第19話

 雪丸が誰かからの視線を感じるようになって数日が経った。雪丸は気味の悪さを感じながらも、衣様駅を降りたあと、バスに乗ると視線が消えることに気づいて気にしないようにしていた。

 一度、信幸に相談してみようと思いもしたが、どうせまた勘違いだと言われておしまいだろうと思った雪丸にはそうするしかなかった。


「とくに害があるわけじゃないしな」


 落ち着かないが、視線を送ってくる人物が雪丸になにかしようとしている気配はない。というか、そもそもの話、雪丸がいくら視線に気付いて周囲を見渡そうが犯人らしき人物を見つけられないのでどうしようもない。

 相変わらず誰かに見られながら駅から歩いて学校に登校すると、朝練終わりのクラスメイトたちと挨拶を交わし、席に着く。


「おはよーさん」

「おはよ」

「今日の体育バスケだってよ」

「マジで? やったぜ」


 一足先に席についていた恭輔にそう声をかけられ、雪丸は軽くガッツポーズをする。部活に入る気はないが、バスケは好きだ。今度こそスリーポイントを決めてやりたい。


「はよー。全員座れよー。出席とりますからねー」


 担任の教師がホームルームを開始する。いつもと変わらない、平和な時間が流れている。それが変わったのは、二限目の社会の授業だった。


「……」


 教師が黒板に書いたことを板書しながら、雪丸は居心地悪そうに頭をかいた。べつに授業内容を覚えられるか心配になったから、とかではない。視線を、感じるのだ。

 普段どこからか感じる視線は学校に入ると消える。なのに、授業中の今、視線を感じてしまっている。視線を感じる頻度が上がったことに恐怖を覚えながら、雪丸はノートを見つめた。

 やはり、信幸に相談するべきだろうか。そんなに綺麗ではない自分の字と睨めっこしながらそう思案していると、教師の声だけが響く教室で悲鳴が上がる。


「うおっ! なんだ、あれ⁉︎」


 教室の窓際に位置する男子生徒がガタリと椅子を鳴らして立ち上がって窓の外を指さした。急な大声が響いた教室内は騒然とする。


「後藤、急になんだ、どうした?」

「せっ、先生! さっき窓に女の顔が!」

「女の顔ぉ?」


 男子生徒の言葉を聞いて、生徒も教師も窓の外を見るが、とくに変わった点はない。もちろん女がいる様子もない。


「まったく、ゲームのやり過ぎで寝ぼけてたんじゃないのか?」


 教師の言葉で教室内に笑いが巻き起こる。叫んだ生徒は、最初は本当に黒い髪の女がいたと主張していたが、次第にごにょごにょと口籠る。


「そもそも、ここは二階だよ?」


 女子生徒に言われた言葉でたしかに、と男子生徒は困惑しながらも頷いた。

 彼がゲーム好きなのは雪丸も知っている。何度か睡眠時間を削ってまでゲームをして次の日の授業中にうたた寝をして教師に怒られていた。

 今回の主張もきっと昨日の夜遅くまでゲームをして、授業中に居眠りしてしまい、寝ぼけて変な夢でも見たのだろう。教室内の誰もがそう思っているはずだ。たぶん普段の雪丸なら一緒になって居眠りした彼を笑っていたことだろう。しかし。


「視線が、消えた……」


 誰にも聞こえない声量で雪丸はつぶやいた。先程まで感じていた視線、それが男子生徒の悲鳴と同時になくなったのだ。

 つまり誰かが窓の外から雪丸を覗いていて、男子生徒に存在を気づかれたので姿を隠した。だから雪丸への視線はなくなった。そう考えられないこともない。

 やはり、信幸に相談しよう。勘違いだと言われても、笑われても、学校が終わって帰ったら話を聞いてもらうと心に決めた。

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