつはあんまりややこしい話が好きじゃなくてね。物にも無頓着だし。まぁ、だからこいつだけは俺の式神になってくれたんだろうけど」
「ああ、そうなんですか……」
犬神とこんな距離感で作戦をうまく執行できるだろうか。雪丸は少し心配になってきた。
「ま、雪丸は気になってるのかもしれないけど、俺と犬神の馴れ初めはまた今度ね。ということで犬神に作戦を伝えよう。と言っても簡単だ。天狗に喧嘩を売る。だから犬神は雪丸と共に敵軍の親分を攫って捕らえてこい」
「承知した」
あっさり、本当にあっさりとした説明をする信幸に、犬神は頷いた。
説明はそれだけでいいのかと思ったが、犬神が気にしている様子はない。本当に必要最低限の情報だけでじゅうぶんなようだ。
というよりなにが雪丸は気になっているだろうけど、だ。馴れ初めどころか陰陽師そのものに興味しか湧かない。
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