第20話
授業が終わり学校から駅へ向かう通学路を、雪丸は二人でならんで歩いていた。
「いやー、惜しかったな、今日のバスケの試合」
「そうだな。まさか最後にスリーポイントを決められるとは思わなかったぜ。俺が決めたかったのに」
「あははっ。雪丸もなかなかバスケうまかったもんな。次やればマジでできるかもしんねーな」
隣で笑って話しているのは恭輔。今日は放課後の部活がなかったため、一緒に駅まで歩いて帰っていた。
二人が話している話題は体育の授業で起きた雪丸の敵チームが試合終了ぎりぎりでスリーポイントを決め、逆転負けしたことだった。
「次の体育もバスケがいいな」
「俺はサッカーの方がいいな」
「恭輔はサッカー部なんだから、敵チームは勝てっこねぇじゃん」
「同じチームになることを祈るんだな」
下校中だが、嬉しいことにとくに視線は感じない。恭輔と一緒にいるからだろうか。それとも授業中に気配がバレて雪丸を見つめるのを諦めたのか。
「ゆきまるー」
恭輔と談笑しているとふと、名前を呼ばれた気がした。でも微かに聞こえた程度なので、気のせいかもしれない。そう思って雪丸が再び歩き出そうとしたとき。
「あれ? あの人、雪丸のお兄さん?」
「え?」
恭輔に言われて後ろを向く。そこには笑顔でこちらに手を振っている信幸の姿があった。
「いや、ちがっ」
「そうでーす。雪丸くんのお兄ちゃんの信幸くんです。いつもうちの雪丸がお世話になってます」
「おい⁉︎」
恭輔の問いを否定しようとした雪丸だったが、信幸がそれよりも先にそう言って近づいてきた。
「へぇ、めっちゃイケメンなお兄さんじゃん」
「違うから、この人は隣の家の人!」
「あ、そなんだ」
信幸の容姿に感心している恭輔に今度こそちゃんと否定の言葉を放つ。
「信幸くん的にはお兄ちゃんと呼ばれてもいいくらい懐いてくれていると思ってます」
「呼ばねぇよ⁉︎」
「あはは、仲良いなぁ。おもろいお兄さんじゃん」
「これからもうちの雪丸をよろしくね」
「はーい」
「だから兄貴ではない!」
雪丸の言葉を無視して信幸と恭輔は会話を続ける。ノリがいい者同士、普通に会話が盛り上がっていた。
「もう……」
一般的な高校生は、友人と遊んでいるときに親が部屋に入ってきたらこんな気持ちになるのだろうか。なんとも言えない気恥ずかしさを感じた雪丸は黙って二人をジトッと見つめた。
「あっ、もうこんな時間じゃん。俺、今日は用事あって早く帰んないといけないんすよ。電車の時間もあるし、ここで失礼しますね」
そう言って恭輔は信幸との会話を切り上げた。恭輔は雪丸が乗る電車の反対車線の電車に乗る。なので当然、雪丸の乗る電車とは時間が異なっている。
「うん、気をつけて帰るんだよ」
「はい。じゃな、雪丸ー。あと信幸さん」
「ああ、バイバイ」
「バイバーイ!」
笑顔で手を振る恭輔に、どこか気疲れしてしまった雪丸とは反対に信幸は楽しそうに手を振りかえしていた。
「で、なんでここにいんの?」
恭輔がいなくなった道で、雪丸は信幸に問いかける。ここは信幸の家のある衣様から二駅先だ。なぜこんなところに信幸がいるのかわからない。
「いやぁ、暇だったから雪丸くんの様子でも見に行こうと思って」
「暇だからって、わざわざ隣町までくるな!」
信幸に大声でつっこみつつ、内心安堵した。恭輔と別れても、信幸がいるなら視線を感じることはないかもしれないからだ。それに相談もできる。
「なぁ、実は――」
信幸と並んで駅へと歩いていると、曲がり角で衝撃を感じた。信幸に最近感じる視線について相談しようと横を向いていた雪丸が、角から歩いてきた人物とぶつかったのだ。
「あっ、すみません」
「いっ、いえ!」
雪丸がぶつかった相手に謝罪すると、少し上ずった声が返ってくる。
「ごめんなさい、あたしも考え事をしちゃってたから前見てなくて。本当にごめんなさいね、雪丸くん、怪我はない?」
「ああ、はい。俺は大丈夫です。あなたこそ――なんで、俺の名前を知ってるんだ?」
社交的に返事をしていた雪丸の、声のトーンが下がる。
目の前にいる人物、雪丸がぶつかってしまった女性は先程雪丸のことを名前で呼んだ。
「なんだ、知り合いか?」
「知らない」
信幸の問いに雪丸はキッパリとそう返事をすると、信幸は訝しげに女を観察した。
「ちょっ、なっ、なによ。人をじろじろ見るなんて失礼じゃないの」
「それより、なんであんたが俺の名前を知ってるか聞きたいんですけど」
雪丸の知り合いやクラスメイトの中に、眼前にいる女性のような人物はいない。つまり知らない人。他人。それなのにこの女性は雪丸の名を知っていたのだ。雪丸が強めに問いただすと女性は戸惑いながら説明を始めた。
「あたしと雪丸くんは会ったことがあるわ。ほら、覚えてない? 衣様駅前であたしが転んだところを助けてくれたじゃない」
「駅前で助けた……」
女性の言葉を聞いて思い出す。たしかに雪丸は何日か前に衣様駅のバス停近くで転んだ女性の散らばった荷物を拾い集める手伝いをしていた。
「なるほどねぇ。それで雪丸くんのことを気に入って付き纏っていたのか」
信幸は納得したように頷いた。口元は人が良さそうに笑みを浮かべいているが、目が笑っていない。信幸は鋭い目つきで女性を睨みつけた。
「えっ、付き纏っていたって、最近視線を感じたの、あんただったのか⁉︎」
「そんな、あたしは付き纏いなんてしてないわ。少し遠くからかわいい雪丸くんを眺めていただけよ」
女性は雪丸の問いに冷静に答える。しかし内容は付き纏っていたことを認めてしまっている。
「それは付き纏ってる! じゅうぶんストーカーだから!」
「そんなつもりはないわ! あたしは純粋に雪丸くんが好きなのよ。ねぇ、あたしとお付き合いしてくれない?」
「いや、普通に断る!」
自身をストーカーだと認めない、というより自分がストーカー行為をしていると気がついていない女性からの告白を、雪丸はすぐに断った。
「どうして? あたし、これでも美人な方だって自覚はあるわ。よく言われるもの」
「美人だとしても、性格が無理です!」
たしかに彼女の容姿は美人と言っていいものだった。告白されたことのない雪丸にとって美人から告白されるなど夢のように感じる、はずだったが、いかんせん相手はストーカー気質の性格をした女だ。頷くはずがなかった。
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