第28話
この時間帯はバスの本数が昼間に比べて随分と減っている。雪丸は歩いて衣様駅方面に向かった。
日は完全に落ち、街灯だけが駅への道を照らしている。
「でも、どこにいるかまったく検討もつかないぞ。どうすれば会えるんだ?」
晴暁から聞いた情報でわかったことといえば、あの女性は衣様駅周辺のどこかにいるということくらい。手当たり次第探すのは得策じゃない。雪丸がどうすればろくろ首に会えるか思案しながら駅近くの道を歩いていると、
「なにか、お困りですかなぁ?」
「ひぇ!」
頭上から唐突に声が振ってきて雪丸は肩を揺らした。慌てて顔を上げると、そこには街灯にぶら下がるようにして、細身の男性がにまにまと口角を上げて雪丸を見つめていた。
「こんな時間に子供が外を出歩くなんて感心しませんねぇ」
「すんません!」
異常。明らかに異常な雰囲気を漂わせた男性に一言謝罪すると雪丸は駆け出した。
「待ってください」
よっと、と言うかけ声と共に、男性はもう一つ隣の街灯、雪丸の前にある街灯へと飛び移る。
「とんでもない身体能力だな!」
「ありがとうございます」
「べつに褒めてはない!」
「きひひ」
「笑い方こわっ!」
引きつったような笑い声をあげる男性を前に、雪丸も立ち止まる。街灯からぶら下がる男性と向かい合って、雪丸は慎重に口を開いた。
「俺になんの用ですか」
スパクールでもない限り、普通の人間にはできなさそうな動きをする怪し気な人物。そんなことできる人間がいるわけがない、と言い切る気はないが、こんな時間に人間がわざわざ街灯にぶら下がって雪丸に声をかける動機はないはずだ。つまり。
「あなた、妖怪ですよね?」
「きひひ。はい、そうですよ」
雪丸がそう尋ねると、男性はあっさりと頷いた。
見た目は痩せ型の少し不健康そうな肌の色をした男性だが、見た目が人間と同じだから人間、妖怪じゃないという考えは捨てた。
「で、もう一度聞きますけど、俺になんの用ですか?」
「いじめたい」
「は?」
「いえ、なんでもありません。あなたに協力してあげよう、そう思っただけです」
今とんでもないことが聞こえた気がするのだが。しかし男性はなにごともなかったかのように話を続ける。
「ろくろ首をお探しなのでしょう?」
「なんで、それを……」
「私はしょうけら。覗き見が趣味ですので」
「変態じゃねぇか」
「きひひ」
しょうけらと名乗った男性は街灯にぶら下がったまま、肩を小刻みに揺らして愉快そうに笑う。
「まぁいいや。話が早く済むのならそれでいい。ってことでろくろ首探しを手伝ってくれ」
「かまいませんとも。時には恩を売っておくのも大事ですからね」
雪丸に協力を求められて、しょうけらはあっさりと頷いた。恩を売る、などと打算的な言葉も聞こえたが、雪丸は気にしないことにした。
「彼女はこの時間帯、よく公園に出没します。案内いたしましょう」
しょうけらは街灯から降りると、雪丸からろくろ首の特徴を聞いたりすることもなく、雪丸を女性のところに案内し始めた。
しょうけらの案内で駅から少し離れた住宅街の中にある公園へと移動する。
「雪丸くんは彼女に会うのは怖くはないのですか?」
「怖いか怖くないかでいうと怖いに決まってるじゃん。ところでなんで俺の名前を知ってるの?」
移動中に隣に並ぶしょうけらは雪丸にそう問いかけた。
雪丸がそう言って質問し返すとしょうけらはにたりと口角を上げた。
「信幸殿のご友人でしょう? それくらい把握していますとも。ついでに言うと雪丸くんがろくろ首にストーキングされているところもリアルタイムで見ておりました」
「あんた、あん時いたんかい」
「はい。いやぁ、悲鳴を上げながら逃げ惑う雪丸くんは大変愛らしく……きひひ」
