第26話
「鉄之介が傲慢者と呼ぶ元僧侶の天狗――めんどくさいから
「山の神……」
「そう、神と言ったら人に優しいところがあるだろう。だから鉄之介は今回の騒動を被害を最小限に食い止めたいんじゃないかな」
信幸の言葉に鉄之介は頷いた。
「はい。信幸殿のおっしゃる通りでございます。我らが烏天狗の里がある山には人は住んでおりません。しかしまったく人が寄り付かないという訳でもない。もし今回の件が天狗同士の戦争にまで発展してしまえば、人が巻き込まれる可能性、それに山や里が破壊されてしまう可能性が高くなる。当然、天狗たちも血を流す。我はそれを止めたいのです」
鉄之介は言葉を詰まらせることなく、しっかりとした口調で続ける。
「今や、烏天狗と傲慢者どもとの衝突は避けられるものではありません。わがままで難しいことだとは理解しております。けれど人、自然、天狗たち。我はそのすべてを守りたい」
鉄之介はぐっと拳を握りしめた。黒い髪から覗く瞳に、強い意志を感じる。
「どうか我に力をお貸しください。お願いします」
鉄之介は金色に輝く瞳を真っ直ぐ信幸に向けて、そう懇願した。
「もちろん、手を貸そう。お前たちを善か悪かで図るなら、善の妖怪だからな。それに鉄之介の父親との縁もある」
「ありがとうございます。ではさっそく我らの里に」
「ゆうしょく」
「え?」
二つ返事で頷いた信幸に手を差し出した鉄之介の動きが止まる。晴暁が隣から口を挟んだからだ。鉄之介は困惑して晴暁と信幸を交互に見る。
「ごはんがさき」
当然、と言わんばかりの表情で晴暁は言った。
「それもそうだな」
信幸もあっさりその言葉を肯定する。信幸は縁側に上がり、居間に戻ろうとしていた。
「えっ、ですが」
「急いでもしかたがない。まずはご飯を食べよう。晴暁、鉄之介の分も作ってやってくれ」
「いや、我は」
「しょうち!」
晴暁は鉄之介の制止などお構いなしに早足で台所まで向かった。ガタガタと物音がする。さっそく料理を作り始めたのだろう。
「その、我はべつにお腹がすいているわけではないのですが……」
「俺はお腹すいた」
「俺も」
「そ、そうですか」
不満気な顔をした鉄之介だったが、食事も大切だと考え直してくれたのか、渋々ながら納得してくれた。鉄之介も下駄を脱ぎ、居間の座布団の上に腰を下ろした。
「べつにあいつらがすぐに動くわけではないだろう?」
「それはそうなのですが……里の者が心配で」
鉄之介は落ち着かない様子でそわそわと体を動かしながらそう言った。
「心配? なんで?」
「里の者たちは皆、今回の笹子誘拐未遂のことで怒り狂っております。今にもあやつらのところに乗り込まんとばかりに息巻いている者もいるのです。いちおう勝手な行動をしないように言いつけて、父上にも里の者が勝手なことをしないように見張っていただいているのですが……いくら父上が止めても、里の者がおとなしくしていれるのも時間の問題です。迅速にこの問題を解決せねばなりません」
「なるほどな」
鉄之介や長ですら制止できない可能性があるほど、烏天狗たちは本気になってしまっているらしい。それは一秒でも早く問題を解決したくなる気持ちもわかる。
「まぁ、しかし、だ。鉄之介は他の天狗に比べて冷静な方だが、普段に比べると今は少し冷静さを欠いているところがあるぞ。自分では気づいていないのだろうが。ということで一度、落ち着くために食事をとるのも悪くないだろう」
「はぁ、信幸殿がそう言うのであれば、そうなのかもしれませんね」
「情報を集めるのも大事なことだ。
「そう、ですな。申し訳ない」
