第31話

 ばさりばさりと羽音が聞こえる。庭を見ると鉄之介が帰ってきていた。


「ただいま戻りました。残念なお知らせですが、我が父上の力を持っても、里の者を抑えるのはあと三日が限度。つまり烏天狗と傲慢者どもの衝突は早くて三日後。少しでも被害を小さくするためには、三日後までになんとかしなくてはなりません」


 居間に上がった鉄之介はそう報告した。顔色から疲れが溜まっているのがわかる。鉄之介の里も大変な騒ぎになっているのだろう。


「一晩で終わらせる」


 鉄之介の報告を受けて信幸はそう言った。自信満々だ。


「そんな早く終わんの?」

「ちゃんと情報収集をすれば問題ない。さくっと終わらせよう。雪丸の期末テストも近いしね」

「あっ」


 雪丸はそうだった、と表情を歪めた。もう少しで雪丸の学校は夏休みに入る。なので休み前に期末テストという壁が塞がっていた。


「天狗の喧嘩を止めたのでテスト免除してくださいって言ったら免除してくれるかな」

「ぜったいむり」

「ですよね」


 雪丸は項垂れた。今回の数学のテストは赤点な気がする。もし赤点をとれば、せっかくの休みなのに補習を受けに学校に通わなくてはならない。それだけは阻止したいものだ。


「ひ、ひひ、ただいま帰りました……」


 雪丸がテストについて考えていると、しょうけらが帰ってきた。


「しょうけら! おかえり、大丈夫か?」


 信幸邸に帰ってきたしょうけらだったが、ふらふらとしており足元がおぼつかない。ただでさえ細身で不健康そうな体が、真っ青な顔を相まって今にも倒れそうだ。


「どうした、やつらに見つかったのか?」

「いえ、いえ。見つかりそうになっただけです。はぁ、怖かった……」


 しょうけらは縁側に座ったと思いきや、体を横にした。相当疲れたらしい。


「偵察が終わって帰ろうとしたところを見つかりそうになってしまったので、急いで帰ってきたのです。私は体力はそんなにある方ではないというのに……」

「お、お疲れ」


 雪丸は横になるしょうけらにお茶を差し出した。しょうけらは受け取ると、一口ですべて飲み干した。


「しょうけらが無事でなによりだ。それで、情報は掴めたか?」

「ええ、ばっちり。色々と盗み見、盗み聞きしてやりましたよ」


 しょうけらの報告によると、傲慢天狗の長はこの戦いを機に引退を考えているようで、此度の争いで一番の手柄を上げたものに笹子と時期親分の称号を与えると言ったようだ。


「なるほど……通りで普段はそこまでやる気などたいしてないはずの傲慢者どもがあそこまでやる気に満ち満ちているわけです。というよりも勝手に人の妹を褒美としないでもらいたい!」

「まぁまぁ、落ち着いて」


 感情的になりそうになった鉄之介を信幸がなだめた。鉄之介はハッとして深呼吸する。


「……ふぅ、すみません。冷静に、ええ、冷静に。我は烏天狗。感情的になって一人敵陣に突っ込んでしまってはだめですからね。争いを、少しでも流れる血を減らすために、我はここにいるのですから」

「うんうん、鉄之介は冷静に物事を考えられて偉いよ。平和的解決、たくさんの血が流れたあの時代よりは幾分もいい考え方だ」


 信幸はうんうんと頷いた。


「でも困ったな。しょうけらの情報を聞くかぎり、やはり向こうの親分は今回の戦いに参加する気はないらしい。どこかに雲隠れされてしまえば探すのが面倒だ」

「今は住処としている朽ちた御堂の奥深くにいる様子でしたが……天狗たちが暴れ回るうちは安全な場所に避難するでしょうね」

「それはどうだろうな」

「え?」


 しょうけらの言葉を否定した信幸は言葉を続ける。


「たしかにやつは戦いには参加しない。だが元々は血の気の多いやつのことだ。争いの地のどこかで血が流れゆく様を見ながら酒でも飲んでいるだろうな」

「つまり、山のどこかにはいると?」

「ああ。かならず戦地のどこかには姿を現すはずだ。そこを……」

「しめる」

「そうだ。とっ捕まえて人質にして、さっさとこのふざけた戦争を止める。誰も傷つかないうちに」


 晴暁の言葉に信幸は頷いて真剣な表情でそう言った。


「……信幸殿、感謝致します。我々を祓ってしまえば早いものを、わざわざ共存するできるように働きかけて下さって。今回も我の誰の血も流したくない、というわがままを叶えようとしてくれている。なんと礼を言ったらいいのか」

「気にするな。本来なら俺は妖怪を祓っていい者ではないんだ。これはむしろ、俺のわがままだよ」

「妖怪と人が共存する世界……」


 信幸は妖怪と人間が共存できる世界を目指しているのか。普段は掴みどころのない男だが、意外と色々考えているのだな、と雪丸は思った。


「まぁ朱鞠はともかく、しょうけらは祓ってもいいかもと思っているがな」

「殺生な!」

「昔の自分の行いを考えたら当然のことだ」

「……はい」


 しょうけらはしゅんとしてしまった。だが、反省や悪びれる様子はない。

 一体過去にどんな罪を犯したのだろうか。しょうけらの趣味を考えるとろくでもないことだ、ということはよくわかった。

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