「俺、しょうけらとは今後できることなら二度と関わり合いたくないな」
「きひひ」
嬉しそうに笑うしょうけらに、雪丸は冷めた視線を送る。出会ってそう時間は経っていないが、ろくでもない性格をしている妖怪だとすぐに理解できた。
雪丸にその冷めた視線を向けられることすらも、しょうけらは嬉しそうだった。
「ここですよ」
ご機嫌なしょうけらに案内された小さな公園。雪丸は公園の中を一瞥してみるが、あの女性の姿はない。
「おかしいですねぇ……雪丸くん、名前を呼んでみてください」
「いや、俺あの人の名前なんて知らないから」
「
「ああ、そうなんだ、ってうわっ!」
背後から耳元に声をかけられて、雪丸は背筋を凍らせながら振り返る。そこには探していたろくろ首――朱鞠が立っていた。
「ああ、ああ、嬉しい! 雪丸くんの方からあたしに会いにきてくれるなんて!」
「あ、いや、えっと……」
朱鞠は雪丸を見て嬉しそうな声を上げる。頬を両手で覆って嬉しい、と満面の笑みを浮かべている。
雪丸が朱鞠に会いにきた、ということ自体はあっているが、変な期待をされている気がして雪丸はつい後ずさる。
「いい……いいですねぇ、今の雪丸くんの表情」
「恍惚と見てないで助け舟を出してくれよ!」
「きひひ、わかっていますとも」
雪丸の怯えた表情を見て満足気味に笑ったしょうけらは雪丸と朱鞠の間に立ち、話を始める。
「実はいま、雪丸くんは大変な目に遭っていまして」
「そうね。あなたという変態に襲われて可哀想だわ」
「違います。あなたと違って襲ってないです」
「どっちでもいいから!」
しょうけらが朱鞠に声をかけてくれたはいいものの、話が変な方向にずれる。雪丸は少し離れた場所でつっこみを入れつつ、しょうけらに話を進めてくれと頼んだ。
「はぁ、これだからこの手の女の相手はしたくないんですよ……ですが、しかたがありませんね。雪丸くんを助けること、これすなわち信幸殿に恩を売ることにもなりますから」
「ああ、いやだ。そんな下心丸出しであたしの雪丸くんに近づかないでくれる?」
「いやですねぇ。信幸殿に恩を売るという理由がなくとも、私はこれでも雪丸くんのことを好いているのですよ?」
「こんなやつに好かれて雪丸くんが可哀想」
「俺はあんたのでもないし、完全にお前が言うな状態だけど。とりあえず俺の話を聞いてもらっていい?」
「ええ、もちろん! 式場の話よね?」
「ちげぇ! なにもわかってないじゃねぇか!」
しょうけらと朱鞠だけだと話が一向に進まない。しかたなく口を挟んだ雪丸だったが、朱鞠は相変わらず自分勝手な話しかしない。
「朱鞠さん、ほどほどにしないと彼らにまた怒られてしまいますよ?」
しょうけらは上を指さし、そう言った。雪丸が視線を向けるといつの間にかそこには白いふわふわとした生き物が飛んでいた。ケサランパサランだ。彼らはは空からやってきたかと思うと、雪丸の周りを浮遊しだす。
「おっ、久しぶりだな」
「ひさしぶり」
「会いたかったよ」
「ゆきまるー」
雪丸が手のひらをケサランパサランに近づけると、彼らはふわふわと変わるがわるに雪丸の手の上に乗って挨拶をしてきた。しょうけらたちに比べて、なんとも愛らしい。
「ひぃ!」
ケサランパサランを見た朱鞠が小さく悲鳴を上げた。あのあとなにがあったか雪丸は知らないが、よほどこっ酷く怒られたのだろう。体をガタガタと震わしている。
「あ、あいつは……あいつはいないわよね?」
朱鞠は小声でぼそぼそと呟きながら忙しなく周囲を見渡した。
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