第29話
「話の続きをしたいんだけど、いい?」
「はい!」
先程とは違い、ケサランパサランを前にして朱鞠はピンと背筋を伸ばした。ふざけることなく、雪丸の言葉に耳を貸す。
「実は烏天狗と傲慢天狗……あっ、これは信幸がつけたあだ名みたいなもんなんだけど、とりあえず簡単に言うと二種族の天狗が喧嘩寸前って状態になってて。このまま天狗たちが戦争を始めたら血が多く流れる。俺たちはそれを止めたいんだけど、力を貸してくれないか?」
雪丸が今回の件について簡単に説明して協力を申し込むと、朱鞠は考え込んだ。
「天狗? ああ、烏天狗たちのことかしら。たしかに彼ら、最近ピリピリしてたし、なにかあったのかなーとは思っていたけど、戦争する気なのね」
「ええ、ですから信幸殿たちはそれを止めたいのですよ」
「それであたしに加勢しろって? めんどくさいわね」
雪丸に見せる表情とは違い、冷めた声で朱鞠はあっさりと言い放つ。
「なんで? 同じ妖怪が危ない目に遭いそうなんだぞ?」
「同じ妖怪、だなんて言われても所詮は他人ですもの。興味はないわ」
「……そうか」
人それぞれ、妖怪それぞれ。朱鞠が他種の妖怪の喧嘩に興味を持たないものおかしいことではない。人間だって喧嘩している人を見かけたら、止める人とあまり関わりたくないと思い避ける人もいる。その人の性格次第だ。
「どうしてもだめ、か……」
信幸に頼まれた戦力確保はいい結果を持ち帰ることができなさそうだ。しゅん、と雪丸は肩を落とした。
「……そうね。天狗たちの喧嘩なんて微塵も興味はないけど、雪丸くんが困ってるなら助けてあげてもいいかも」
「ほんとに⁉︎」
朱鞠の言葉に雪丸はパッと顔を上げる。
「ええ、でも条件があるわ」
「……条件って?」
ごくり、と片唾を飲み込む雪丸。ケサランパサランは雪丸を取り囲むようにふわふわと移動した。
「そんな警戒しなくてもいいじゃない。ただ、あたしは雪丸くんとデートしたいだけなの」
「デート」
「でーと?」
「でぇと?」
「きひひ、き、きひっ」
朱鞠の要求に困惑するケサランパサラン。雪丸もデート、と首を傾げた。しょうけらに至っては手で口元を押さえて笑いを必死に堪えようとしているが、笑い声が漏れてしまっている。
「デート、ってなに? 具体的になにをしたいの?」
「なにって、無粋なことを聞くのね、雪丸くんは。デートと言えば水族館か映画館、それか遊園地! でしょう?」
雪丸の疑問に、朱鞠は胸を張ってそう答えた。朱鞠は雪丸と人間がする、一般的なデートコースを回りたいということらしい。
「き、ひひ。いいじゃないですか。一日くらい彼女とデートしてあげては?」
「うーん。正直、この人苦手なんだけどなぁ……」
しょうけらの提案に雪丸は唸る。しかし、たった一日のデートで鉄之介たちの助けになるのなら、と雪丸は覚悟を決めた。
「わかったよ。けど、一日だけだから。水族館か映画館か遊園地かは朱鞠さんが決めていい」
「やったぁ! あたし、頑張っちゃうわ! ああ、どんな服を着ようかしら、どこに行こうかしら」
雪丸からいい返事をもらって嬉しそうに飛び上がった朱鞠はさっそく雪丸とのデートに心を躍らせている。あれにしよう、だのこれにしようかなだのの独り言を呟きながら服装かなにかを想像して迷っているようだ。
「僕らも」
「ついてくー」
「なっ! あたしと雪丸くんの二人だけのデートよ! いや、ついてこないで!」
デートに同伴すると言い出したケサランパサランたちに、朱鞠は絶対に断ると言った。するとケサランパサランたちは、
「僕たちがだめなら」
「はるあきに言うー」
「ごめんなさい、やっぱりあなたたちはついてきていいわ! だから彼を呼ぶのはやめて!」
と言って、それを聞いた朱鞠は態度をすぐに変えた。朱鞠がこれだけ恐れるなんて、晴暁はどれだけきつい叱り方をしたのだろう。
「では、私はここで」
「えっ、どこ行くんだよ」
朱鞠という戦力を確保すると、しょうけらはその場を立ち去ろうとした。慌てて雪丸が引き止める。
「道案内は終わりましたでしょう?」
自分の仕事はここまでだ、と言わんばかりの顔をしてしょうけらはそう言った。
「いやいや、せっかくならしょうけらも手伝ってくれよ」
雪丸の言葉にしょうけらは今まで見たこともないくらい表情を歪ませた。
「とてもいやです」
「そう言わずにさぁ」
「いくら雪丸くんの頼みでもいやなものはいやです」
「なにがそんなにいやなの?」
「信幸殿に会いたくない!」
雪丸が尋ねると切実そうにしょうけらはそう叫んだ。
信幸が聞いたら悲しみそうだな、と思いながら雪丸は頷いた。