そう謝罪して、鉄之介は深く深呼吸をした。先程より顔の緊張がほぐれているようだ。おそらく今回の問題が起きてからずっと気を張りつめていたのだろう。
しばらく待てば、晴暁が食事を運んできた。全員で協力して皿を出したり、ご飯をついだりして夕食の準備をする。
美味しそうなおかずが並ぶ食卓を雪丸たちは四人で囲み、手を合わせる。
「いただきます」
今日のおかずは
「それで、彼らのことなのですが」
「ああ、わかっているとも。はやくなんとかしないとな。じゃなきゃとんでもないことになる」
「はい。それで……」
烏天狗は信幸となにやら話し込んでいる。しかし話をしている間も、二人は箸を止めていなかった。
「なので……あ、ご飯おかわりください」
「いや、めっちゃ食うな鉄之介」
白米のおかわりをもらい、鉄之介はまだ食べる。このままでは炊飯器の中身を全部一人で食べられてしまいそうだ。
「天狗って大食いなのかな」
「ちがうとおもう」
「そっかー。妖怪にも個人差はあるんだもんな」
疑問が漏れた雪丸に晴暁が否定する。きゅうりがきらいな河童。見た目に反してよく食べる天狗。たしかに人それぞれならぬ、妖怪それぞれだ。
「ちなみに、俺が見た本では烏天狗は頭が鳥だったんだけど、鉄之介は人と同じじゃん。これも個人差ってやつ?」
「いえ、個人差というよりは進化、でしょうか」
雪丸は晴暁に尋ねたつもりだったが、話が聞こえたのか鉄之介が箸を止め、自ら教えてくれた。
「たしかに昔は頭が鳥に近しい者が多かったと聞きます。けれど時代が進むにつれて、我ら烏天狗の顔は人に近しいものとなっていったのです」
「へぇー」
「父上が言うにはいまだに鳥頭の烏天狗は少ないですが、いちおういるそうです。我は会ったことはないのですが……」
「なんで人に近づいたんだろう?」
「どうしてでしょう。我が産まれた頃にはもうすでにそうでしたから。もしかしたら、我らの祖先が人と寄り添おうとしたのかもしれません」
「人と寄り添うために人に近づく……」
「人間とは自身の見知らぬものを恐れる生き物です。安心感を与えたかったのでしょうか。ともあれ、姿がどんなものであろうと我らは山の神の側面も持つ烏天狗。これは我の誇りです」
鉄之介は本当にそう思っているのだろう。頬を緩ませ、優しく微笑んだ。
「ケサランパサランとかもそうだけどさ、妖怪といえば人を怖がらせる悪いやつ! って思ってたけど、結構人に優しい、というより友好的? な妖怪も多いんだな」
雪丸は素直な感想を口にした。
昔雪丸が映画で見た妖怪は人々を襲い、百鬼夜行なる大群を引き連れて陰陽師と戦っているシーンがあった。
映画の中の残酷な妖怪と、実際に雪丸が出会った妖怪たちのイメージはだいぶかけ離れている。
「ケサランパサランは正直な話、妖怪は妖怪でもちょっと特殊な位置にいる妖怪だから。それに人に友好的な妖怪が多いのは俺たち陰陽師が悪いことをする、つまり人に害をなす妖怪を祓ってきたからって言うのもあるんだよ?」
「ああ、そういえば悪いことをする妖怪が減ったから陰陽師としての仕事がないって言ってたな」
「そう。だから俺は今、バイト生活をしているわけだな」
信幸はため息まじりにつぶやいた。
「信幸殿のように妖怪に友好的な陰陽師も少ないですけどね。大体の陰陽師は妖怪を見れば、その妖怪の善悪など気にせずに祓おうとしていた、と我は父上に聞きました」
「へぇ、そういうものなのか」
雪丸も信幸以外の陰陽師には会ったことはないので本当のことかわからない。しかしきっと昔の陰陽師はそうだったのだろうなと雪丸は思った。
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