第27話
夕食を取り終わると、雪丸たちは外に出た。日はほとんど落ちかけていて、茜色に染まっていた空は少しずつ暗闇に近づいていく。
「時間は限られているようだし、さっそく情報収集といこうか。食事中に鉄之介に聞いた話だと、傲慢天狗たちは烏天狗の住む山の隣の山に住処を作っているらしい。頼むよ、晴暁」
「まかせて」
「え? なんで晴暁? なにすんの?」
「山は晴暁の領分だよ」
信幸邸の裏山の方面を向いた四人。信幸の言葉に晴暁は頷くと軽くストレッチを始めた。そして一歩、山へと足を踏み入れた晴暁は見たこともないような素早い動きで山の中を駆け回る。
「すげぇ……はやい」
「晴暁は
「木霊?」
「木に宿った精霊とか、妖怪とかそういうやつ」
聞き返す雪丸に信幸は随分と適当な説明をした。当然、妖怪に明るくない雪丸には理解し難い。しかし、木霊という妖怪の正体よりも気になることがある。
「えっ、待って、と言うことは晴暁は人間じゃないのか?」
「雪丸は晴暁が学校に行っている姿を見たことがあるか?」
「そういえば……ない!」
普通、晴暁の年齢なら義務教育で中学校に通っているのが普通だろう。しかし、よくよく思い返してみれば、晴暁が学校に行っているのも、制服を着ているのも見たことがない。そのことに今更ながらに気がついた雪丸はショックを受ける。
「怖いか?」
「え?」
「晴暁が妖怪だと知って、雪丸は晴暁のことを恐ろしく思うか?」
信幸は目を細めると、雪丸を見つめて問いかけた。
その瞳に込められている感情は怒り、というよりも悲しみだろうか。信幸はどこかうら悲しそうな目をしていた。
「それは……それだけは絶対にないよ。信幸に比べたら短いだろうけどさ、俺だって晴暁と何週間も一緒に暮らしてきたんだ。晴暁の正体が妖怪だったとしても恐ろしい妖怪ではない、ってことくらい俺だって理解できるよ。晴暁はいい子だ」
雪丸が迷いのない目で信幸を見つめ返し、そう答える。
きっぱりと晴暁をいい子だと言いきった雪丸の姿に、信幸の表情も和らいだ。
「そうか。それならいいんだ。ありがとう」
「なんで信幸が礼を言うんだよ。ああ、でも俺、こんだけ晴暁と一緒にいたのに全然気がつかなかった……」
晴暁が人間じゃなかった、という事実よりもそれに気がつかなかった自身の鈍感さに雪丸はため息をついた。
「まぁ、気がつかなくてもしかたがない。雪丸にストーカー行為をしていた妖怪のことも、俺が言うまで雪丸は普通の女性だと思っていたからな」
「だって見た目が人間そのものだったじゃん。鉄之介みたいに露骨に翼生やしたりしてたら俺だってわかったのに!」
「ははは、陰陽師や妖怪だと見ただけで相手が妖怪かどうかわかるが、普通の人間にはいささか難しいか」
「少なくとも人と同じ見た目をしてたらわかんないよ!」
妖怪はいる。それなのにそのことが世に出回らないのは妖怪たちがうまく人間から隠れているか、人間と同じ姿をして人と同じように暮らしているからなのだろうか。もしかしたら気がついていないだけで、雪丸の今までの人生で人間として生きている妖怪と出会ったことがあったのかもしれない。
「みつけた」
数十分ほど経つと、晴暁が帰ってきた。山の中を走っていただろうに、汗をかくどころか、呼吸一つ乱れていない。
「お疲れ。向こうの様子はどうだった?」
信幸がねぎらいの言葉を投げかけると、晴暁は先程の調査の結果を報告する。
傲慢天狗が住処としている山に偵察を行った晴暁によると、山の頂点付近に傲慢天狗たちは集まっているらしい。そこを自分たちの根城とし、酒を飲んでは烏天狗の悪口を言って攻め入る準備をしているそうだ。その数は五十程度。
「元とはいえ、僧侶なら本来酒は控えるべきなんだがな」
報告を聞いた信幸は苦笑いを浮かべた。
「でも、相手が酔っ払いなら簡単そうだな」