「わかったよ。そこまで言うならべつにいい」
「ああ、なんて優しい……」
「信幸にしょうけらが俺のこと覗き見してたって言うわ」
「それだけはご容赦を!」
雪丸の軽い脅しにしょうけらは顔色を変えた。
雪丸は周囲を飛ぶケサランパサランと顔を見合わせて相談する。
「どうする?」
「言っちゃう?」
「言っちゃえー」
ケサランパサランたちはうんうんと同意した。
「わかりました、わかりました! 手伝わせていただきますから! ああ、信幸殿に怒られてしまう……」
しょうけらは堪忍したようにそう言った。
渋々、という形だが、しょうけらも力を貸してくれることになり、雪丸は満足気に帰路につく。
「はぁ……会いたくないなぁ」
沈んだ様子のしょうけらと、取引で雪丸とのデートをこじつけた朱鞠はうきうきで信幸邸に向かう。
先頭を歩く雪丸の周りにはケサランパサランたちがふわふわ浮いて楽しそうに雪丸の周囲を回っていた。
「これは私もなにかご褒美を貰ってもいいのでは?」
開き直ったのかしょうけらは雪丸にそう問いかけた。
「信幸に聞いてみたら?」
「いいえ。彼には近づきたくないのでいいです。それにご褒美は雪丸くんがいいです」
「え」
嫌な予感がして雪丸の足が止まる。
「私、人の驚いた顔を見るのが好きなんです。ああ、雪丸くんをお化け屋敷にでも放り込んでしまいたい。たったひとりでゴールを目指す雪丸くん……ああ、なんてかわいらしい」
しょうけらが好きなのは驚いた顔というより恐怖している顔では、と思いながら雪丸は早足でしょうけらから距離を取った。やはりしょうけらはろくでもない性格をしているようだ。
「きひひ、大丈夫ですよ。さすがに信幸殿のご友人に手を出す気はありません。そんなことをしたら殺されてしまいますから。我慢我慢」
恐怖で引き攣った雪丸の顔でも思い浮かべているのか、薄ら悪い笑みを浮かべたしょうけらは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「気持ちわるっ」
そんな様子を見て朱鞠はぼそりと呟いた。初めて雪丸は朱鞠と同じ気持ちになった。
「ま、まぁ、一時とはいえこれから一緒に行動するだろうし、仲良くしようぜ。しょうけらは名前なんて言うの?」
「言いません。私は自分の名前がきらいなので」
気を取り直して話題を振った雪丸だったが、選択ミスをしたらしい。しょうけらはそう答えると先程までのご機嫌な表情をむすっと変えて、顔を逸らしてしまった。
「そ、そうか、なんかごめん」
「かまいませんよ。私のことはこのまましょうけらとお呼びください」
「わかった」
「あたしのことは朱鞠でも朱鞠ちゃんでも、どっちでも好きなように呼んでね?」
「朱鞠さんでいいです」
「いやだ、誰にでも気さくな雪丸くんがあたしにだけ冷たいわ」
「これ以上」
「近づくな」
さりげなく雪丸の腕に自身の手を絡まそうとした朱鞠の間に、ケサランパサランたちが割って入る。先程といい、もしかしたら彼らは信幸か誰かが気を遣って護衛として雪丸につけてくれたのかもしれない。
「やぁね、無粋な子たち。あたしと雪丸くんの間を邪魔しようなんて」
「はるあき」
「今すぐ離れます」
指先でつん、とケサランパサランを突いた朱鞠だったが、晴暁の名を聞いてすぐに雪丸から離れた。
「晴暁……朱鞠さんにいったいなにしたんだ?」
わりとグイグイくる朱鞠は晴暁の名を聞くと素直に雪丸から距離を取る。ケサランパサランと朱鞠、晴暁の間になにがあったのか疑問に思うが、真実を教えてくれるものはいなかった。
雪丸は新たな戦力となる複数の妖怪を引き連れて信幸邸に到着した。
「おかえり。無事に……けらぞうじゃないか、久しいな」
「その名前で呼ぶのはやめてください、殺しますよ」
「お前が、俺を?」
しょうけらの殺す、という言葉を聞いて信幸はしょうけらをまっすぐ見つめた。心なしか目が笑っておらず、普通に怖い。空気が凍った気がした。
「すみません、調子に乗りました。ですが、毎晩寝るのがいやになるくらいの悪夢を見せてやりますよ? 雪丸くんに」
「俺に⁉︎」
すぐに謝罪したしょうけらに流れ弾を撃たれそうになって、雪丸は驚いて口を開いた。
「わるい、雪丸。けらぞう……しょうけらはそういう性分なんだ」
すっかりいつもと同じ雰囲気に戻った信幸が苦笑しながら雪丸にそう言う。
「そういう性分って……」
「人がいやがることをするのが大好きなんだ」
「ああ……納得」
信幸の説明に雪丸は頷いた。本当にろくでもない性格だ。
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