第17話
学校につき、校門を通って校舎を上がる。運動部のかけ声をグラウンドや体育館から感じながら二階にある一年生の教室へ向かう。
自分の教室の扉を開き、座り慣れた座席へと足を進めると、たしかに雪丸の席の上には数学のプリントが置かれていた。
「量、多いな……」
取りに来て正解だった、とプリントに記載された問題の数を確認した雪丸はそう思った。授業開始直後にたまにある小テストとは違い、プリント自体も大きいし、問題の数も多い。数学が苦手な雪丸にとってはこれを一日で解け、とは嫌がらせでしかない。
「ん? ふはっ」
プリントを鞄に仕舞おうとした雪丸は思わず吹き出した。
プリントの名前を書く欄の隣に小さく頑張れ、と書かれている。筆跡からみるに恭輔が書いたものだろう。
「あはは、数学はきらいだけど頑張るか」
友人からエールをもらい、雪丸は今度こそプリントを鞄に仕舞うと学校を出た。
「おっと、そうだ」
忘れ物を知らせてくれた友人に礼を言わなくては、そう思った雪丸は校門前でスマホを取り出し、電話をかけようとして手を止める。
「メールにしとくか」
恭輔は部活中だ。電話などかけたら迷惑かもしれないし、なにより着信に気づかない可能性が高い。
そう思って、礼ならメールでいいか、と雪丸はプリントを取りに戻ったことと、プリントに書かれたエールへの礼を綴ってメールを送信した。
「さて、帰るか」
本日二度目の帰宅だ。
歩き出す前に次の電車の時間を調べたが、余裕があったので雪丸はゆっくりと歩いて駅に向かう。
雪丸が通う高校があるこの町は、家のある衣様町に比べると比較的人が多く、住宅街も多い。コンビニやチェーン店の数も当然多く、雪丸も何度か友人たちと遊んだり、ファミリーレストランに行ったことがある。
「なにより衣様より商店街が立派……」
雪丸の視界に映る商店街のアーケードは最近塗り直したのか、光沢があり色落ちや外壁が剥がれていない。そしてシャッターが下りている店がほとんどない。
「衣様の商店街はほとんどシャッター閉まってる店ばっかだからなぁ」
高齢化の問題もあるのか、衣様駅の前にアーケードを構える衣様商店街はその半数がシャッターが下り、テナント募集の張り紙が貼られている。
昔は栄えていたであろう店の痕を見るのはなんだか物悲しい気持ちになるものだ。
信幸が働くコンビニでお菓子を買った雪丸だったが、どうせ次の電車まで時間があるのだから、と商店街の中に入った。衣様商店街より二倍程長い商店街の通路は人も多い。雪丸と同じく帰宅部の者や小学生、お年寄りや主婦など年齢層はばらばらだ。
「塾に本屋、魚屋や肉屋。いろいろあるんだな」
商店街にはさまざまな店が軒を連ねている。中にはジムもあった。主婦らしき人物が二人並んで今年こそ痩せるわよ、と互いに気合を入れあってジムの中に入っていった。
ジムの隣にあるピアノ教室の前を通ると綺麗なピアノの旋律が聞こえてくる。音楽の授業かなにかで聞いたことのある曲だが、まったく曲名を思い出せない。たぶんショパンとかモーツァルトなどの有名な曲なのだろう。音楽に明るくない雪丸に違いはわからなかった。
「……んん?」
興味津々に商店街の店を見て回っていると、雪丸は唐突に振り返った。また、視線を感じたからだ。しかし振り返った通路に人はいるものの、雪丸を見つめる人物はいない。みんな思い思いに買い物を楽しんでいるようだ。
「気のせい……いや、さすがに気のせいとは思えないな」
雪丸がどこからか視線を感じるのはこれで三度目だ。勘違いや気のせいにしては回数が多すぎる気がする。
視線を気にしながらも、商店街を歩く。やはり、視線を感じる。誰かが雪丸の後をついてきいるのだろうか。
ばっと振り返る雪丸だが、そこには買い物客しか見当たらない。
「…………」
雪丸は少し足を速めた。早歩きで商店街を移動し、とくに用があるわけではないが、目に入った古本屋に入った。
「いらっしゃい」
店に入ると眼鏡をかけた優しい雰囲気を漂わせた店主らしき男性が雪丸に声をかける。個人営業の店のようだ。それほど広くない店内に雪丸以外の客はいない。
「なにか探しているのかな?」
白髪の男性は優しく微笑み、雪丸を見る。店内に流れる曲と店主の雰囲気が合わさって落ち着いた店だ。
店に入った途端、視線を感じなくなった雪丸はほっと安堵しながらも、せっかく声をかけてくれた店主と会話する。
「すみません。俺はべつに探してる本があるとかじゃなくて」
「そうかい、そうかい。まぁ、ゆっくりしていくといい。店内を見て回っていたら、案外気になる本があるかもしれないよ?」
「そう、ですね。そうします」
視線から逃れるために入った店とはいえ、すぐに出ていくのは冷やかしみたいでいい気分はしない。雪丸は店主に勧められた通り、店内を見て回ることにした。
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