「いや、そんなこともない。たしかにやつらは傲慢で自身のことを過大評価するきらいはあるが、ちゃんと賢い。計画はきちんと立てて無茶なことはしないはずだ」
「その通りですね。あやつらはなんとも
「たちがわるい」
「なるほどなぁ」
雪丸が率直な意見を言うと全員に否定され、理由を説明される。傲慢天狗たちはただ傲慢なだけではないらしい。戦略などに詳しくない雪丸ですら、厄介な相手だと理解できた。
「まず、うちの戦力は俺、式神の犬神、晴暁、鉄之介」
「俺は?」
傲慢天狗たちが計画を立てているものの、今すぐに動く気配はないことを確認した信幸は今一度、自身の戦力を確認した。しかし、その戦力のなかに雪丸は含まれていない。なんでだ、と雪丸は口を挟んだ。
「ただの人間になにができる。危ないからおとなしくしていなさい」
「ここまで乗りかかった船なのに!」
「勝手に乗ってきた船だろうが。危ないから近づくな」
「でも!」
雪丸の言葉を、信幸は冷静にことごとく断っていく。
雪丸は自分だって役に立ちたい、そう思いながらも妖怪でもなく陰陽師でもない自分にできることなんて思いつかなくて、言い返したいのに言葉が出なかった。
「目の前に困ってる人がいるのに、俺にはなにもできないのかよ……」
雪丸は悔しそうに唇を噛んだ。これほど自身が無力だと思い知らされたことが今まであっただろうか。なにもできない自分に憤りを感じて雪丸は拳をぐっと握りしめた。
「……待て。そうだな、やっぱり仲間はずれはよくない。雪丸にも協力してもらうとしよう」
「ほんとか!」
その様子をすぐそばで見ていた信幸はそう言った。雪丸が嬉しそうにぱぁっと顔を上げる。
「ああ、こっちは戦力が欲しい。だから仲間を集めてきてくれないか」
「それだったら、烏天狗たちがいるじゃないか」
「あいつらはだめだ。鉄之介が冷静だからと言って他の烏天狗が冷静なわけがない。あいつらが本気を出せば多くの血が流れる」
「そういえば鉄之介もそんなこと言ってたな……」
「ああ、だから冷静に今回の戦いに参加できる妖怪がいてほしい。ある程度は俺の陰陽術でなんとかできるんだが、さすがに数が多すぎるからな」
「でも戦力になる妖怪を集めるなんて言っても、俺に妖怪の知り合いなんて……」
雪丸の知り合いは学校の友人を含めて人間ばかり。妖怪の連れなどに心当たりはなかった。
「いるだろ、雪丸にお熱な妖怪が」
考え込む雪丸に、信幸はさらりとそう言った。雪丸にお熱の妖怪、といえば。
「まさかあいつか⁉︎」
信幸はこの前の下校途中に襲いかかってきたあの妖怪を仲間にしろと言っているのか。雪丸は首をぶんぶんと首を横に振る。
「無理無理無理! 普通に怖いから二度と会いたくないんだけど! それに、あの人がどんな妖怪かも知らないし!」
「彼女はろくろ首。長い首をロープみたいにして少しでも多くの天狗どもの動きを抑えてもらおうと考えている」
「ろくろ首……俺まで締められる気しかしない」
雪丸は正直な話、彼女にまた会いたいとは思えなかった。しかし、戦力は少しでも多いに越したことはない、ということも理解できる。雪丸の中では役に立ちたい気持ちと、再びろくろ首に会う勇気が拮抗していた。
「そんなことさせない」
「ほんとにぃ?」
晴暁の自信満々な言葉に、雪丸は不満気な声を漏らす。晴暁を疑うわけではないが、心配しかない。
「晴暁、彼女は今どこにいる?」
「たぶん、まち」
「わかった。よし、雪丸、町に行って彼女を戦力に引き込め!」
「やっぱり俺が交渉するのか……」
執拗に追いかけてきた人物にもう一度会いに行くなんて、あまり乗り気にならない。しかしこの状況で自分一人だけがなにもしないなんて、そちらの方がいい気がしない。
「いっ、てきます」
少し浮かない顔をした雪丸だったが、腹を括って町に向かった。
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