第30話

 戦力が増えた信幸陣営はさっそく作戦会議に取り掛かる。

 居間の机を囲うようにして並び、机の上には晴暁が書いた簡易的な山の地図が置かれている。


「あたしも雪丸くんの隣がよかった……」


 不満気な声を漏らす朱鞠だったが、晴暁にジトッと見つめられてすっと顔を逸らした。

「俺たちは烏天狗の鉄之介から助けを求められて、烏天狗と鉄之介が言うところの傲慢者ども、つまり傲慢天狗、彼ら二種族の天狗の衝突を止める。そのためには烏天狗たちが動き出すより先に、俺たちが傲慢天狗たちを黙らせなければならない」


 信幸は冷静に、正確に情報をまとめ上げる。


「こちら側の戦力は俺と鉄之介、晴暁にしょうけらと朱鞠。そして俺の式神の犬神」

「あと俺」

「ああ、雪丸も」


 雪丸が自ら名乗って、信幸は思い出したように付け加えた。


「今、俺のこと忘れてた?」

「忘れてない、忘れてない」

「のぶゆきはしんぱいしてる」


 晴暁が信幸の気持ちを勝手に代弁する。信幸はしばらく黙り込んだあと、


「……ああ、俺は正直雪丸を戦場に連れて行きたくない。けど」

「俺は行くよ」

「あー、もう、そう言うと思った。わかってた」


 雪丸の迷いのない言葉に、信幸は困ったように頭を乱雑にかいた。


「合計でこちら側の戦力は七人。対して向こうは五十程度」

「ものすごい数の差ね……」

「まぁ、正直祓うだけなら三十くらいは俺一人でカバーできる。けど鉄之介の頼みは周囲の被害は抑え目で、だからな」

「信幸殿が本気を出せば簡単でしょうけど、その分森林破壊や周囲の建物、もし人がいれば巻き添えになってしまう可能性がありますもんねぇ」

「ああ」


 しょうけらの言葉に信幸は頷いた。


「戦力のことで聞きたいんだけどさ、ケサランパサランは?」

「あたみにいった」

「え?」


 ケサランパサランは数が多いと、朱鞠を浮かして山まで運ぶ程度の力がある。なので戦力になるのでは、と思った雪丸が尋ねると晴暁が想定の斜め上な返答をして、雪丸の口からは間抜けな声が漏れた。


「言っただろう? あいつらは気分屋だって。このあいだから一つ目小僧と一緒に熱海旅行に行ったよ」

「マジかよ」


 妖怪も旅行するものなのか。雪丸はケサランパサランたちがいないということと、妖怪は旅行に行くという二つの事実に驚愕した。


「おや、でしたら今雪丸くんの周りにいるのは」

「海より山派だと言って残った三匹だ。たったこれだけの数では戦力としては心許ないな」

「なるほどな」

「ごめんねー」

「僕たちじゃ役に立たない」

「いや、いいって」


 雪丸たちの頭上をふわふわと飛行しながら謝るケサランパサランに、雪丸は首を横に振る。


「作戦は人の少ない夜に執行する。だがいちおう、ケサランパサランたちには畑や田んぼに人が来ないように見張ってもらおうか。たまに、鹿や猿に農作物を食べられていないか夜に様子を見に来る人がいるからな」

「任されよー」

「見張り役」

「やったるぜー」


 やる気じゅうぶんと言わんばかりに、ケサランパサランたちはふわふわと天井付近まで浮かび上がった。


「それで、作戦だがあいつらにもいちおう、長となる親分がいる。一番歳のとった爺さんだが、こいつが一番ずる賢い。まず、自分自身はなにもしない。ただ部下に命令するだけで、自分の手を汚そうとしないタイプだ」

「しめる」

「そう。こいつをまず捕らえる。親分がいなくなった程度で統一が取れなくなるほど、あいつらは無能ではない。けれど、あいつらの中で上下関係は大切なものだ。そこを利用して親分を人質にする」

「なるほどな。おとなしくしないとこいつがどうなっても知らないぞって脅すのか」


 雪丸の言葉に信幸は頷く。


「その通り。ただ、さっきも言った通り親分が一番厄介だ。なんせ、どこにいるのかわからない。首に大きな赤い数珠をジャラジャラつけているから見ればわかるんだが、普段はどこかに雲隠れしていて見つけるのが困難なんだ」

「晴暁は? 山の中の探索は得意なんじゃなかったのか?」

「むり」


 晴暁は首を横に振った。


「ああ、晴暁ですら見つけることができなかった。建物の中にまでは侵入できなかったんだ」

「ごめん」

「いや、晴暁は悪くない。そこで……」

「ああ、いやだ……信幸殿がめちゃくちゃ私を見ている」

「しょうけらは人の家の中を覗き見するの、得意だよな?」

「ああ、やっぱり、言われると思った……いやですよ、見つかったら殺されてしまうじゃないですか」

「はは、今ここで祓われるか?」

「やります」


 目が笑っていない信幸にそう尋ねられると、しょうけらはすぐにそう返事した。綺麗な手のひら返しだった。


「まぁ、こっそり。こっそり屋根裏から覗くのは私の十八番ですからね。頑張りますよ」

「頼むぞ、しょうけら」

「はい、雪丸くんにお願いされたなら仕方がありませんね。ご褒美に――」

「ん?」

「いや、なんでもないです」


 にっこりと笑った信幸にしょうけらはすぐに言葉を取り消した。陰陽師の力はすごいんだな、と雪丸は感心してしまう。


「ではさっそく行ってまいりますねぇ。夜の方が私も動きやすいですから」


 そう言ってしょうけらは縁側に出ると、すっと姿を消した。


「えっ、もう行ったの?」

「しょうけらは天井裏から人々を覗くのが得意な妖怪だからな。高いところの方が好きなんだろ」


 信幸は視線を変えずにそう言った。たしかに屋根の瓦が動いている音がする。しょうけらは今、屋根の上に登っているらしい。おそらくそこから街灯にぶら下がっていたときのように、木にぶら下がって移動するのだろう。


「しょうけらが敵の親分の情報を見つけたら早めに行動に移そう。烏天狗たちがいつもまでおとなしくしていてくれるかわからない」

「我も里の者たちが心配です。一度、様子を見に行っても?」

「ああ、どのくらい持ちそうか見てきてくれ」

「はい。では我も行ってきます」


 鉄之介は庭に出ると翼を広げ、ばさばさと動かし、体を浮かび上がらせた。そしてそのまま天高く飛ぶと、烏天狗の里があるという山に飛行していった。


「人数は減ったが、作戦会議の続きといこう。あいつらが住処としているのは家の裏山から十キロほど離れた山だ。できることならこっちの裏山まで引っ張ってきたい」

「それはどうして?」

「山は天狗が得意とする場所だが、晴暁の領分でもある。とくに家の裏山は晴暁が生まれた場所だ。あの山では下手な天狗より晴暁の方が強い」

「へぇー」

「ええ、知ってるわ。あたしはいやと言うほど知ってるわ」


 朱鞠はカタカタと肩を揺らした。


「俺が二十体留める、晴暁も十体くらい留められるだろう。朱鞠は相手の不意をついて少しでも多くの天狗をろくろ首で縛り上げてしまうといい」

「やぁね。あたしの首は縄じゃないのよ……けどまぁ、いいわ。でもたぶんあたしには五体程度が限界よ」

「それでいい」

「しょうけらは戦闘においては強くはないが……嫌がらせで足止めするくらいならできるだろう。これで五体。あとは鉄之介に十体任せよう」


 信幸はさくさくと作戦を立てていく。


「俺と犬神は?」

「戦闘には参加せずに、二人で親分を探してきてくれ。要するに俺たちは陽動だ。戦っていると見せかけて敵の弱点の親分を攫い、人質にする。するとどれだけ相手が血気盛んだったとしてもおとなしくするしかない。つまり、雪丸たちがはやく親分を捕獲できたら俺たちはたいして戦わずに済むってことだ」

「おお……結構責任重大だな」


 一人ではないのはありがたいが責任重大な役割を割り当てられて、雪丸はすでに緊張し始めていた。


「まぁ、大丈夫だろう。雪丸には俺の式神がついてる。あいつが雪丸のことを守ってくれる」

「あんしん」

「ああ、あいつは意外と面倒見がいいからな」

「でもどうやって傲慢天狗? を裏山に誘き出すの?」


 朱鞠が疑問を口にした。信幸が口を開く。


「ああ、それは鉄之介の仕事だ。鉄之介に喧嘩を売らせる」


 にこり、と信幸は笑った。


「は?」

「言うならば果たし状みたいなものを傲慢天狗たちに送るのさ。烏天狗の長の息子から売られた喧嘩、傲慢天狗どもが買わないはずがない」


 確固たる自信があるのか、信幸は断言した。


「やつらは自分たちが勝つと思っている。その慢心から俺たちに負けるってわけだ」

「終わったら雪丸くんとデート」

「犬神ってどんな式神だろう……」

「あさごはん……」

「ちょっとかっこつけて黒幕っぽく笑ったのに誰も俺の話を聞いてないな」


 各自が自分たちの世界に入っているのを見て、信幸は苦笑した。

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